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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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49話

 交易都市ファルサスの昼下がり。

 この日の街は、強い日差しと無風による異常な『猛暑』に見舞われていた。


「……あっちぃ。石畳の照り返しがキツいな」

『溶けるニャ……。黒い毛皮が太陽の熱を限界まで吸収しておるニャ……』

『ハァ、ハァ……。流石の私も、この熱気の中では神聖な羽が重く感じます……』


 クロは俺の右肩でスライムのようにデロデロに伸びきり、シロも左肩でクチバシを半開きにして荒い息を吐いていた。

 五十代のおっさんにとっても、熱中症の危険を伴う過酷な現場環境である。


「涼しい場所で冷たいもんでも食って休もう」

 そう言って日陰を探して市場の裏手を歩いていると、巨大な石造りの『貸し倉庫』の前で、恰幅かっぷくの良い商人が顔を真っ青にして泣き叫んでいた。


「お、おしまいだぁ! 倉庫の『氷の魔道具』が壊れちまった! このままじゃ、明日のオークションに出す予定の最高級フルーツと肉が全部腐っちまう!」


 その言葉に、俺の冷気を求める本能と、設備管理者としての血が同時に反応した。


「親父さん、どうした。中の魔道具が動いてないのか?」

「い、いや! 魔石の力は満タンで、魔道具自体はフル稼働してるはずなんだ! なのに、部屋の中がちっとも冷えねぇ!」


「稼働してるのに冷えない? ……ちょっと中を見せてみろ」

 俺は商人の案内で、分厚い扉を開けて冷蔵倉庫の中へと足を踏み入れた。

 確かに、外よりは少しマシだが、冷蔵庫と呼ぶには生ぬるい。そして、天井に設置された巨大な『冷気を生み出すフィン(氷の魔道具)』を見上げて、俺はすぐに原因を悟った。


「……親父さん。この魔道具、最後に魔力を切って休ませたのはいつだ?」

「休ませる? とんでもない! 庫内の温度を保つために、もう半年間ずっと魔力を流しっぱなしでフル稼働させてるぞ!」


「やっぱりな。原因は魔道具の故障じゃない。『着霜ちゃくそう』だ」


 業務用冷凍庫やエアコンでも頻発するトラブルである。

 空気中の水分が冷やされると、冷却装置の表面に霜(氷)として付着する。それを放置して稼働し続けると、霜が巨大な氷の塊に成長し、冷却フィンを完全に覆い隠してしまうのだ。

 結果、氷が『断熱材』の役割を果たしてしまい、いくら冷気を作っても外へ出てこなくなる。


「いいか親父さん。冷却装置ってのは、定期的に止めて霜を溶かす『霜取り運転(デフロスト)』をしないと死ぬんだよ」

「し、霜取り!? そ、そんなこと言われたって、今から氷を削り落としてたら半日はかかるぞ! 食材が保たねぇ!」


「俺に任せろ。一瞬で終わらせてやる」

 俺は天井の巨大な氷の塊(元は冷却装置)に向けて手をかざした。


空間魔法インベントリ、極小空間切断! 対象は冷却フィンにこびりついた『霜(氷)』のみ……選択収納!!」


 ボフッ!!


 分厚い氷の装甲が一瞬にして空間の彼方へ消え去り、ピカピカの冷却フィンが姿を現した。

 その瞬間。


 ヒュォォォォォォォッ!!


 魔道具が本来のパワーを取り戻し、遮るものを失った極寒の冷気が、猛烈な勢いで倉庫内に吹き荒れた。

 ものの数十秒で、倉庫の中は完璧な『冷蔵温度』へと急降下する。


「お、おおおおっ!? 冷たい! 部屋が一気に冷え始めたぞ!!」

 商人が歓喜の声を上げて踊り出した。


「ふぅ……涼しい。天国だな」

『ニャァァ……生き返るニャ。最高の冷気だニャ』

 俺と二柱の神様は、冷風の吹き出し口の前に立ち、扇風機を独占する子供のように全身で涼んでいた。


「あんた、神様か!? 俺の全財産を救ってくれた! 何か礼をさせてくれ!」

「そうだな……じゃあ、その倉庫の隅にある『氷のブロック』を少しと、美味しそうなフルーツを少し分けてくれないか?」


 猛暑の屋外に置かれたテーブル付きのベンチ。

 俺は商人から貰った純度100%の綺麗な氷ブロックをセットし、インベントリから「夏の最終兵器」を召喚した。


(呼び出すのは……手回し式の『かき氷機』! そして『いちごシロップ』『宇治抹茶』『ゆであずき』『コンデンスミルク(練乳)』だ!!)


 シャリシャリシャリシャリ……!

 ハンドルを回すたびに、鋭いカンナの刃で薄く削られた氷が、まるで新雪のようにフワフワと器に積もっていく。


「よし、まずはクロだ。特製『いちごミルクかき氷』!」

 真っ白な氷の山に、真っ赤なシロップと、濃厚な練乳がたっぷりとかけられる。


『ニャアアッ! 冷たい! そして甘い匂いニャ!』

 クロが勢いよく氷の山に顔を突っ込み、バクッと一口食べた。

『ニャムッ! フワフワで一瞬で口の中で溶け……ビガァァァァッ!?』


 突然、クロが目をき、頭を抱えてのたうち回り始めた。

『あ、頭の奥が痛いニャ! ツーンとするニャァァ! 敵の魔法攻撃か!?』


「ははは! そりゃあ『かき氷頭痛』だ。冷たいものを急に食いすぎるからそうなるんだよ。ゆっくり食え」


 続いてシロには『宇治抹茶氷』を提供した。

『ピロロロッ……。なんという繊細な口溶け。そしてこの緑のシロップ(抹茶)の深い苦味と香りが、氷の冷たさと相まって、極上の涼を演出しています。これぞみやび……ッ!? アピャァァァッ! 頭が痛いです! 神の脳髄が凍りつきます!』

 真面目なシロも、結局はペース配分を間違えて頭を抱えていた。


 俺は自分の器に、宇治抹茶とゆであずき、そしてたっぷりの練乳をかけた大人の贅沢『宇治金時ミルク』を作った。


 サクッ……。

 スプーンで氷を崩し、小豆と一緒に口へ運ぶ。


「……っっっ!! 最高だ」

 フワフワの氷が舌の上で瞬時に溶け、抹茶の心地よい苦味と、小豆の優しい甘さ、そして練乳の暴力的なコクが口いっぱいに広がる。

 猛暑で火照った身体の中から、スゥーッと熱が引いていくのがわかった。


「エアコンの効いた部屋で食うアイスも美味いが、汗だくの猛暑の中で食うかき氷は、また格別だな」


 商人からもらった極上の桃(ダンジョンピーチ)を添えれば、高級カフェも顔負けのデザートの完成だ。

 頭を押さえながらもスプーン(とクチバシ)が止まらない神様たちを眺めながら、俺は異世界の過酷な夏を、現代の叡智と甘味で優雅に乗り切るのであった。


【第49話:完】

 収穫   : 純度100%の氷と高級フルーツ、かき氷機。

 知識更新 : 魔道具であっても、冷却フィンが着霜すればただの鉄の塊に成り下がる。定期的なデフロストは必須。

 現在の気分: かき氷のシロップは、結局のところ全部「同じ味(香料と着色が違うだけ)」だという豆知識は、黙っておくことにする。

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