73話
孤児たちの村『希望の里』を立ち上げてから数ヶ月。
子供たちはクロックアップ済みの超高性能ゴーレムのしごきに耐え、見違えるように逞しく成長していた。
だがある日、ついに懸念していた事態が起きた。
村の噂を聞きつけた「悪い大人たち」――小国群の混乱に乗じて子供を売り飛ばそうとする、悪徳奴隷商人とその護衛のならず者たちが、武装して村に乗り込んできたのだ。
「ヒャハハ! 噂通り、親なしのガキどもがウジャウジャいやがる! こりゃあいい金づるだぜ!」
俺はあえて表に出ず、高台の物見櫓から静かに事態を見守っていた。
彼らがこれからこの理不尽な世界を生きていくためには、俺という「保護者」に頼らず、自分たちの力で危機を乗り越える経験が必要だからだ。
「みんな、陣形を組め! 訓練通りにやるんだ!」
リーダー格の少年が声を張り上げ、子供たちは一丸となって大人たちに立ち向かった。
ゴーレムとの厳しい実戦訓練の成果は伊達ではない。子供たちは連携してならず者たちの足をすくい、砂を投げ、武器を奪い、次々と大人たちを無力化していく。
だが、敵の中には一人だけ、本職の傭兵上がりのような『異常に腕の立つ大男』が混ざっていた。
「チッ、小癪なガキどもが!」
大男が力任せに大剣を振り回すと、子供たちの連携が崩され、前衛の少年たちが次々と吹き飛ばされてしまった。
「くそっ……強い……っ!」
子供たちが追い詰められる中、大男の邪悪な視線は、戦闘に参加できずに後方で震えていた『小さな女の子』へと向けられた。
「おっと、まずは手始めにこの小娘から痛めつけて、恐怖ってやつを教え込んでやるか」
「や、やめろっ! お願いだ、その子には手を出さないでくれ!」
地面に倒れたリーダーの少年が必死に懇願する。
だが、大男は下卑た笑いを浮かべて嗤った。
「ヒャハハ! お前らが大人しく従わずに抵抗するから、こういう目に遭うんだよ!」
大男が容赦なく、女の子の顔面に向かって丸太のような拳を振り下ろした。
――その瞬間。
ガシィィィィンッ!!
金属が激突するような鈍い音と共に、女の子の目の前に『流線型の鉄の巨人』が音もなく立ちはだかっていた。
村の守護神、超高性能ゴーレムだ。
大男の全力の拳は、ゴーレムの鋼鉄の手のひらによって、わずか数ミリの隙間も許さずに完全に受け止められていた。
「な、なんだこの鉄人形は!? ええい、離せ!」
大男が腕を引き抜こうとするが、ゴーレムのグリップは万力のようにピクリとも動かない。
そして、ゴーレムの青いカメラアイが、カッと怪しく赤色に光り輝いた。
「……? 何も起きねぇ――」
大男が鼻で笑いかけた、次の瞬間だった。
「――っ!? ぎ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!? う、腕が、腕がぁぁぁぁぁぁっ!!?」
大男が突如として白目を剥き、受け止められた右腕を抱えて地面をのたうち回り始めたのだ。外傷は全くない。炎も上がっていない。だが、大男は尋常ではない苦痛に悲鳴を上げ、そのまま泡を吹いて完全に気絶してしまった。
「な、なんだ!? 何が起きたんだ!?」
恐怖に駆られた残りのならず者たちは、武器を放り出して一目散に逃げ出していった。
高台からその様子を見ていた俺は、首を傾げた。
「ナビ。今、ゴーレムは何をやったんだ?」
【ナビ:報告します。ゴーレムはマスターが隠しスキルとして設定した『深淵の劫火』を、対象の右腕の『内部』にのみ限定して照射しました。外傷は一切ありませんが、腕の内部の神経網と魔力回路だけが完全に炭化しています。彼の右腕は、もう二度と使い物にならないでしょう】
なるほど。表面を焼くのではなく、電子レンジのように内部から致命的なダメージを与える「出力調整」の極致か。
俺の足元で、黒い神様が尻尾を揺らしながら鼻で笑った。
『……フン。弱い者いじめをするようなクズには、いい気味にゃ。我の炎をよく使いこなしているニャ』
『ピロロロッ。自動防衛システムとしては、完璧な挙動ですね』
俺は、逃げゆく大人たちの背中と、歓喜の声を上げて抱き合う子供たち、そして静かに元の待機モードに戻るゴーレムを見下ろしながら、深く息を吐いた。
「……どうやら、俺の出番はもう終わったみたいだな」
自分たちで団結して戦う勇気と、どうしても敵わない時の絶対的な守護神。
この二つがあれば、彼らはもう立派に独立して、この理不尽な世界を生き抜いていけるだろう。
その日の夜。
俺は村の広場に巨大な焚き火を組み、インベントリから秘蔵の『豚肩ロースの特大ブロック肉』を取り出した。
「お前ら! 今日は村の初勝利を祝って、四十代のおっさんからの最後の大盤振る舞いだ!」
俺は豚肩ロースの表面に塩コショウとハーブをすり込み、鉄の串を刺して焚き火の上で豪快に炙り焼きにする。
脂が落ちてジュワッと煙が立ち昇り、肉の焼ける暴力的な匂いが広場を包み込んだ。
さらに、醤油と赤ワイン、ニンニクを煮詰めた特製ソースをたっぷりと塗り込み、表面をカリッカリに仕上げる。
「焼けただろ! ナイフで切り分けて、腹いっぱい食え!」
「うおおおおっ! 肉だぁぁぁ!」
「すっげぇ柔らかい! 噛むと肉汁が溢れてくる!」
「ソースが甘じょっぱくて、最高に美味しい!!」
豚肩ロース特有の、赤身の旨味と脂の甘みの完璧なバランス。
子供たちは顔をソースと脂まみれにしながら、狂ったように肉を平らげていく。
俺は少し離れた場所からその光景を眺め、静かに『黒ビール』のジョッキを傾けた。
「……さて。インフラ工事も終わったし、現場の引き継ぎも完璧だ」
翌朝、夜明け前。
まだ子供たちが眠っている間に、俺は村の広場に「作物の種」と「大量のぬか床(手入れのレシピ付き)」を書き置きと共に残し、誰にも告げずに村を後にした。
【第73話:完】
収穫: 孤児たちの完全な独立、肩ロースの豪快な宴。
知識更新: 劫火の内部照射は、外傷を残さず対象の機能を完全に破壊する究極の防犯システムである。
現在の気分: 手塩にかけた現場が一人前になるのを見るのは、少し寂しくもあるが、職人として最高の酒の肴だ。




