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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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65話

 昨晩の極上ビーフシチューの余韻を残したまま、爽やかな朝を迎えた俺は、宣言通り「二日目のシチュー」を使った朝食作りに取り掛かっていた。


 フライパンに多めのバターを溶かし、溶き卵を一気に流し込む。菜箸で素早くかき混ぜ、半熟のトロトロ状態になったところで、皿に盛った白飯の上にスライドさせるように被せた。

 そして、一晩寝かせてさらにコクが増したビーフシチューを、その黄金色のオムライスの上からたっぷりと回しかける。


「朝食だ。特製『トロトロ卵のオムシチュー』だぞ」


『ニャアアッ! 朝からなんて贅沢な匂いニャ!』

『ピロロロッ! 一晩寝かせたことでソースの角が取れ、卵のまろやかさと完璧な調和を生み出しています! 朝から無限に食べられそうです!』

 神様二柱が歓喜の声を上げながら、皿を嘗めるように平らげていく。四十代の胃袋には朝から少し重いかと思ったが、トマトの酸味と卵の優しさが絶妙で、ペロリと完食してしまった。


 腹ごしらえを済ませて出発した俺たちは、昼過ぎにメロヴェの東部にある大きな街『フェスタ』に到着した。

 この街は今夜、年に一度の『大豊穣祭』を迎えるらしく、大通りには何十軒もの屋台がズラリと並び、お祭り騒ぎの準備が進められていた。


「おお、活気があっていいな。夜の出店(夜市)が楽しみだ」


 日が沈み、いよいよ豊穣祭がスタートする時間。

 街の中央広場に設置された巨大な『主電源魔石』から、各屋台へと魔力線が繋がれ、一斉に照明や調理用の魔道具に火が灯された。


「さぁ、祭りの始まりだぁっ!」

 街の長が宣言した、その瞬間。


 バツンッ!!


 広場中の照明が一斉に消え、調理魔道具の火もパタリと止まり、街は完全な暗闇に包まれてしまった。


「な、なんだ!? 魔石が切れたのか!?」

「バカな、新品の特大魔石だぞ! 容量は十分すぎるはずだ!」


 暗闇の中で、街の魔法技師たちがパニックに陥っている。

 四十代の俺は、前世で培った『電気工事士』としての血が静かに騒ぐのを感じていた。


「……ナビ。あの主電源魔石の安全装置、どうなってる?」


【ナビ:マスターの推測通りです。魔石の残容量は99%ですが、魔力の『瞬間魔力流量』が安全閾値(いきち)を突破したため、メインブレーカーが作動(トリップ)しました】


「やっぱりな。典型的な『タコ足配線の限界(過電流)』だ」


 俺はインベントリからヘッドライトを取り出して頭に装着し、混乱する技師たちの前に進み出た。


「お前ら、落ち着け。魔石は壊れてないし、容量も足りてる。ただ『一度に流そうとした量』が多すぎただけだ」

「旅の職人!? だが、全部の屋台に線を繋がないと祭りが……!」


「繋ぎ方が悪いんだよ」

 俺は主電源魔石の配線を見てため息をついた。

 数十軒もある屋台の魔力線が、たった一つの出力端子にぐるぐると束ねられて接続されていたのだ。


「いいか。どんなに巨大な水瓶(魔石)でも、出口の蛇口が一つなら、そこを流れる水の量(魔導流)には限界がある。限界を超えれば、配線が燃える前に安全装置が落ちる。当たり前の現場の理屈だろ」


 俺は近くの魔法技師に、太い魔導線と、店舗分のスイッチを持ってくるように言うと――『仮設魔導分配盤』を作成した。


「ナビ、全屋台の消費魔力量をリストアップしろ。照明器具と、熱を出す調理器具の系統を分けるぞ」


【ナビ:了解しました。プロモードを立ち上げるまでもありません。即座に負荷計算(ロードバランシング)を行います】


 俺はナビの計算に従い、技師たちに指示を飛ばしながら配線を『照明用』『調理用A』『調理用B』と複数の回路に分割し、それぞれのブレーカーに接続し直した。

 これなら、一つの回路に負荷が集中することはない。


「よし、各回路の絶縁チェック完了。メインブレーカー、投入!」


 ガチャンッ!!


