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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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64話

 メロヴェ牛の特大ステーキを堪能した翌日。

 農業国家メロヴェの平原をさらに進んでいた俺たちは、豊かなはずの平原の中で、そこだけ不自然に作物が枯れかかっている奇妙な村『アクイア』に行き当たった。


 村人たちは総出でバケツリレーをして畑に水を撒いているが、焼け石に水だ。


「どうしたんだ? この国は水資源が豊富なはずだろう」

 俺が村の長老に声をかけると、長老はしわがれた声で嘆いた。


「おお、旅のお方。実は数日前から、村の地下を通る『古代の水路』がピタッと止まってしまったのです。水源の湖にはたっぷり水があるのに、なぜか一滴も水が上がってこない。村の若い衆が地下に潜って水門や魔道具を調べたのですが、どこも壊れておらず……お手上げなのです」


「水源に水はあるのに、配管を通ってこない……ねぇ」


 四十代の元・設備管理者の勘が、ある典型的な「配管トラブル」の可能性を弾き出していた。だが、地下に張り巡らされた古代の配管ネットワークを、図面なしで手探りするのは無謀だ。


「よし。ナビ、出番だ。地下水路の構造と、流体の状況をスキャンしてくれ」


【ナビ:……マスター、報告します。地下水路は非常に複雑な三次元のサイフォン式構造になっており、現在の演算能力では、流体異常の特定までに約三日を要します】


「三日? そいつは困るな。畑が干からびちまう」


【ナビ:つきましては、私の情報処理モードを上位互換の『プロモード』へ移行する許可を申請します】


「プロ? なんだそのモードは。通常モードと何が違うんだ?」


 俺の問いに、脳内のAIアシスタントは少し誇らしげなトーンで解説を始めた。


【ナビ:通常モードは、日常的なタスクや素早い応答、基本的な環境分析に特化した軽量な情報処理モデルです。対して『プロモード』は、高度な推論能力、複雑な多段階の論理的思考、そして大規模なデータの全体構造を同時に把握・分析することに特化した上位モデルです。ただし、マスターの魔力を通常の約三倍消費します】


「なるほど。普段のちょっとした調べ物や日常会話には『通常』が適していて、今回みたいな複雑に絡み合った構造の解析や、専門的な論理パズルを解くには『プロ』の違いがあるってわけだな」


 適材適所。道具や設備のスペックの違いを理解して使い分けるのは、職人の基本中の基本だ。


「許可する。魔力ならいくらでも吸っていいから、『プロモード』でこの地下水路の詰まりを特定してくれ」


【ナビ:了解。プロモード、起動します――】


 直後、俺の頭の中に膨大な地下水路の3D立体図面が、恐ろしいスピードで構築されていく。何層にも重なる配管、水圧の計算、重力とサイフォンの原理による流体力学のシミュレーション。

 それを『プロモード』のナビは、わずか十秒で完全に解き明かした。


【ナビ:解析完了。原因は配管の破損や魔道具の故障ではありません。地下第三層、最も配管が上に凸(逆U字)になっている地点に、巨大な『空気溜まり』が発生しています】


「やっぱりな! ポンプや配管の天敵『エアロック現象(エア嚙み)』だ」


 前世の水道管や温水ヒーターでも頻発するトラブルだ。

 水の中に含まれていた空気が長い年月をかけて配管の一番高い部分(凸部)に溜まり、それがクッションの役割を果たしてしまい、流体の動きを制限していき、最終的に完全にせき止めてしまう現象である。

