69話
翌朝。北部の砦へ向けて出発する前、俺は村の長老や子供たちの前に、インベントリから大量の物資を取り出して積んだ。
「水だけあっても腹は膨れないからな。これは当面の食料と、痩せた土地でも比較的早く育つ『根菜』の種芋だ。水があるなら、畑も復活できるはずだろ?」
「おおおっ……! 何から何まで、本当にありがとうございます! 必ずこの村を立て直してみせますぞ!」
涙ぐむ村人たちに見送られ、俺たちは北部へ通じる道があるという『中央』の旧王都へと歩みを進めた。
だが、数日後に到着した中央の旧王都は、国の中心とは名ばかりの、スラム街のような荒れ果てた惨状だった。
立派なはずの城門は薄汚れ、そこを守っているのは正規の衛兵ではなく、下品な笑いを浮かべた『チンピラ』たちだった。
「おうおう、見ない顔のおっさんだな。この門を通りたけりゃ、通行料として金貨一枚置いていきな!」
ニヤニヤと近づいてくるチンピラに、俺は心底呆れ果てた。
こんな腐った連中に一円たりとも払う気はない。面倒な揉め事を避けるため、俺は足元のクロに視線を送った。
(クロ、少し愛嬌を振りまいてこいつらの気を引いてくれ。その隙に通り抜ける)
『ニャ。仕方ないニャ。人間は可愛い猫に弱いからな……にゃーん』
クロが喉を鳴らしながらチンピラの足元へすり寄る。
だが、次の瞬間。
「チッ、邪魔だ薄汚い猫が!」
チンピラはあろうことか、クロの腹をめがけて容赦なくブーツを蹴り上げた。
――ブチッ。
俺の頭の中で、理性の線が吹き飛ぶ音がした。
「……ッ!!」
ドンッ!!
俺は『身体強化』を瞬時に発動し、チンピラの蹴りがクロに届く直前に間に割って入った。そして、そのままチンピラの顔面に、容赦のない右ストレートを叩き込んだ。
「ごべばッ!?」
チンピラは鼻血を吹き出し、コマのように回転して地面に沈んだ。
「な、なんだと!? こいつをやっちまえ!」
次々と奥から湧いてくるチンピラたち。だが、俺はもう止まらなかった。
可愛い安全パトロールに手を出すようなクズは、全員例外なく労災の対象である。
「おらぁっ!」
バキッ! ドゴォッ!
迫り来る十数人のチンピラを、俺はすべて一撃の拳で殴り飛ばし、広場に気絶したゴミの山を築き上げた。
「……ふぅ。手が汚れたぜ」
『ニャア……ミツトメ、我のために怒ってくれたのは嬉しいが、少しやりすぎニャ』
「あんな連中に容赦はいらん」
気絶したチンピラを放置して王都の中へ入ると、街の空気はさらに異様だった。
歩いている人間たちは全員が『死んだような目』をしており、その首には、禍々しい黒い金属の『首輪』が嵌められていた。
俺たちは気配を殺して王城の内部へと潜入し、影から衛兵たちの会話を盗み聞きした。
「……また北部の戦線で部隊が全滅したらしいぞ」
「チッ。だが、あの『奴隷の首輪』をつけておけば、どんなに絶望的な戦況でも兵士どもは逃げ出さないからな。逆らえば首輪から電流が流れるし、死ぬまで戦わせればいいのさ」
非人道的なその仕組みに、俺の左肩でシロがワナワナと震え、羽からバチバチと怒りの雷を漏らしていた。
『ピロロロッ……! 許せません! 人の自由意志を電気の痛みで縛り、死地に追いやるなど……悪魔の所業です!』
『……ニャ。人間ってのは、時折こういう救いようのないことをする生き物ニャ。だから神に見放されるのニャ』
クロも、呆れ返ったように冷たい目をしている。
城内で働いている大部分の女性たちや、一部の衛兵すらもこの首輪をつけられていた。
