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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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61話

 バルバトス辺境伯領の端、いよいよ隣国へと続く国境の巨大な関所『ガルダ砦』へと到着した俺たちは、目の前の光景に顔をしかめていた。


「……おいおい、なんだこの馬車と人の渋滞は」

 国境を越えようとする商人や旅人の列が、砦の門の前で完全にストップし、長大な待機列を作っていたのだ。


『マスター。砦の門が固く閉ざされています。何らかの警戒態勢でしょうか?』

 シロが上空から様子を探るが、その時だった。


 ジリリリリリリリリリリリリリッ!!!


 砦の中心にある塔から、耳をつんざくような凄まじい大音量のベルが鳴り響いた。

 途端に、重武装の国境警備兵たちが「火事だ!」「第一区画の火災感知器が作動したぞ!」と叫びながら、一斉に砦の中へ駆け込んでいく。


「火事か!?」

 俺も身構えたが、待てど暮らせど煙一つ上がらない。

 十数分後、疲れ切った顔の警備隊長が戻ってきて、部下に「また誤報だ……警戒態勢を解け」と指示を出しているのが見えた。


「……なるほど。あの『誤報』のせいで、いちいち国境が封鎖されて大渋滞になってるわけか」

 俺は列を離れ、項垂(うなだ)れている警備隊長に声をかけた。


「隊長さん、お疲れ様。……『|火災じゃないのに警報が鳴ること《非火災報》』で悩まされてるみたいだな」

「ん? ああ、あんた旅の職人か。そうなんだよ、この砦に最近導入された『煙感知の魔道具』が、一日に何度も勝手に鳴りやがる。おかげで兵士も旅人も寝不足で限界だ。隣国の呪いじゃないかって噂まで出てる」


「呪いねぇ。ちょっとその魔道具、俺に見せてくれないか?」


 隊長の案内で砦の内部に入ると、高さ3メートルほどの石造りの天井に、円盤型の『煙感知の魔道具』が設置されていた。

 四十代の元・設備管理者である俺の血が、再び静かに沸き立つ。前世で会社のために火災報知設備の資格取得の勉強をし、昇級試験の自己推薦欄に「現場の誤報トラブルを減らして会社に貢献します」と書いたあの日の記憶が蘇ってきた。


「天井が高いな。……インベントリ、展開」


 俺が虚空から取り出したのは、前世の現場で愛用していた『7尺(約2.1メートル)の伸縮脚立』だ。

「な、なんだその折りたたみ式のハシゴは!?」

「ただの仕事道具さ。石畳みたいに段差や凹凸がある場所でも、四本の脚の長さを別々に調整して真っ直ぐ立てられる優れものだ」


 ガチャガチャと脚の長さを調整して完璧な水平を出し、俺は脚立を登って天井の魔道具を覗き込んだ。

 カバーを外すと、内部には微弱な光を放つ魔石と、光を受けるセンサーの役割を果たす水晶が向かい合って設置されていた。


「|煙の粒子で光が乱反射するのを検知する仕組み《光電式》か。……やっぱりな」


 俺は隊長に魔道具の内部を見せた。

「隊長さん、誤報の原因は呪いじゃない。この『小虫』と『ホコリ』だ」

「む、虫だと!?」

「ああ。南部のジャングルから飛んできた小さな羽虫が、この隙間から入り込んで魔石の光を乱反射させていたんだ。それがセンサーに反応して、火事の煙だと誤認したってわけだ」


