63話
農業国家メロヴェの豊かな平原を進む俺たちは、国中から集まった農作物や物資を一時的に保管する流通の要所『集積街カプラ』へと足を踏み入れていた。
だが、街の入り口にある巨大な荷受け所では、怒声と馬の嘶きが飛び交う大混乱が起きていた。
「おい! いつまで待たせるんだ! 後ろがつかえてるぞ!」
「そう言われても、この『魔導計量器』がウンともスンとも言わねぇんだよ! 馬車をバックさせようにも、後ろに次の馬車がベタ付けしてて動けねぇ!」
四十代の元・設備管理者である俺は、一目で現場の状況を把握した。
荷受け所には、馬車ごと乗って荷物の重さを量る巨大な『魔導計量器』が右と左に二台並んでいる。
しかし、どうやら『右側の計量器』が故障して動かなくなっているらしい。
だが問題はそこではない。
右側が壊れているのに、それを知らせるものが何もないため、後から来た馬車が何も知らずに右レーンに並んでしまい、結果的に前に進めず、後ろにも下がれないという最悪のデッドロックを引き起こしているのだ。
「……おいおい、動線管理が全くできてないじゃないか」
俺はため息をつき、インベントリから大きな木の板、召喚魔法で赤い塗料と筆を取り出した。
「ナビ、シロ、クロ。ちょっと交通整理をするぞ。手伝ってくれ」
俺は素早い筆さばきで、木の板にデカデカと文字と記号を書き殴った。
【右側の計量器は故障中! ← 左側へ進んでください】
「よし。シロ、お前は上空から全体の車の流れを見て、空いているスペースを指示してくれ。クロは俺と一緒に誘導だ」
『ピロロロッ! 航空管制はお任せを!』
『ニャ! 尻尾を振って馬を誘導すればいいのかニャ?』
俺は完成した案内板を抱え、渋滞の最後尾に走った。そして、一番目立つ場所にその看板をドカンと立てる。
「はい! 右の計量器は壊れてるよ! これから入る馬車は看板の指示通り、全部左のレーンに寄って!!」
俺が大きな身振り手振りで誘導を始めると、新たに到着した馬車たちは看板を見てスムーズに左レーンへと流れ始めた。
これで、右レーンにこれ以上馬車が詰まることはなくなった。
「次は、すでに詰まってる右レーンの連中だ。前の馬車を逃がすために、後ろから順番に少しずつバックして左へ合流しろ!」
【ナビ:マスター、後方三両目の馬車の後ろに十分な転回スペースが確保できました。そこから誘導可能です】
ナビの完璧な空間把握と、上空のシロの合図、そして足元でクロが馬をなだめてくれたおかげで、パズルを解くように少しずつ馬車の列が解けていく。
ものの十分で、右レーンで立ち往生していた馬車はすべて左レーンへと合流し、荷受け所の機能は完全に回復した。
「ふぅ……よし。安全と動線の確保は完了だ。次は計量器本体を直すか」
俺は誰もいなくなった右側の計量器の操作盤を開けた。
「どれどれ……あぁ、なるほど。魔力配線の端子が振動で緩んで、接触不良を起こしてるだけだ」
前世で取得した『電気工事士』の知識を異世界の魔力回路に応用し、緩んだ配線をしっかりと繋ぎ直し、絶縁と防振の処理を施す。
「よし、起動テスト。……問題なし。直ったぞ」
「お、おおおおっ……! あんた、一体何者なんだ!?」
ようやくパニックから立ち直った荷受け所の職員が、涙目になって駆け寄ってきた。
「ただの通りすがりの職人だよ。……職員さん、機械が壊れるのは仕方ないが、トラブルが起きた時に『看板を一つ立てて動線を確保する』だけで、被害は最小限に抑えられるんだぞ。リスクヘッジやKYTは基本だぞ」
「ううっ、面目ない……。実は私、近々行われる商業ギルドの昇級試験を控えてまして。上の連中に提出する自己推薦状に『昇級したらどのようにギルドに貢献するか?』を書かなきゃいけないんですが、こんなミスをしてしまって……もう絶望的です」
落ち込む職員に、俺はニヤリと笑って肩を叩いた。
「何言ってんだ。今日のことをそのまま書けばいいじゃないか」
「え?」
「『トラブル発生時、速やかに右レーン封鎖の案内板を設置し、左レーンへの的確な誘導を行うことで物流の停止を防ぎ、また、始業前の簡易点検を実行することで業務の安定、効率化による貢献をします。』……とな。組織への貢献ってのは、こういう足元の業務改善と危機管理から始まるんだ。俺はあんたの指示で動いただけだ。」
そう言いつつおっさんに似合わないウィンクをする。
「……ッ!! あ、ありがとうございます! あなたは神様だ!」
職員は俺の手を両手で握り締め、お礼として市場に集まっていた特産品の中から、極上の霜降りが美しい『メロヴェ牛の特大ブロック肉』と、新鮮な野菜を大量に持たせてくれた。
その日の夕方。
街外れの静かな平原で、俺たちは手に入れた極上のブロック肉を分厚くスライスし、熱した鉄板の上に並べていた。
ジューーーーーッ!!
牛脂が溶け出し、赤身と霜降りの境界線から極上の肉汁が溢れ出る。
「今日のソースは特別だぞ」
俺はすりおろした現地の玉ねぎに、インベントリから出した『醤油』『酢』『ニンニク』、そして少しの『ハチミツ』を加えて煮詰めた「特製シャリアピン風・和風オニオンソース」を作り上げた。
両面をカリッと、中をレアに焼き上げたステーキの上に、そのソースをたっぷりと回しかける。
ジュワァァァァァッ!!
焦げた醤油とニンニク、そして加熱された玉ねぎの甘い香りが暴力的に立ち昇った。
「さぁ、食え。特大ステーキ・オニオンソースがけだ」
『ニャアアアッ! 肉! 圧倒的な肉ニャ!』
クロがステーキに噛み付く。
『ニャムッ……! な、なんだこの肉の柔らかさは! 噛まなくても脂が口の中で溶けるニャ! そしてこの玉ねぎと黒い塩水のソースが、肉の旨味を何倍にも引き上げてるニャァァ!』
『ピロロロッ! 素晴らしい! 肉の濃厚な脂を、お酢の酸味と玉ねぎの風味が完璧に中和し、いつまでも食べ続けられるような魔法のソースに仕上がっています! 白飯が止まりません!』
シロも羽をパタパタさせながら、ステーキと白飯を交互に啄んでいる。
俺も、分厚い肉をナイフで切り、たっぷりのソースを絡めて口に運んだ。
「……っっっ!! うんまァァァッ!」
牛肉の圧倒的な旨味。和風オニオンソースの甘じょっぱさが、四十代の胃袋を強烈に刺激する。俺はすかさず、よく冷えた『赤ワイン』のグラスを傾けた。
肉の脂を、ワインの渋みと酸味が綺麗に洗い流していく。
【ナビ:マスター、現在のマスターの幸福度指数は計測限界を突破しています】
「ああ、最高だ。トラブルを現場の機転で解決し、その後で食う美味い肉と酒。これだから職人の旅はやめられないな」
看板一枚の導線管理がもたらした、極上のステーキディナー。
四十代のおっさんと二柱の神様は、夕焼けの平原で満腹になるまで肉を堪能するのだった。
【第63話:完】
収穫: メロヴェ牛の特大ブロック肉、現場管理の優越感。
知識更新: 故障を直す前に、まずは現場の秩序を確保しろ。それが最大の現場貢献である。
現在の気分: 明日はこの肉の余りで、ビーフシチューでも作ってみるか。




