表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/76

68話

 翌朝。太陽が昇る前、冷え込んだ岩山の谷間に、南の海から運ばれてきた濃密な『霧』が流れ込んできた。


 視界が真っ白に染まる中、俺は腕を組んで、斜面に設置した巨大な『霧取りネット(ミストキャッチャー)』を見上げていた。


 ポツッ……ポツン……ツーッ……。


 極細の網目にぶつかった微小な霧の粒子が、互いにくっつき合って水滴となり、重力に従って網を滑り落ちていく。それが下部に設置した雨樋(あまどい)に集まり、仮設の巨大な貯水タンクへと流れ込んでいた。


 チョロチョロという細い音は、時間が経つにつれて「ザァァァァッ」という力強い水音へと変わっていく。


「……計算通りだ。完璧な結露と回収サイクルができてる」


【ナビ:貯水タンク内の水位データを計測。現在のペースであれば、日の出までに村人全員が一週間生活するのに十分な『約300リットル』の純水が確保できる計算です】


 やがて夜が明け、霧が晴れ始めた頃。

 水音で目を覚ました村の子供たちと老人たちが、広場のタンクの前に集まってきた。


「み、水だ……! 澄み切った、綺麗な水がこんなに大量に!」

 昨日俺を襲ったリーダー格の少年が、震える手でタンクの蛇口をひねる。

 勢いよく飛び出した水を両手で受け止め、恐る恐る口に運んだ。


「……あ、甘いっ! しょっぱくない! 海の水じゃないぞ!」

「おおおお……! まるで神の奇跡じゃ! 旅のお方、あなたいったいどんな魔法を……っ!」


 長老が涙を流して地面に伏せようとするのを、俺は慌てて引き上げた。

「だから、魔法じゃない。自然の風と気温差を利用しただけの『設備』だ。網に穴が開かないよう、定期的にお前たちで補修(メンテナンス)するんだぞ」


 水を手に入れた村人たちは、狂喜乱舞して喉を潤し、互いの顔に水をかけ合って笑い合っていた。


「さて、水が確保できたら次は『飯』だな」


 俺はカセットコンロを展開し、インベントリから鍋を取り出した。

 昨日、子供たちは「三日も水と泥しか口にしていない」と言っていた。子供たちが三日ならじい様、ばあ様たちはもっと食べてないだろう。そんな極限状態の飢餓の胃袋に、いきなり肉や油っこいものを叩き込めば、胃腸がショックを起こして最悪死に至る(リフィーディング症候群だ)。

 四十代の大人として、そこはしっかりと管理してやらなければならない。


「こういう時は、水分たっぷりで消化にいい『雑炊』に限る」


 俺は貯水タンクから汲みたての新鮮な水を鍋で沸かし、昆布と(かつお)の合わせ出汁(だし)をたっぷりと効かせた。そこに、一度水洗いしてぬめりを取った白飯を入れ、弱火でコトコトと煮込む。

 味付けは、薄口醤油とほんの少しの塩だけ。


 飯がふっくらと出汁を吸い込んだところで、細かく刻んだネギを散らし、最後に溶き卵を細く円を描くように回し入れた。


 フワァァァァッ……。

 出汁の優しい香りと、卵の甘い匂いが広場に漂う。


「できたぞ。特製『出汁香るフワフワ卵雑炊』だ。熱いから、ゆっくり噛んで食えよ」


 木のお椀に分けられた雑炊を受け取った子供たちと老人たちは、最初は戸惑っていたが、一口食べた瞬間に目を見開いた。


「……おいしい。お腹の中が、じわぁって温かくなる……」

「出汁というものが、こんなにも五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡るとは……! 噛まなくても、卵と汁が喉の奥に滑り込んでいきます……っ!」


『ニャア……今日のミツトメの飯は、なんだかすごく優しい匂いがするニャ。我も少しもらうぞ』

『ピロロロッ。弱り切った彼らの内臓を(いたわ)る、完璧な栄養管理ですね。マスターの優しさが溶け込んでいます』

 神様二柱も、空気を読んで静かに雑炊をついばんでいる。


「うっ、うぅぅ……っ」

 リーダー格の少年が、雑炊を食べながら大粒の涙をこぼしていた。

「おいしい……。こんなおいしいご飯、父ちゃんと母ちゃんにも食べさせてやりたい……っ」


 その言葉に、周りの子供たちも次々と泣き出してしまう。

 水が飲めて、腹が満たされたことで、張り詰めていた子供たちの糸が切れ、本来の「親を恋しがる子供の顔」に戻ってしまったのだ。


 俺は雑炊をすすりながら、遠く北の空――水脈を堰き止めているという勢力の方向を睨みつけた。


(……応急処置(バイパス工事)は終わったが、根本的な『元栓』が閉ざされたままじゃ、この村に本当の平和は来ないか)


 設備屋の基本は、対症療法ではなく「根本原因(ルート・コーズ)の解決」だ。

 川を不法に堰き止め、権力闘争に明け暮れて現場の弱者を苦しめる連中。


「……なぁ、じいさん。その川を堰き止めている北部の連中の拠点(ダム)は、どこにある?」


 俺が静かな声で尋ねると、長老はハッとして顔を上げた。

「旅のお方!? まさか、北部軍の砦に向かうおつもりですか!? あそこには数百の兵士と、強力な魔導兵器が……!」


 俺は空になったお椀を置き、立ち上がった。

「インフラを私物化して、子供から親を奪うようなクズの管理者は、俺が一番嫌いな人種でね。ちょっとばかり『定期監査』に行って、元栓をぶっ壊してくるよ」


 四十代の元・設備管理者の背中に、静かな、しかし圧倒的な怒りの炎が宿る。


「シロ、上空から北の川の上流に向かって偵察だ。クロ、少し暴れるから準備運動しとけ」

『ピロロロッ! 了解しました! 雷霆の裁きを下す時ですね!』

『ニャハハ! 待ってたニャ! ミツトメの飯を邪魔する奴らは、全員闇に沈めてやるニャ!』


 動力を必要としない『霧取りネット』で村の命脈を繋いだ俺たちは、この歪んだ小国群の「根本的なバグ」を物理的に修正するため、北部の水源砦へと歩みを進めるのだった。


【第68話:完】

 収穫: 霧取りネットの稼働成功、村人たちの笑顔。

 知識更新: 飢餓状態の胃袋には、肉よりも出汁の利いた卵雑炊が一番の特効薬である。

 現在の気分: 水道管(インフラ)を私物化する奴は、設備屋として絶対に許さない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