 空気が詰まっているだけなので、水門やパイプをいくら調べても「壊れていない」ように見えてしまうのだ。


 俺は長老に案内を頼み、地下水路の第三層へと降りていった。

 ナビのプロ仕様ナビゲーションのおかげで、迷うことなく原因の凸型配管の前にたどり着く。


「よし、ここに小さな穴を開けて、自動で空気を抜く自動排気弁を取り付けるぞ」


 俺はインベントリからドリルと真鍮製のバルブを取り出し、配管の頂上部に素早く穴を開けてねじ込んだ。


 シュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


 猛烈な勢いで、配管内に閉じ込められていた高圧の空気が吹き出してきた。

 数分間空気が抜け続け、やがて音がしなくなり空気が完全に抜けきった。


 ズゴゴゴゴゴゴッ!! という地響きと共に、せき止められていた大量の水が一気に水路を駆け巡り始めた。


「お、おおおおっ! 水だ! 村の用水路に水が戻ってきたぞぉぉっ!」

 地上から、村人たちの歓喜の叫びが地下まで響いてきた。


 原因不明の干ばつを鮮やかに解決した俺たちは、村人たちから極上の『根菜類ジャガイモやニンジン』と、『赤ワイン』を大量にプレゼントされたのだった。


 その日の夜。

 村外れにテントを張った俺は、昨日手に入れた「メロヴェ牛の特大ブロック肉」の余りをまな板に乗せていた。


「極上の牛肉に、新鮮な根菜。そして赤ワインがある。……今夜はちょっと手間をかけて、大人の煮込み料理を作るとしよう」


 俺は牛肉を大きめの角切りにし、塩コショウと小麦粉をまぶして、バターを引いた鍋で表面に強烈な焼き色をつける。

 肉を一旦取り出し、同じ鍋で玉ねぎ、ニンジン、セロリや香草を飴色になるまでじっくりと炒め、旨味の土台を構築する。


 そこに肉を戻し、もらった赤ワインをボトルの半分ほどドバドバと注ぎ込んだ。

「ここからが本番だ。インベントリ、展開!」


(呼び出すのは……濃厚な肉の旨味と野菜の甘みが凝縮された洋食の王様『特製デミグラスソース(缶詰)』! そして『ローリエ』と『マッシュルーム』だ!)


 デミグラスソースを加え、弱火でコトコトと煮込んでいく。

 赤ワインの酸味が飛び、デミグラスソースの暴力的なまでの芳醇な香りが、夜の平原に漂い始めた。


 二時間後。

 肉がスプーンで切れるほどトロトロになったところで、別茹でしておいたジャガイモとブロッコリーを添えて完成だ。


「待たせたな。特製・極上ビーフシチューと、焼きたてのバゲットだ」


『ニャアアアッ! 待ちくたびれたニャ! 黒くてドロドロの汁から、とんでもなく美味そうな匂いがするぞ!』

 クロがシチューの肉に噛み付き、目を見開いた。

『ニャンだこれ!? 昨日のステーキとは違う美味さニャ! 肉が舌の上でほどけて、ソースの強烈なコクとワインの香りが鼻を抜けるニャァァ!』


『ピロロロッ! 素晴らしい……! 牛肉の旨味がすべてソースに溶け出し、さらにそのソースを肉が再び吸い込んでいます。この硬いパン(バゲット)を浸して食べると、ソースを一滴残らず味わい尽くせます!』


 シロの言う通り、ビーフシチューの真骨頂は「バゲット」との組み合わせだ。

 俺も、カリッと焼いたバゲットに濃厚なシチューをたっぷりと乗せ、大口を開けて頬張った。


「……っっっ!! うんまァァァッ!」

 デミグラスソースの深いコクと、赤ワインの大人の渋み。それがメロヴェ牛の極上の脂と完全に一体化し、四十代の疲れた胃袋を優しく、かつ力強く満たしていく。

 すかさず、残りの赤ワインをグラスに注いで喉に流し込む。


「くぅぅっ……! やっぱり煮込み料理には赤ワインが最高に合うな!」


【ナビ:マスター。プロモードによる流体解析と、マスターの現場施工、そしてビーフシチューの調味バランス。すべてにおいて完璧なタスク完了と評価します】

「おう、お前も今日はよくやったよ。プロモード、頼りになるぜ」


 複雑な現場の謎をスキルの力でスマートに解き明かし、夜は極上のシチューとワインに酔いしれる。

 四十代のおっさんと神様たちのスローライフは、大人の余裕を漂わせながら、メロヴェの夜長を贅沢に味わい尽くすのだった。


【第64話:完】

 収穫: ナビの「プロモード」解放、極上ビーフシチューの多幸感。

 知識更新: 配管の凸部に溜まった空気(エアロック)は、水を完全にせき止める。そして、通常モードとプロモードは適材適所である。

 現在の気分: シチューにつけるパンは、やはりバゲットに限る。明日の朝は余ったシチューをご飯にかけて食おう。

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