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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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67話

「……どうしたんだい?」


 俺が少し離れた位置から冷めた声で尋ねると、倒れていた子供がビクッと肩を震わせた。

 その瞬間。


「「「うわああああっ! 動くな! 金と食い物を出せぇ!」」」


 岩陰から、錆びたナイフや木の棒を持った五人の子供たちが、一斉に飛び出してきた。年齢は下は七歳、上でも十二歳くらいか。必死に凶悪な顔を作って俺を囲んでいるが、震える足とひもじそうな頬のこけ具合が、彼らの限界を物語っていた。


「……あのな。大勢で囲むのは基本だが、相手との距離の詰め方が甘い。それに、リーダー格が一番前に出たら、真っ先にやられるぞ」


 俺はため息をつきながら、『身体強化』をほんの少しだけ起動した。

 四十代のおっさんの姿がブレたかと思うと、一瞬でリーダー格の少年の背後に回り込み、その頭にポンッと手刀を落とした。


「いてっ!?」

「はい、お前は死んだ。次」

「えっ!? ひぃっ!?」


 俺は残りの子供たちの武器も、指先で軽く弾いて次々と落とさせていく。ほんの数秒で、威勢の良かった子供山賊団は全員その場にへたり込んでしまった。


「絡む相手を間違えたな。安全確認(事前の偵察)を怠ると、こうやって全滅するんだよ」

 俺が腕を組んで見下ろすと、子供たちはついにボロボロと泣き出してしまった。


「うわぁぁぁん! ごめんなさい! 殺さないで!」

「妹が……村のみんなが、もう三日も水と泥しか口にしてないんだ……っ!」


(……まったく、後味の悪い現場だぜ)

 俺はインベントリから、昨日多めに焼いておいたバゲットと、鍋の底に残っていた『特製ビーフシチュー』のタッパーを取り出した。


「ほら、食え。それから、お前たちの村に案内しろ」


 子供たちに連れられてやってきたのは、岩山の谷間に隠れるように存在する小さな村だった。

 だが、そこにいたのは、腰の曲がったじい様とばあ様、そして子供たちだけだった。働き盛りの大人たちの姿が、一人も見当たらない。


「旅のお方、愚かな孫たちがご迷惑をおかけしました……」

 村の長老らしき老人が、土下座せんばかりの勢いで俺に謝罪した。俺はそれを制止し、村の異常な状況について話を聞くことにした。


「この村には、大人がいないのか?」

「……はい。この小国群は、長年終わりのない戦争を続けております。働き盛りの男たちは全員、中央の軍に『徴兵』され、女たちも食べ物を探すと言って街へ出たきり帰ってこないか、あるいは……強制連行されていきました」


 老人の話によると、この国は現在、三つの権力者(北部・中央・南部)が好き勝手に領土を奪い合っている状態らしい。

 そして、この村が属する南部は、中央との間に山脈があるため、事実上「見捨てられた地方」になっているという。


「しかも、一番深刻なのは『水』なのです」

 老人が乾ききった村の井戸を指差した。

「北部の勢力が、この国へ流れる大きな川を(せき)止め、水を制限することで、こちら側に不利な条件を突き付けてきているのです。おかげで雨水に頼るしかなく、作物は枯れ、喉の渇きを潤すことすら……」


 権力者の争いの犠牲になるのは、いつだって現場の弱者だ。

 俺の胸の奥で、静かな、しかし確かな憤りが湧き上がっていた。


「南の方には、海があるって言ってたな?」

「はい。歩いて半日ほどの距離に海がありますが、海水を飲めばかえって命を縮めます」


(……日本にいた頃なら、海水を淡水化する『RO(逆浸透)膜』の濾過(ろか)装置があれば簡単な話だったんだがな)

 だが、ナノレベルのフィルターと超高圧ポンプを必要とするROシステムを、この異世界で再現するのは不可能に近い。

 では、海水を煮沸して蒸留するか? 塩田を作るか? いや、それでは村の全滅を救うだけの『量』が全く足りないし、そもそも燃料となる薪がこの荒野にはない。

 井戸を掘り直すにしても、地下水脈が枯れていれば無駄骨だ。


「水……海からの風……山の地形……」

 俺は四十代の設備屋としての知識と、周囲の環境データを脳内でフル回転させた。


「ナビ、この村の夜間と早朝の『湿度』と『気流』のデータを弾き出してくれ」


【ナビ:了解しました。……南の海から吹き込む湿った海風が、中央を隔てる山脈にぶつかるため、この村の周辺では夜間から早朝にかけて、極めて濃い霧が発生しています】


「……これだ!!」

 俺はポンッと手を打った。


「じいさん、水ならすぐに確保できるぞ。しかも、魔力も、動力(ポンプ)も、大人たちの力すら一切必要ない方法でな」


「そ、そんな魔法のようなことができるのですか!?」


「魔法じゃない、ただの理屈(物理)さ」

 俺は召喚魔法で手に入れた大量の『極細の網(防虫ネットのようなもの)』と、支柱となる木材、そして『雨樋(あまどい)』を取り出した。


「作るのは『霧取りネット(ミストキャッチャー)』だ」


 俺は地面に簡単な設計図を描きながら、子供たちと老人に説明した。

「夜から朝にかけて、この村には海からの湿った風が流れ込んでくる。その風の通り道に、この細かい網を張るんだ。湿った風は山の気温で霧になり、霧が網にぶつかると、水滴になって結露する。それが網を伝って下に落ち、設置した雨樋を通って、貯水タンクに溜まるって寸法だ」


『ピロロロッ! なるほど! 霧を直接水に変えるのですね! 動力が一切不要という点が、この村の現状に完璧にマッチしています!』

『ニャア! さすがミツトメだ! これならじいさんや子供たちだけでも、網の破れを直すだけで維持できるニャ!』


「そういうことだ。お前ら、美味い飯を腹いっぱい食いたいなら、俺の作業を手伝え!」


「「「はいっ!!」」」

 ビーフシチューで少しだけ元気を取り戻した子供たちが、目を輝かせて返事をした。


 俺は四十代の現場監督として的確な指示を飛ばし、風の通り道となる山の斜面に、巨大な『霧取りネット』を何枚も設置していった。

 ポンプもいらない。魔道具もいらない。

 ただ、自然の風と気温差を利用するだけの、最もシンプルで壊れにくい給水システム。


「よし、これで明日の朝を待つぞ」


 権力者たちに見捨てられた乾いた村で、元・設備管理者の知識が生み出した「希望の網」が、夜の風を受けて静かに揺れていた。


【第67話:完】

 収穫: 霧取りネットの設置完了。

 知識更新: 高度な魔道具(ハイテク)よりも、環境に適合したローテク(物理)の方が、弱者にとっては圧倒的に頼もしいインフラとなる。

 現在の気分: 明日の朝、タンクに水が溜まる音を聞くのが待ち遠しい。

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