59話
深夜。温泉街ユノセから少し離れた山道に、四つの影が静かに溶け込んでいた。
【ナビ:マスター、周辺にギルドの監視用の魔道具が仕掛けられています】
「シロ、クロごまかせるか?」
『こんなの我にかかれば簡単ニャ。』
『マスター、私の光屈折とクロの闇の帳で完全に隠蔽しています』
「助かるよ、シロ、クロ。さて、レオン。ここが例の崩落現場だな?」
月明かりすら届かない暗闇の中、俺と領主の密偵であるレオンは、街道を塞ぐ巨大な土砂と岩の壁の前に立っていた。
「ああ。昼間はギルドの連中が見張っているが、夜間は魔道具任せらしい。……だが、何度見ても俺にはただの土砂崩れにしか見えないぞ」
レオンが悔しそうに岩肌を撫でる。
俺は四十代の設備屋としての経験を総動員し、崩れ残った山肌の『断面』を魔力ランプで照らして観察した。
「レオン。証拠隠滅のプロってのは、表面上の証拠を綺麗にを回収して『パッと見』を綺麗にするのは得意だ。だが、岩盤をこれだけ派手に崩すための『発破(爆破)』の基本をわかってない」
「発破の基本?」
「ああ。硬い岩山を崩す時、表面で爆発させても威力が逃げるだけだ。効率よく崩すには、岩の奥深くまで細長い穴を空け、その一番奥に爆薬を仕込んでから蓋をするんだよ」
俺は山肌の不自然にえぐれた部分を指差した。
「つまり、連中が回収したのは『表面にあった物』だけだ。急いで証拠隠滅をしたのなら、岩の奥深く……爆心地の底には、まだ『起爆装置の残骸』が埋まっているはずだ」
「……!! なるほど、だが何十トンという岩盤の奥底だぞ!? どうやってそれを掘り出すんだ。大勢でツルハシを振るえば、すぐに連中に気づかれる!」
「俺の『魔法』なら、一瞬だ」
(ナビ、岩山から発破の残骸探せるか?)
【ナビ:お任せください。……物的な証拠が岩の奥にあるようです。よかったですね。爆破魔法だった場合痕跡がない場合もおります。なんでも前の世界で考えるのはやめた方がよろしいですよ】
(わかったよ。癖みたいなもんだ。つい、な。それでもナビなら何か見つけてくれるんだろ?)
【ナビ:……】
俺は崩れた岩肌の奥、ナビの指示で「発破孔の底」にあたる座標に向けて手をかざした。
(空間魔法、極小空間切断! 対象は岩盤内部、深度五メートルに存在する『人工物』のみ……抽出!!)
ボフッ!!
音もなく空間が歪み、俺の手のひらの上に「黒焦げになった金属の筒」と「焼け焦げた魔石の欠片」がポンッと現れた。
「こ、これは……『遅延式の魔力起爆筒』! 軍や鉱山開発でしか使われない特殊な魔道具だぞ!」
レオンが驚愕に目を見開く。
俺は金属の筒に刻印されているマークをライトで照らした。
「ビンゴだ。ご丁寧に『ユノセ商業ギルド・管理番号三十五番』って刻印まで残ってるぞ」
「……ッ! これだ! これさえあれば、この土砂崩れが天災ではなく、ギルドの備品を使った『人工的な爆破事件』だと証明できる! あんた、本当にただの職人か!? 凄腕の魔法技師どころの騒ぎじゃないぞ!」
レオンは証拠品を震える手で受け取り、大事に懐へとしまった。
「これで領主様に動いてもらえる。証拠隠滅のプロの盲点を突くとは……恐れ入った」
「現場の安全管理と原因究明は、設備屋の基本だからな。よし、これで今夜の『夜間作業』は無事終了だ」
現場検証を終え、監視の目を掻き潜って宿の裏手まで戻ってきた俺たちは、冷え切った身体を擦りながら縁側に腰を下ろしていた。
「……南部の国境とはいえ、さすがに夜の山は冷えるな」
『ニャア……毛皮があっても鼻先が冷たいニャ』
『マスター、温かいものが欲しくなりますね』
「夜勤明けの冷えた身体を温めるなら、アレしかないな」
俺はカセットコンロを展開し、インベントリから鍋と食材を取り出した。
(呼び出すのは……日本の食卓の母なる味『合わせ味噌』! そして、豚肉、大根、人参、ゴボウ、こんにゃくの王道ラインナップだ!)
ごま油で豚肉と根菜類を炒め、香ばしい匂いを出してから出汁を注ぐ。
野菜が柔らかく煮えたところで火を止め、たっぷりの合わせ味噌を溶き入れた。
「完成だ。夜食の特製『豚汁』と、塩むすびだ」
湯気と共に、味噌と豚の脂、そしてゴボウの土の香りがフワァッと立ち上る。
「レオン、熱いうちに食ってみろ」
「あ、ああ。いただきます」
レオンが木のお椀に口をつけ、ズズッと汁を啜る。
「……ッッ!! なんだ、この胃の腑の底からじんわりと染み渡るような旨味と温かさは……!」
「味噌っていう、大豆を発酵させた調味料だ。豚肉のコクと、根菜から出る甘みが全部この汁に溶け出してるんだよ」
『ニャムニャム! この大根っていう白い野菜、汁を限界まで吸い込んでて、噛むと口の中で爆発するニャ!』
『ピロロロッ! 身体の芯から冷えが追い出されていきます。夜の闇を払う、優しい陽溜まりのようなお味です!』
レオンは豚汁をすすりながら、塩むすびを大きく頬張った。
「……美味い。こんなに美味くて、心まで温かくなる料理があるんだな。俺は今まで、任務のために冷たくて硬い干し肉ばかり齧ってきたから……なんだか、涙が出そうになる」
歴戦の密偵である男が、豚汁の温かさに顔をほころばせている。
夜勤明けの冷え切った現場で、仲間と啜る豚汁やカップ麺。前世の設備屋時代から変わらない、俺の大好きな時間だ。
「さぁ、腹ごしらえが済んだら、いよいよ反撃の準備だ。レオン、この証拠をどうやって領主のところへ届けるつもりだ?」
俺が豚汁を飲み干しながら尋ねると、レオンは力強く頷いた。
「俺が直接、山を越えて領都へ走る。……いや、そのつもりだったんだが」
レオンは塩むすびを啄んでいるシロを見た。
「あんたの使い魔の鳥、昼間に『雷霆の如き速さで直訴状を届ける』って言ってなかったか? もしそれが可能なら、俺が手紙と証拠品を預けたい。俺がこの街に残って連中の動きを監視し、あんたが暴れないよう見張っておく必要があるからな」
「……なるほど。シロ、いけるか?」
『ピロロロッ! お任せください。日の出と共に飛び立ち、朝食の時間が終わる前にはバルバトス辺境伯の執務室の窓をノックしてみせましょう!』
完璧な証拠と、領主への直通ルート。
代官とギルド長たちの悪事を完膚なきまでに叩き潰すための包囲網が、豚汁の湯気の中で静かに、そして確実に完成しようとしていた。
【第59話:完】
収穫: 人工土砂崩れの決定的な証拠品、夜食の豚汁の温もり。
知識更新: 発破工事の証拠隠滅は、表面だけを片付けても無駄である。
現在の気分: 深夜の豚汁は、世界中のどんな高級料理よりも身体に沁みる。




