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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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48話

 大浴場で極上の風呂上がりコーヒー牛乳を満喫した俺たちは、すっかり日の落ちた交易都市ファルサスの夜の街へと繰り出していた。


「風呂に入ってさっぱりしたら、急に腹が減ってきたな」

『ニャア! 夜の街は美味そうな匂いでいっぱいだぞ!』

『マスター、あちらの路地から非常に香ばしい肉の焼ける匂いがします!』


 シロの案内で路地裏に入ると、そこには赤提灯に似た魔石ランプをぶら下げた、いかにも大衆居酒屋といった風情の店があった。

 しかし、その店の前には客が数人、ゴホゴホと咳き込みながら涙目で逃げ出してきているところだった。


「なんだ? ぼや騒ぎか?」

 俺が店の中を覗き込むと、店内は視界が1メートルもないほどの『真っ白な煙』で充満しており、完全にガス室状態になっていた。


「ゲホッ、ゴホッ! くそっ、なんで今日に限って換気の魔道具がちっとも煙を吸い出さねぇんだ!」

 厨房の奥から、タオルで口を覆った店主(犬の獣人。鼻が利くため余計に苦しそうだ)の悲鳴が聞こえる。


「親父さん、大丈夫か!?」

 俺はタオルで口を塞ぎ、店内に飛び込んだ。

「お、お客さん、入ってきちゃダメだ! 煙で息が……!」


「換気の魔道具が動いてるのに煙が抜けない? ……なるほど、そういうことか」

 俺は厨房のコンロの上に設置された、煙を外へ逃がすための金属製のフード(天蓋)とダクトを見上げた。


 前世の設備屋時代、焼き肉店や中華料理屋の厨房メンテナンスで嫌というほど見てきた光景だ。

 換気扇が回っているのに煙が抜けない原因は、主に二つ。


「親父さん、この排気ダクトの中、油汚れ(グリス)とススで完全に詰まってるぞ! これじゃあ煙が通る隙間がない!」

「えっ!? ダ、ダクトの中なんて、設置してから一度も掃除したことねぇぞ……!」


「やっぱりな。それともう一つ、換気の基本中の基本だ」

 俺は厨房の奥にある『勝手口の扉』を指差した。

「店内を冷房(氷の魔道具)で冷やそうとして、窓も扉も完全に閉め切ってるだろ? 『空気を出す(排気)』をするためには、必ず同じ量の『空気を入れる(給気)』が必要なんだ。密室じゃあ、いくら強力なファンを回しても空気は外に出ていかない!」


 店内が『外より気圧が低い状態(負圧)』になり、煙が行き場を失っている。


「よし、一瞬で解決してやる」


 俺は厨房の勝手口を足で蹴り開け、外の新鮮な空気の『入り口』を作った。

 そして、油とススでギトギトに詰まった排気ダクトに向けて手をかざす。


空間魔法インベントリ、極小空間切断! 対象はダクト内部の『油汚れとスス』のみ……一斉収納!!」


 ボフッ!!


 インベントリという名の最強のゴミ箱へ、長年蓄積された真っ黒な油汚れが一瞬にして吸い込まれた。ダクトの内部は、まるで新品のようにピカピカの金属光沢を取り戻す。


 その瞬間。

 ゴォォォォォォォッ!!


 勝手口から新鮮な空気が勢いよく流れ込み、店内に充満していた真っ白な煙が、開通したダクトを通って猛烈な勢いで外へと吸い出されていった。

 ものの十秒で、店内の空気は完全にクリアになった。


「ぷはぁっ! け、煙が消えたぁっ!!」

 犬の獣人の親父が、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら歓喜の声を上げた。

「すげぇ! 魔法みたいだ!」

「まぁ魔法だからな。これからは定期的にダクトの清掃をして、換気扇を回す時は必ずどこか少し窓を開けるんだぞ。油汚れを放置すると、ダクト内に火が走る『ダクト火災』の危険もあるからな」


 元・設備管理者の的確な現場指導に、親父は深く頭を下げた。


「恩人よ! あんたのおかげで店が潰れずに済んだ! 礼と言っちゃなんだが、ウチの看板メニューの『コッコ肉の串焼き』、腹いっぱい食っていってくれ! 今日はタダでいい!」


「おっ、そいつはありがたい。じゃあ遠慮なく」

 俺たちは一番煙の当たらない特等席に陣取った。


 親父が炭火で丁寧に焼き上げた、大ぶりのコッコ(鶏肉)とネギが交互に刺さった串焼きが、大皿に山盛りになって運ばれてきた。味付けはシンプルな塩だ。


「よし、俺も少し『味変』させてもらうぞ」

 俺はインベントリから、日本の居酒屋の至宝たちを召喚した。


(呼び出すのは……甘辛いおいしさの『エバラ 焼き鳥のタレ』! そして、ピリッとした辛味と柑橘の香りがたまらない『S&B 柚子胡椒ゆずこしょう』だ!)

(合わせる酒は、焼き鳥の最高の相棒……氷をたっぷりと入れた『サントリー 角ハイボール(濃いめ)』!!)


 俺は数本の串に、ドロッとした濃厚なタレをハケでたっぷりと塗り、もう一度炭火で軽く炙ってもらった。醤油とみりんの焦げる香ばしい匂いが、たまらなく食欲を刺激する。


「お待たせしました。特製・焼き鳥だ」


『ニャアアアッ!! この茶色いタレ! 肉の脂と絡み合って、噛むたびに甘塩っぱい肉汁が口の中で爆発するニャ! ネギの甘みも最高だぞミツトメ!』

 クロがタレの『ねぎま』に齧りつき、狂喜乱舞している。


『ピロロロロッ!! マスター、この塩味の肉に乗せた緑色の薬味(柚子胡椒)はなんですか! 鮮烈な柑橘の香りの後に、舌を刺す上品な辛味が……! 鶏肉の旨味を極限まで引き締めています!』

 シロは柚子胡椒を乗せた『もも肉(塩)』をついばみ、羽を逆立てて感動している。


 俺も柚子胡椒を乗せた焼き鳥を頬張り、すかさず強炭酸の角ハイボールをジョッキで流し込む。


「……っっっかぁぁぁぁぁ!!」

 シュワッと弾ける炭酸と、ウイスキーの深いコク。それが、口の中に残る鶏の脂と柚子胡椒の辛味を、暴力的なまでの爽快感で洗い流していく。


「ハイボールと焼き鳥……。金曜の夜を思い出すぜ。控えめに言って最高だ」


 ダクトが直り、換気バッチリになった店内には、タレの香ばしい匂いに釣られて次々と客が戻ってきていた。


「親父さん、この『タレ』を置いていくから、明日から研究してみろ。店メニューに加える事ができたら、絶対にバカ売れするぞ。」

「本当か!? あんた、設備屋だけじゃなく料理の天才でもあるのか! 一生ついていきます、アニキ!」


 五十代の俺が、自分より年上に見える獣人の親父から「アニキ」と呼ばれるのも妙な気分だが、美味いハイボールが飲めたから良しとしよう。

 夜の交易都市に、炭火の煙と焼き鳥の匂い、そして神様たちの上機嫌な鳴き声が心地よく響き渡っていた。


【第48話:完】

 収穫   : 焼き鳥のタダ食い、換気ダクトの清掃完了。

 知識更新 : 「給気」のない「排気」は機能しない。そして焼き鳥にはハイボールが絶対の正義である。

 現在の気分: 明日は内臓系レバーやハツもタレで焼いてもらおう。

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