 俺はインベントリの極小空間切断で、内部のホコリと虫をチリ一つ残さず完璧に除去した。さらに、煙は通すが虫は通さない極細のメッシュ網を取り付けてやる。


「これで二度と『非火災報』は起きない。安心して国境を開けていいぞ」

「おおおっ! 職人殿、あんたは国境の救世主だ!」


 長年の(といっても数日だが)悩みが解決し、警備隊長は涙を流して感謝した。おかげで俺たちは最優先で荷物検査をし、国境の門をくぐらせてもらえることになった。


 国境を越え、新しい国の豊かな平原に出た俺たちは、街道から少し外れた見晴らしの良い丘で野営の準備をしていた。


「よし、国境越えの祝杯といくか」

 俺は焚き火の準備をしながら、インベントリから本日のメイン食材を取り出した。

 厚切りの食パン、厚切りベーコン、瑞々しいトマト。そして、分厚い『加熱用チーズ(シュレッドチーズ)』だ。


『ニャア! その黄色い塊、前にも見たことがあるニャ! 発酵した乳の固まりだろ!』

 クロが鼻をヒクヒクさせて寄ってくる。

「ああ。だが今日のこいつは『加熱用』だ。そのまま食うより、火を入れることで真価を発揮するタイプなんだよ」


 スーパーで売っている「加熱用チーズ」は、なぜわざわざ加熱用と書かれているのか。

 それは、ナチュラルチーズには生きた乳酸菌や微小な菌が残っていることがあり、加熱による殺菌が必要な場合があるからだ。そして何より、熱を加えた時に油分とタンパク質が分離せず、最高の「とろみ」と「伸び」を生み出すようにブレンドされているからである。


 俺は鉄製のホットサンドメーカーにバターを塗り、食パン、ベーコン、輪切りのトマト、そして加熱用チーズを山盛りに乗せて挟み込んだ。

 それを焚き火の直火にかけ、じっくりと両面を焼き上げていく。


 ジューッ……。

 鉄板の隙間から、ベーコンの脂と、溶け出したチーズが焦げる暴力的な匂いが吹き出してきた。


「よし、焼き上がりだ」

 パカッと蓋を開けると、表面がキツネ色にサクサクに焼き上がった完璧なホットサンドが姿を現した。包丁で半分に切ると、中からトロットロに溶けた黄金のチーズが滝のように溢れ出す。


「熱いうちに食え。特製『ベーコントマトの絶品チーズ・ホットサンド』だ」


『ニャムッ! アチッ! アフッ!』

 クロが噛み付いた瞬間、中のチーズがビヨォォォンと限界まで伸びた。

『ニ、ニャンだこの伸びる物体は! 噛むと濃厚な乳のコクと塩気が口いっぱいに広がるニャ! ベーコンの肉汁と、トマトの酸っぱさが合わさって最強ニャ!』


『ピロロロッ! 素晴らしいです! サクサクのパンの食感の後、熱で完全に液状化したチーズがソースのようにすべての具材を包み込んでいます。そのまま食べるチーズとは全くの別物ですね!』

 シロもクチバシを器用に使って、伸びるチーズと格闘しながら歓喜している。


 俺も熱々のホットサンドを頬張る。

「……っっっ!! うんまァァァッ!」

 サクッとしたパンの香ばしさ。ベーコンの暴力的な旨味。それをトマトのフレッシュな酸味がさっぱりとさせ、最後に加熱用チーズの圧倒的なコクと粘り気がすべてを一つにまとめ上げる。

 俺はすかさず、インベントリで冷やしておいた『缶ビール』のプルタブを開け、流し込んだ。


「くぅぅぅっ……! チーズとベーコンの脂をビールで流す。たまらん!」


 非火災報のトラブルを現場の知識と愛用の7尺脚立で鮮やかに解決し、新しい国の風に吹かれながら、極上のとろけるチーズに舌鼓を打つ。


「さて、新しい国ではどんな面倒な現場と、美味い飯が待っているのかね」

 四十代のおっさんの気ままな異世界スローライフは、国境を越えてさらに充実度を増していくのだった。


【第61話:完】

 収穫: 国境の顔パス通過、絶品チーズホットサンド。

 知識更新: 煙感知器の誤報の多くは虫とホコリ。そして加熱用チーズは、火を通すことで完全体となる。

 現在の気分: 伸縮脚立は段差のある現場での最強の相棒だ。異世界でもそれは変わらない。

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