54話
領都ルザスを出発し、さらに南へと歩を進めた俺たちは、巨大な川沿いにある漁村ラーナに到着していた。
ジャングルを切り開いて作られたこの村は、豊富な水資源のおかげで独自の活気を持っていたが、村の食堂に入った俺たちは、店主の獣人のため息を聞くことになった。
「はぁ……また今日もマッド・シュリンプの大漁か。足が速くて遠くの街には運べねぇし、村の連中も塩茹でや網焼きにはもう飽き飽きしてるんだよなぁ」
店主が指差した木桶の中には、ロブスターほどもある巨大なエビが大量に跳ね回っていた。
前世なら高級食材として大歓喜するところだが、調味料が塩しかないこの村では、確かに毎日食べれば飽きるだろう。
「親父さん、そのエビ、俺に少し料理させてくれないか?」
俺が声をかけると、店主は驚きつつも「好きに使ってくれ」と桶を譲ってくれた。
「よし。プリプリの巨大エビがあるなら、作るものは一つだ」
『ニャア! ミツトメ、また美味いものを作るのだな!』
『マスター、この巨大な水棲生物をどう調理するのですか?』
「王道のエビのチリソース炒めだ。」
俺は市場に走り、現地の食材をいくつか調達してきた。
「いいか親父さん、エビチリの味の決め手は『甘み・酸味・辛味・コク』の四つだ。俺の故郷には専用の調味料があるが、この村の食材でも完全に再現できる」
俺は調理台に食材を並べ、店主に向けて現場の作業手順を説明するかのように解説を始めた。
【エビチリソース】
酸味と旨味: 熟した『野生の赤トマト』を細かくすり潰す。
甘みとコク: ルザス領の名産『太陽マンゴー』の果肉をペースト状にして混ぜる。
辛味と風味: 昨日知った『炎獄辛子』を細かく刻み、現地の|発酵大豆《味噌の原型のようなもの》と合わせて油で炒める。
「なるほど……! 酸っぱいトマトに甘いマンゴーを合わせるなんて考えたこともなかったが、混ぜて舐めてみると……すげぇ! 複雑で濃厚な美味い汁になってるぞ!」
店主が味見をして目を見開く。
「だろ? ソースができたら、次はエビの下処理だ」
俺は巨大なマッド・シュリンプの殻を素早く剥き、背ワタを取る。
「ここが一番重要だ。エビにそのまま火を通すとパサパサになる。だから、キャッサバ芋から取ったデンプン粉をエビの表面に薄くまぶすんだ」
たっぷりの油を引いたフライパンで、粉をまぶしたエビをサッと揚げ焼きにする。
表面の粉が油を吸ってカリッとしたところで、ニンニクと生姜のみじん切り、そして先ほど作った『特製マンゴーチリソース』を一気に流し込んだ。
ジュワァァァァァッ!!
トマトの爽やかな酸味、マンゴーの甘い匂い、そして炎獄辛子の刺激的な香りが混ざり合い、厨房に暴力的なまでの食欲をそそる香りが爆発した。
ソースがフツフツと煮立ち、エビの衣にトロリと絡みついたところで火を止める。
「よし、完成だ。現地食材で作った『特製・ジャングルエビチリ』だ!」
大皿に赤く輝くエビチリが山盛りにされる。
俺はすかさずインベントリから、この料理に合わせるための『キンキンに冷えたジャスミン茶(四十代の胃袋を労る選択)』と、『炊きたての白飯』を用意した。
『ニャムッ! アチッ! アフッ! 辛いニャ! でも、マンゴーの甘みがすぐに追いかけてきて、エビが口の中でブリッブリに弾けるニャァァ!』
クロが猫舌を忘れて、ハフハフとエビに噛み付く。
『ピロロロッ! 素晴らしい! 衣がエビの肉汁を完全に閉じ込めており、噛むたびにエビの肉汁とソースが奇跡の融合を果たしています! 止まりません!』
シロも純白の羽をパタパタさせながら、ご飯と一緒にエビチリを突っついている。
俺もエビを一つ頬張った。
「……っっっ!! うんまァッ!!」
召喚したケチャップで作るよりも、マンゴーのフルーティーな香りが前に出ており、南国の気候に異常なほどマッチしている。プリプリのエビの食感と、後からジワリと来る辛さが、白飯を無限に消費させていく。途中で飲む冷たいジャスミン茶が、口の中をさっぱりとリセットしてくれて最高だ。
「お、お客さん……! こ、これ、ウチの村の食材だけで作ったんだよな……!?」
店主は震える手でエビチリを口に運び、あまりの美味さに涙ぐんでいた。
「ああ。マンゴーもトマトも辛子も芋の粉も、全部この村の周りで安く手に入るものだ。これなら、明日からでもお前の店の看板メニューにできるだろ?」
「アニキィィィッ! あんたは料理の神様か!? これなら、塩茹でに飽きてた村の連中も大喜びだ! 余ったエビも高く売れる!!」
俺が教えたのは、ただの料理のレシピではない。
「あるもので代用し、現場の価値を最大化する」という、設備管理の根幹をなす考え方だ。
四十代のおっさんのささやかな知識は、こうして南部の小さな漁村に、新たな特産品と笑顔を生み出すのだった。
腹いっぱいエビを堪能した俺たちは、村人たちの感謝の嵐に見送られながら、再び南東への旅路を歩き始めた。
【第54話:完】
収穫: ジャングルエビチリの満腹感、村人からの絶大な感謝。
知識更新: ケチャップと豆板醤がなくても、トマトとマンゴーと辛子があれば、現場の力でエビチリは再現できる。
現在の気分: エビの殻剥きは面倒だが、あのプリプリ食感のためなら現場作業も苦にならない。




