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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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52/54

52話

 ルザス伯爵との会談を終え、屋敷を辞した俺たちは、領都ルザスの中心部にある大市場へと足を運んでいた。


「……なるほど。屋敷の外に出てじっくり見てみると、この街がどれだけしっかり管理されているかよくわかるな」


 領都ルザスは、南部の強烈な日差しと湿気の中にありながら、驚くほどの活気と清潔さを保っていた。

 大通りは広々と整備され、建物の多くは風通しを良くするための大きな窓と、直射日光を遮るための広い(のき)を備えている。何より俺の目を引いたのは、石畳の街道の脇に張り巡らされた『水路』だった。


 澄んだ水が音を立てて流れるその水路は、単なる景観用ではない。


【ナビ:気温および湿度の観測データを分析。あの水路が街全体に冷気を運ぶ『打ち水』の役割を果たしており、体感温度を約3度下げています。また、南部特有の突発的な豪雨(スコール)の際には、完璧な排水溝として機能するよう計算された設計です】


「素晴らしいインフラだ。魔道具に頼り切るんじゃなく、自然の理にかなった都市設計をしてる。さすがはあの伯爵が治める街だな」


 前世で数々の現場を見てきた四十代の元・設備管理者として、こういう「見えない部分の設計(配管や水回り)」に金をかけているトップは無条件で信用できる。


 市場の通りを歩いていると、威勢のいい商人たちの声が飛び交っていた。

「へいらっしゃい! 今朝もいだばかりの『太陽マンゴー』だよ!」

「こっちは南の森の『ジャングルバナナ』だ! 甘くて栄養満点だぜ!」


 俺はバナナを山積みにしている恰幅(かっぷく)の良いおばちゃんの露店に立ち寄った。


「おばちゃん、このバナナとマンゴー、美味そうだな。少しもらえるか?」

「お目が高いね、お兄さん! うちの果物は領主様の農園から直接卸してる極上品さ!」

 おばちゃんはニコニコと笑いながら、黄色く熟したバナナと、赤く色づいたマンゴーを袋に詰めてくれた。


「それにしても、活気がある街だな。この暑さなのに、みんな元気だ」

 俺がそう言うと、おばちゃんは胸を張った。

「そりゃそうさ。ウチのルザス伯爵様は本当に領民思いの立派なお方でね。数年前に大干ばつがあった時も、いち早く税を免除して、備蓄の食料をタダで配ってくれたんだ。水路の掃除も定期的に人を雇ってくれるから、街に悪臭も虫も涌かない。……まぁ、長男の坊ちゃんが少しワガママなのが玉に(きず)だけど、伯爵様にはみんな頭が上がらないのさ」


(なるほどな。あの息子が領民から直接恨みを買う前に、俺がビンタで止めておいて正解だったかもしれない)

 為政者としての手腕は一流だが、早くに妻を亡くした不憫さから、息子にだけは盲目になっていたのだろう。親の心、子知らずというやつだ。


 俺はおばちゃんに多めに銀貨を渡し、市場の片隅にある風通しの良い木陰のベンチに腰を下ろした。


『ニャア! ミツトメ、早くその黄色い実を食わせるニャ! 我の腹の虫が限界だぞ!』

『マスター、私も南国の果実というものに興味があります』

 暑さでだらけきっていたクロとシロが、果物の甘い匂いに釣られてシャキッと起き上がる。


「そのまま食っても美味いだろうが、ここは一つ、最高の『涼』を採るとしよう」


 俺はインベントリから、昨日ファルサスの街で手に入れた純度100%の『氷』と、召喚した『牛乳』を取り出した。


「ナビ、インベントリ内で空間切断と撹拌かくはんを同時に行うことは可能か?」


【ナビ:可能です。対象物を指定のサイズに極小切断し、無重力空間内で超高速ミキシングを行います。摩擦熱は一切発生しません】


「よし。ジャングルバナナ、太陽マンゴー、氷、そして少量の牛乳……インベントリ内で一気に混ぜ合わせろ!」


 ボフッ!


 空中で淡い光が瞬いたかと思うと、俺の手元に用意した木製のジョッキ三つに、黄金色に輝くトロトロの液体が注ぎ込まれた。

 魔法の力で作られた、南国フルーツの冷製『ミックス・スムージー』だ。


「よし、完成だ。飲んでみろ」


『ニャッ! 冷たい! そしてなんだこの濃厚な甘さは!』

 クロがジョッキに顔を突っ込み、夢中でスムージーを舐め取る。

『ニャムニャムニャム……! バナナのねっとりとした甘みと、マンゴーの爽やかな酸味が、冷たいミルクの波に乗って喉の奥へ滑り落ちていくニャ! 生き返るぞミツトメ!』


 シロもクチバシを器用に使ってスムージーを味わい、頭の羽をピロピロと震わせた。

『素晴らしい……! 氷を細かく砕き、果実の繊維と完全に一体化させているため、驚くほど滑らかな口当たりです。猛暑で失われた水分と活力が、瞬時に満たされていきます!』


 俺も自分のジョッキを手に取り、グイッと(あお)った。


「……っっっ!! うんまァァァッ!」

 完熟バナナの暴力的なまでの甘さとコクを、マンゴーのトロピカルな香りが華やかに彩っている。そして氷のシャリッとした冷たさが、火照った身体の熱を内側から一気に奪い去ってくれた。

 人工的な砂糖の甘さではなく、果実本来の強烈な甘味が、疲れた四十代の胃袋に優しく染み渡る。


「くぅぅっ……! やっぱり暑い国には、それに合った最高の食材があるもんだな」


 木陰のベンチで、冷たいスムージーを飲みながら行き交う人々を眺める。

 整備された水路、笑顔で商売をする人々、そして領主への揺るぎない信頼。

 昨日までのドタバタが嘘のように、この街には穏やかで豊かな時間が流れていた。


「さて、この街にはもう少し滞在して、南部の美味いもんを片っ端から味わい尽くすとするか」

 俺の言葉に、口の周りをスムージーで黄色くした二柱の神様が、力強く頷いた。


【第52話:完】

 収穫: ジャングルバナナ、太陽マンゴー、絶品スムージーの完成。

 知識更新: 善政とは、人々の笑顔だけでなく、足元の水路(インフラ)にこそ最も顕著に現れる。

 現在の気分: スムージーのおかげで完全に汗が引いた。次はスパイシーな南国料理が食いたい。

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