71話
北部の軍事国家『ゼクア』。
水とインフラを独占し、南の小国群を干上がらせている諸悪の根源――そう思って乗り込んだ俺たちだったが、国境を越えた先で見た光景に、思わず言葉を失っていた。
「……おい。どうなってんだこれは」
『ニャア……ここも、見渡す限りカラカラの土と石ばかりだニャ』
巨大なダムがあるはずの場所には、干上がって底がひび割れた巨大な渓谷があるだけ。ゼクアの兵士たちも、痩せこけた顔で乾いた井戸の底を掘り返している有様だった。
南の連中から「水を独占している」と憎まれていたこの国も、実は深刻な水不足に喘いでいたのだ。
「誰かが水をせき止めているわけじゃないのか? じゃあ、一体なぜこの一帯だけこんなに見事に干上がってるんだ?」
俺の疑問に、脳内の相棒が冷静な分析結果を返してきた。
【ナビ:マスター、広域地形データの解析が完了しました。結論から言えば、誰も水を盗んでなどいません。原因は『地形』です】
ナビが俺の視界に、この大陸南東部の3D立体マップを投影する。
【ナビ:南の海から吹き込む湿った風は、小国群の南側と西側を囲む『巨大な山脈』にぶつかります。その結果、山の手前、海側で雨雲が形成されてすべての雨を降らせてしまい、山を越えたこちら側には、水気を完全に失った乾燥した風しか吹き込まないのです】
「……なるほどな」
俺は乾いた風に吹かれながら、重い深呼吸をした。
誰も悪くなかった。ただ、地形のせいで雨が降らない場所だっただけだ。
水が来ないのを「中央のせいだ」「いや、北部のせいだ」と、見えない敵を作り出して互いに責任を擦り付け合い、泥沼の戦争を繰り返していたのだ。
現場でトラブルが起きた時、原因を調べもせずに他部署のせいにし合う、底辺のクソ現場と全く同じ構図である。
「バカバカしい。責任の押し付け合いじゃ、一滴の水も湧いてこないってのにな」
『マスター。しかし、地形や気候の問題となると、いかにマスターの知識があっても解決は難しいのでは?』
シロが心配そうに首を傾げる。
「いや、設備屋の視点で見れば、こんなものはただの『巨大な換気不良』だ。部屋のエアコンの風が、大きなパーティションに遮られて届いてないだけ。なら……風の通り道を作ってやればいい」
俺はゼクアの干上がった渓谷を背にし、南西にそびえ立つ巨大な山脈を見据えた。
「ナビ、プロモード起動! 海風が一番強くぶつかる山脈の『最薄部』を割り出し、気流の通り道となる座標を特定しろ!」
【ナビ:了解しました。対象座標を特定。マスターの視界にマーカーを表示します】
俺たちは急いで山脈の中腹へと移動した。
「空間魔法応用……超大型・空間円筒切断!!」
ズドォォォォォォォンッ!!!
大地を揺るがす轟音と共に、直径数十メートルに及ぶ岩山の断面が「円筒状」にスッパリと削り取られ、虚空へと収納された。そこにポッカリと開いたのは、山の向こう側へと直通する巨大なトンネルだ。
ゴォォォォォォォォッ!!
