66話
昨日の大豊穣祭の余韻で気分よく街道を東へ進んだ俺たちは、農業国家メロヴェの東の果て、国境の街『ゼント』に到着した。
だが、街に足を踏み入れた瞬間に感じた空気は、今までの長閑な農業都市のものとは全く異なっていた。
すれ違う人間のかなりの割合が、重武装したメロヴェの国境衛兵なのだ。そして何より目を引くのが、街の東側を延々と覆い尽くす、天を衝くような巨大な石の建造物だった。
「……万里の長城かよ。見渡す限り、地平線の向こうまで壁が続いてるぞ」
『マスター、あの壁全体から強大な魔力の波動を感じます。物理的な石の壁だけでなく、魔道具による巨大な結界が張られているようです』
シロが上空を見上げながら感嘆の声を漏らす。
街中に入り、冒険者ギルドへ向かって情報収集をすると、ギルドの職員は渋い顔をして教えてくれた。
「隣国から先は、無数の小国が長年にわたり戦争を繰り返している『戦乱の小国群』なんです。そこからの違法移民や難民が多くて、それを取り締まるためにこれだけの衛兵を配置しているんですよ」
職員の話によれば、豊かな農業国家であるメロヴェが難民を無制限に受け入れ続ければ、あっという間に食料が底をつき、国そのものが崩壊してしまうらしい。
さらに、メロヴェの豊かな作物を狙う小国群の盗賊も増えてきたため、国境沿いは『魔道具管理の絶対防壁』を築いて厳重に取り締まっているとのことだった。
「よほどの理由がない限り、隣の小国群へ行くのはおススメしませんよ。食い物は不味いし、治安は最悪です」
「なるほどな」
だが、俺はこの大陸をぐるりと反時計回りに一周するルートを決めている。ここを通らないと大陸東部へは抜けられない。
それに、四十代の元・設備管理者として、この異世界で綺麗に整備された街のインフラばかり見てきた。そろそろ、この世界の「厳しい現実(荒れた現場)」も見ておくべきだろう。
今の俺(と二柱の神様)の力なら、命の危険もないはずだ。
「行くよ。これも旅の醍醐味だからな」
「……忠告はしましたからね。それと、出国するなら『ギルドカード』だけは絶対に無くさないでください」
職員は念を押すように、俺の顔を指差した。
「小国群にギルドの支部は存在しません。カードを無くせば身分証明ができなくなり、二度とこのメロヴェに入国できなくなります。その辺の野垂れ死にしている難民と同じ扱いになりますよ」
厳重な審査を抜け、巨大な壁の門をくぐって出国してから二日目。
「……見事なまでにはげ山だな。草木一本生えていない」
メロヴェの豊かな平原とは打って変わり、小国群の景色は乾燥した土と岩ばかりが広がる荒野だった。
太陽の照り返しが厳しい峠道を歩いていると、前方の道の真ん中に、ボロボロの服を着た子供がうつ伏せに横たわっているのが見えた。
「おいおい、こんなところで行き倒れか?」
俺が歩みを早めようとした、その時。
【ナビ:マスター、警告します。前方の岩陰に、複数の熱源反応を検知しました。サイズからして全員子供のようです。これは、倒れている子供に優しく声をかけた大人を背後から囲む、典型的な『野盗の待ち伏せトラップ』です】
「……なるほど。そういうことか」
俺は小さくため息をついた。
前世でも、現場に置かれた不自然な障害物は、大抵の場合「裏に何かある」ものだ。
俺はあえて歩くスピードを変えず、倒れている子供を完全に無視して、その横を通り過ぎようとした。
「た、たすけてぇ……」
通り過ぎる瞬間、横たわっていた子供から、か細い声が聞こえてきた。
(……ものすごい演技っぽいな)
四十代のおっさんとしては、ここで騙されたフリをして「大丈夫か?」と抱き起こしてやる『いいおじさん』を演じてもいい。
だが、そんな甘い対応をすれば、こいつらは味を占めるだろう。もし次に通りかかったのが、機嫌の悪い本物の荒くれ冒険者や傭兵だったらどうなるか。子供だろうが容赦なく斬り捨てられて、それで終わりだ。
「絡んではいけない大人に絡むと、痛い目を見る」
それを今のうちに教育してやるのも、大人の務めというやつだろう。
俺は通り過ぎてから数歩進んだところで立ち止まり、少しだけ距離を取ってから、倒れている子供に向かって振り返った。
「……どうしたんだい?」
俺が冷めた声でそう尋ねると、倒れていた子供はビクッと肩を震わせ、岩陰からは息を呑むような小さな気配が伝わってきた。
さぁ、異世界の過酷な環境で生きる悪ガキども。四十代のおっさんの「現場指導」の時間だぞ。
【第66話:完】
収穫: 荒んだ小国群への入国、子供山賊との遭遇。
知識更新: ギルドカードは命の次に大事なパスポート。そして、不自然な行き倒れは罠である。
現在の気分: さて、この子供たちをどうやって震え上がらせてやろうか。




