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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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47話

 極上のコーヒーで優雅な朝を迎えた俺は、ふと「ある欲求」に駆られていた。


「美味い飯、美味い酒、美味いコーヒーと来たら……やっぱり次は『広い風呂』に入りたくなるのが日本人のおっさんのさがだよな」

『マスター、この街には地下水を利用した巨大な公衆浴場があると聞いていますよ』

 シロの有能な情報提供により、俺たちは交易都市の端にある大浴場『癒やしの泉』へと向かった。


 だが、浴場の入り口には「本日休業」の立て札がかかっており、店主らしき中年のクマ獣人が腕を組んで天を仰いでいた。


「どうしたんだ、親父さん。休業か?」

 俺が声をかけると、クマの店主は悲しそうに耳を伏せた。

「ああ、お客さん。実はウチの『魔力ボイラー』の調子が悪くてな。火の魔石をいくら放り込んでも、お湯がちっとも温まらねぇんだ。これじゃあ客は入れられねぇ」


 魔力ボイラー。魔法技術で水を熱する大型の給湯設備らしい。

 前世界でボイラーと熱交換器のメンテナンスを数え切れないほどの回数こなしてきた俺の『設備管理者の血』が、ここでも激しく騒ぎ出した。


「親父さん、俺で良ければそのボイラー、少し見せてくれないか? 機械の修理にはちょっと自信があるんだ」


 裏手の機械室に案内されると、そこには巨大な貯水タンクと、熱を伝えるための太い金属パイプ(熱交換器)が設置されていた。

 俺はパイプの表面を触り、カンカンと軽く叩いて音を聞く。


「……なるほどな。親父さん、このパイプ、最後に中を掃除したのはいつだ?」

「掃除? いや、水が通るだけだから、設置してから十年、一度も掃除なんてしてねぇが……」


「やっぱりな。原因はボイラーの故障じゃない。『スケール(水垢・カルシウムの塊)』だ」


 地下水にはミネラル分が多く含まれている。それを長年加熱し続けると、パイプの内側に石のように硬いカルシウム成分(スケール)が分厚く付着するのだ。

 これが断熱材の役割を果たしてしまい、いくら外から火の魔石で熱しても、中の水に熱が伝わらなくなっているのである。


「親方、このパイプの中は今、鍾乳洞みたいに石でビッシリ塞がってるぞ。熱交換効率は最悪だ」

「な、なんだって!? じゃあ、パイプを全部新品に交換しなきゃならねぇのか!? そんな金……!」

 絶望する店主を制し、俺はパイプに手を当てた。


 前世界なら特殊な酸性薬品(洗浄液)を循環させて数日かけて溶かす大掛かりな作業だが、今の俺にはチート魔法がある。

「心配するな。俺の魔法で一瞬で終わらせてやる」


空間魔法インベントリ、極小空間切断。対象はパイプ内部の『スケール成分』のみ……選択収納!)


 ボフッ!!


 インベントリの中に、大量の白い石の塊(カルシウム)が吸い込まれた。

 次の瞬間、ボイラーの熱がダイレクトに水に伝わり始め、ゴゴゴゴゴッ! と勢いよくお湯が沸き上がる音が機械室に響き渡った。


「おおおおっ!? 一瞬でお湯が沸き始めたぞ!? あんた、凄腕の魔法技師だったのか!」

「いや、ただの通りすがりの『設備屋』さ。これで今日から通常営業できるな」


「恩人よ! 修理代を払わせてくれ!」

「金はいらない。その代わり……一番風呂をいただいてもいいか?」

「もちろんだとも!! さぁさぁ、入ってくれ!」


「……ふぅぅぅぅぅぅぅ」

 俺は誰もいない広々とした大浴場で、足を限界まで伸ばして熱いお湯に浸かっていた。


『極楽ニャ……。お湯に浸かる文化、最初は毛が濡れて嫌だったが、この温かさは癖になるニャ……』

 クロが頭に小さなタオルを乗せ、湯船の縁でとろけている。

『マスター、この地下水は微量の魔力を含んでおり、疲労回復効果があるようです。素晴らしい施設ですね』

 シロも湯桶の中でプカプカと浮いていた(黄色いアヒルのおもちゃのようだ)。


「ああ。やっぱり広い風呂は命の洗濯だ」


 芯まで温まった俺たちは、脱衣所で服を着て、休憩スペースのベンチに腰を下ろした。

「さて。風呂上がりといえば、お前ら、絶対に外せない『儀式』があるのを知っているか?」


 俺はインベントリから、今朝焙煎して挽いたばかりのコーヒー粉を取り出した。

 冷たい牛乳に砂糖をたっぷりと溶かし、そこへ濃いめに抽出したコーヒーを注ぎ込む。それをガラスの瓶に移し替え、氷水でキンキンに冷やした。


「湯上がりの至高の一杯……『コーヒー牛乳』だ」


 俺は腰に片手を当て、ガラス瓶に入ったコーヒー牛乳をグイッと煽った。

「……ッッッカァァァァァ!! 染みるゥゥゥゥ!!」


 風呂上がりで火照った身体に、冷たくて甘いミルクの暴力と、コーヒーのほろ苦い香りが津波のように押し寄せる。この瞬間だけは、高級なワインも最高級のビールも、コーヒー牛乳の足元にも及ばない。


『ニャ、ニャンだこれは! 朝に飲んだ黒い汁が、白くて甘い液体と混ざって、神の飲み物に進化しているニャ!!』

 クロが小皿に入れられたコーヒー牛乳を、猛烈な勢いで舐め尽くす。


『……ッ!! ピロロロロッ! 温泉で熱された身体の隅々にまで、冷たい甘味と香りが浸透していきます! マスター、これは一つの完成されたエンターテインメントです!』

 シロも全身の羽を震わせて感動している。


「だろ? 風呂とコーヒー牛乳は、切っても切れない魂のコンビなんだよ」


 大浴場のベンチで、腰に手を当ててコーヒー牛乳を飲み干す五十代の男と、二柱の神様。

 ボイラーの熱交換器のメンテという極めてニッチな現場作業がもたらした、最高の湯上がりタイム。


「さて、親父さんにもこのコーヒー牛乳のレシピを教えてから帰るか。この風呂屋の新名物になるかもしれないぞ」

 心も体もすっかりリフレッシュした俺たちは、交易都市でのスローライフをさらに満喫するのだった。


【第47話:完】

 収穫   : 貸し切りの一番風呂、湯上がりのコーヒー牛乳。

 知識更新 : 熱交換器のスケール除去は、インベントリを使えば秒で終わる。魔法は偉大だ。

 現在の気分: コーヒー牛乳の後は、卓球かマッサージチェアが欲しくなる。

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