トンネルが開通した瞬間、行き場を失って滞留していた海側の湿った風が、気圧差によって猛烈な勢いで吸い込まれてこようとする。
「ストップ! ナビ、まだ風を通すな! 結界で一旦塞げ!」
俺の指示で、シロとナビが協力してトンネルの出口を魔力障壁で塞いだ。
『ニャ? なんで止めるニャ? このまま風を通せば雨が降るんだろ?』
クロが不思議そうに首を傾げるが、俺は厳しく首を振った。
「馬鹿野郎、インフラ整備を舐めるな。ここに巨大な穴を開けて海側の風を全部吸い込んじまったら、今度は『今まで雨が降っていた海側の地域』が干ばつになっちまうだろうが。あっちの生態系を壊してこっちを救うなんてのは、三流の素人工事だ」
空調設備において、ダクトを通すだけでは仕事は終わらない。必ず「風量バランス」を調整する必要があるのだ。
「ナビ! 先ほどくり抜いた大量の岩石を加工しろ! トンネルの内部に『風量調節ダンパー』を構築する! 海側の降水量を維持しつつ、こちら側にも十分な雨雲を形成するための『最適開度』を計算しろ!」
【ナビ:プロモード、全力演算を開始。……海側と陸側の湿気配分を50:50に保つための、巨大ルーバーの設置角度を算出しました】
俺はインベントリに収納していた岩石を、ナビの設計図通りに巨大な何枚もの「板」に加工し、トンネル内に等間隔で斜めに設置していった。
これで、海からの湿った風は「半分だけ」こちらの小国群へ流れ込み、残り半分は今まで通り海側の地域へと上昇していく完璧な『気流の分配システム』が完成した。
「よし、結界解除! ダンパー開放!」
ゴァァァァァァッ!!
計算し尽くされた角度のルーバーを抜け、適度に絞られた湿った風が、乾ききった小国群の盆地へと流れ込んでいく。
上空で冷やされた風は、やがて恵みの雨雲へと姿を変えた。
ポツリ。
俺の頬に、冷たい雫が落ちる。
それは数秒後には大粒の雨となり、ザーザーという激しい音を立てて、干上がった大地を優しく叩き始めた。干ばつに苦しんでいたゼクアの兵士たちも、南の村の子供たちも、この瞬間、全員が空を見上げて雨の恵みを全身で浴びていたはずだ。
「……ふぅ。これで双方に配慮した、完璧なインフラ工事の完了だ」
土砂降りの雨の中、俺たちはトンネルの入り口の雨宿りできる岩陰にテントを張り、カセットコンロに火を点けていた。
「冷たい雨に打たれた後は、身体の芯から温まる飯に限る」
俺はインベントリから、打っておいた『極太のうどん』を取り出した。
鍋にたっぷりの昆布と鰹節の出汁を沸かし、醤油、酒、少しの砂糖で甘辛く味付ける。そこに、薄切りにした『メロヴェ牛』の肉と、たっぷりの『長ネギ』を放り込んだ。
牛肉の脂と甘みが、出汁の香りと完全に融合していく。
茹で上がった極太のうどんを丼に移し、その上から熱々の肉汁をたっぷりとかける。
「お待たせ。特製・甘辛肉うどんだ」
『ニャアアッ! 湯気から立ち昇る、この甘じょっぱい醤油と肉の匂い! 身体が勝手に震えるニャ!』
クロが熱々の麺に噛み付く。
『ニャムッ! アフッ! 麺がモチモチで、出汁を限界まで吸い込んでるニャ! 肉の脂が溶けた熱い汁が、冷えた胃袋に染み渡るニャァァ!』
『ピロロロッ……! 素晴らしいです! うどんという太い炭水化物が、この暴力的なまでに旨味の強いスープをしっかりと受け止めています。そして何より、マスターの『世界全体への配慮』という優しさが、最高のスパイスになっていますね!』
シロも羽を震わせながら、器用にうどんを啜っている。
俺も、七味唐辛子を少し振った肉うどんを、ズズッと豪快に啜り込んだ。
「……っっっ!! うんまァァァッ!」
甘辛い牛肉の旨味。出汁の深い香り。そして、モチモチとしたうどんの圧倒的な満足感。雨で冷え切った四十代の身体に、熱い汁が細胞の隅々まで染み渡っていく。
誰かの犠牲の上に成り立つ平和など、長続きはしない。全体のバランスを整えてこそ、真のインフラ管理だ。
外で降り続く、二つの地域を等しく潤す恵みの雨の音を聞きながら、俺たちは熱々の肉うどんで身も心も満たされ、小国群の平和な夜を静かに楽しむのだった。
【第71話:完】
収穫: 双方を救う風量ダンパーの完成、極上肉うどんの温もり。
知識更新: ダクトを開けるだけでは素人。風量調節を行って初めてプロの設備屋である。
現在の気分: 冷えた身体に七味を効かせた肉うどんは、無敵の食べ物である。