 俺が分配盤の大きなレバーを押し上げると、広場は再びまばゆい光に包まれた。そして今度は、すべての屋台がフル稼働しても、ブレーカーが落ちる気配は全くない。


「おおおおっ!! ついた! 落ちないぞ!」

「すげぇ! 魔力を『分けて流す』なんて考えたこともなかった! あんた、最高の魔法技師だ!」


 祭りの灯りを守った俺は、歓喜する屋台の店主たちから「好きなものをどれでも持ってってくれ!」と、大量の新鮮な『メロヴェ若鶏の肉』と、冷えた酒を両手いっぱいに押し付けられた。


 無事に祭りが再開し、賑わう広場の隅に陣取った俺は、もらった鶏肉をまな板に並べていた。


「よし。祭りの夜といえば、やっぱり『アレ』だよな」

 俺は鶏肉を一口大に切り分け、ボウルに入れる。そこに『醤油』『酒』『すりおろしニンニク』『生姜』をたっぷりと加え、さらに俺の秘密兵器である『ぬか床の漬け汁』をほんの少しだけ垂らした。


「ぬかの乳酸菌が肉の繊維を柔らかくし、奥深い旨味を足してくれるんだ。三十分ほど漬け込んだら、片栗粉を多めにまぶす」


 たっぷりの油を熱した鍋に、粉を吹いた鶏肉を投入する。

 ジュワァァァァァッ!!


『ニャアア! 油の弾ける音! 焦げる醤油とニンニクの暴力的な匂い! たまらんニャ!』

 クロが興奮して三本の尻尾を振り回す。


「慌てるな、ここからが職人の技だ。一度取り出して余熱で中まで火を通し……さらに高温にした油でもう一度揚げる!」


 二度揚げ。これこそが、外はカリッ、中はジュワッの『至高の唐揚げ』を生み出す絶対の法則だ。

 きつね色に揚がった熱々の唐揚げを皿に山盛りにし、横にカットしたレモンを添える。


「完成だ。特製・二度揚げ絶品唐揚げだ!」


『ニャムッ! ……ッアッチ!! カリッ! ジュワァァァ! ニャンだこの衣のザクザク感は! 噛んだ瞬間、熱々の肉汁が口の中に爆発したニャ!』

『ピロロロッ! ニンニクと生姜のパンチが効いた醤油味が、鶏の脂と完璧に融合しています! これは……理性という名のブレーカーが落ちる美味さです!』


「だろ?」

 俺は熱々の唐揚げを一つ放り込み、すかさずインベントリでキンキンに冷やしておいた『炭酸水』と、屋台でもらった『琥珀色の蒸留酒(ウイスキー)』を黄金比でブレンドしたグラスを掲げた。


「祭りの夜は、唐揚げと『ハイボール』に限る!!」


 ゴクッ、ゴクッ、カァァァァァッ!!

 唐揚げの濃厚な脂とニンニクの香りを、ハイボールの強烈な炭酸とウイスキーの香りが爽快に洗い流していく。

 熱い、美味い、冷たい、爽快。

 この無限ループは、四十代の男にとって至上の喜びだ。


「ぷはぁっ! 配線トラブルをスパッと解決した後の酒は、世界一美味いぜ!」


 色とりどりの照明が輝く夜市。

 過電流の危機を回避し、安全なインフラを構築した四十代の元・電気工事士は、満足げにハイボールのグラスを傾けながら、お祭り騒ぎの夜を心ゆくまで楽しむのだった。


【第65話:完】

 収穫: 祭りの夜市での大喝采、至高の唐揚げとハイボール。

 知識更新: 容量が足りていても、タコ足配線は過電流で落ちる。唐揚げの二度揚げは、絶対に裏切らない。

 現在の気分: 唐揚げにレモンをかけるか否かの論争は異世界にはない。なぜなら、俺が作るからだ。

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