試しに、物陰から首輪をつけたメイドの女性に「大丈夫か?」と小声で話しかけてみたが、彼女はビクッと体を震わせ、視線だけをこちらに向けて「助けて」と訴えかけるだけで、口を開くことすらできなかった。首輪の命令で『私語』すら禁じられているらしい。
「……クソが」
前世で電気工事士の資格を取り、配線や電流の仕組みを知り尽くしている俺にとって、電気という便利なインフラを「拷問と支配の道具」に使っているこの現状は、胸糞が悪くなるほど腹立たしかった。
【ナビ:マスター。城の備品倉庫に、未使用の首輪が保管されています。構造の解析を行いますか?】
「ああ、案内しろ」
倉庫に潜入し、未使用の首輪を調べた俺は、その構造の粗末さに鼻で笑った。
「無理やり外そうとすると電流が流れる、完全な閉鎖回路か。だが、一人ひとりに個別の命令を出せるような高度な仕様じゃないな。ただの『受信機』だ」
【ナビ:その通りです。命令は一括で『指令用の主魔道具』から送信される広域ブロードキャスト方式です。逆に言えば、主魔道具さえ制圧すれば、すべての首輪を無効化できます】
「その大元はどこにある?」
【ナビ:城内スキャン完了。主寝室の地下に、強固な隠し扉で守られた地下空間があります。そこに主魔道具と、この城の主と思われる人物の熱源を検知しました】
俺たちは迷わず、主寝室の隠し扉を蹴り破り、地下室へと突入した。
そこは、金銀財宝と極彩色の絨毯が敷き詰められた、悪趣味な欲望の隠れ家だった。
そして部屋の中央には、筋肉隆々の巨漢の男が、首輪をつけられた薄着の若い女たちを何人も侍らせて、無理やり酒を注がせていた。
「ん? なんだ貴様は! どこから入ってきt――」
男が立ち上がり、何かを叫ぼうとした瞬間。
俺の『身体強化』は、怒りと共に最大出力を超えていた。
ドンッッッ!!!
音を置き去りにするほどのスピードで男の懐に潜り込んだ俺の拳が、巨漢の鳩尾に深々とめり込んだ。
「ガ、ハッ……!?」
男は一言の悲鳴すら上げる暇もなく、白目を剥いて崩れ落ち、ピクピクと痙攣して完全に意識を刈り取られた。
「お前みたいなクソ現場監督の言い訳を聞く耳は持ってないんでな」
俺は気絶した男を踏み越え、部屋の奥に鎮座していた『指令用の主魔道具』の前に立った。
「ナビ、この魔道具の制御コードを書き換えろ。『全首輪へのロック解除』の絶対命令だ」
【ナビ:了解。プロモードにて強制ハッキングを実行。……送信します】
キィィィィィン……!!
主魔道具から特殊なマナの波動が放たれた瞬間。
俺の目の前にいた女性たちの首輪から「ガシャッ!」と音が鳴り、重い金属の枷が一斉に床へ崩れ落ちた。
「あ……あ……っ」
「外れた……首輪が、外れた……!」
女性たちが自分の首を触り、信じられないという顔で泣き崩れる。
同じ頃、城内の衛兵、街の人間、そして北部の前線に立たされていた兵士たち――中央地方にいたすべての奴隷たちの首輪が、一斉にその役割を終えて地面に転がったはずだ。
「さぁ、帰る場所があるなら帰りな。こいつは、後で目を覚ましたらお前たちの好きにしていいぞ」
こうして、理不尽な首輪で民衆を縛り付けていた中央の勢力は、四十代の設備屋のたった一度の「物理強制シャットダウン」によって、あっけなく崩壊し、解放を迎えるのだった。
【第69話:完】
収穫: 中央地方の完全解放、首輪システムの破壊。
知識更新: 広域送信のシステムは、大元を落とせば一瞬で無力化できる。
現在の気分: あの筋肉男の顔面も殴っておけばよかった。次は水脈を止めている北のクズどもだ。




