43話
港町セイレンで極上の海鮮フルコースを堪能し、市場で新鮮な魚介類をインベントリに限界まで買い漁った俺たちは、次にどうするかを話し合っていた。
「ファンタジーのお約束なら、ここで『クラーケンやシーサーペントが出て港が封鎖されて出港できない!』なんてトラブルが起きるもんだが……」
『そんな気配は全くないニャ。平和な海だぞ』
「それはそれで、スローライフ的には大歓迎だ」
陸路での移動は十分に満喫した。調べてみると、この港からは大陸南部の『交易都市ファルサス』へ向かう定期航路が出ているらしい。たまには海路でのんびり船旅というのも悪くない。
実は港のギルドに立ち寄った際、迷宮都市ヴェルクのダンジョン中層でソロで素材を乱獲し、大量換金していた実績が評価され、俺のギルドランクがEから『D』へ上がってしまっていた。
「Dランクなら、定期船の護衛依頼を受けられますよ!」と受付嬢に勧められたが、よくよく聞くと「最低半年間は船専属の護衛として拘束される」という超絶ブラックな契約内容だった。
自由気ままな旅を愛する五十代のおっさんが、そんなものを受けるわけがない。俺は大人しく自腹でチケットを買い、一般の乗客として定期船に乗り込んだ。
出港した定期船は、穏やかな風を受けて順調に海原を進んでいた。
甲板のデッキチェアに寝そべり、海風を浴びながらうたた寝をする。控えめに言って最高だ。
航海三日目の昼下がり。
突然、船の上がやけに騒がしくなった。
「おい! 大群だぞ! 右舷に巨大な魚の群れだァ!」
「網を下ろせ! 釣り竿を持ってる奴は糸を垂らせェ!」
どうやら、回遊している大型の魚群に遭遇したらしい。船の乗組員も客も入り乱れての、突発的な『大釣り大会』が始まった。
「おおっ、面白そうじゃないか」
俺もインベントリから釣り竿を召喚し、甲板の端から糸を垂らした。
すると、ものの数秒で強烈なアタリが!
「おらぁっ!」
身体強化のパワーで強引に引き抜くと、銀色に輝く巨大な魚が甲板でビチビチと跳ねた。
「こいつは……アジか!?」
全長五十センチはあろうかという、丸々と太った超特大のアジだ。
『ニャアッ! 美味そうな魚ニャ! 脂が乗ってテカテカ光っておる!』
「これだけ立派なアジ……刺身もいいが、やっぱりアレだな」
俺の脳裏に、サクサクの衣と熱々の白身が織りなす至高のB級グルメの姿が浮かんだ。
「よし、こっそり『アジフライ』を作るぞ」
俺は甲板の死角になる木箱の裏に陣取り、インベントリから卓上フライヤーと油、そして小麦粉、卵、パン粉を召喚した。
手早くアジを三枚におろし、小骨を丁寧に抜く。塩コショウで下味をつけ、衣をたっぷりと纏わせて、180度に熱した油の中へダイブさせた。
シュワァァァァァァァッ!!
甲板の端に、香ばしい油の匂いが立ち上る。
きつね色に揚がった巨大なアジフライを網に上げ、油を切る。
(合わせるのは……もちろん『氷結レモンサワー』だ!)
「いただきます」
揚げたてのアジフライに齧りつく。
「……ッッッ!!」
サクッ! という軽快な音の直後、中から信じられないほどフワフワでジューシーな白身が、ハフハフと熱気を伴って溢れ出した。アジ特有の青魚の旨味が、衣に閉じ込められることで極限まで濃縮されている。
そこへ、キンキンに冷えた強炭酸のレモンサワーを流し込む。
「……っくぅぅぅぅぅ!! たまんねぇ!!」
揚げ物の脂と熱を、レモンの酸味と炭酸が爽快に洗い流していく。これぞ黄金コンビ、労働の後の最強の癒やしだ。
俺は至福の表情でアジフライを堪能していたのだが……。
『ニャムッ……! ニャ、ニャァァァァァァァッ!! なんニャこのサクサクとフワフワの奇跡の同居は!! 美味すぎるニャァァッ!!』
『ピロロロロロッ!! 油という熱の檻に閉じ込められた海の恵みが、口の中で爆発しています! マスター、これは神の食べ物です!!』
クロとシロが、俺が揚げた一口サイズのアジフライを食べて、普通の人にはただの「デカい鳴き声」にしか聞こえない大声で絶叫し、甲板の上を走り回り始めたのだ。
「あっ、おい馬鹿! お前ら声がデカい――」
時すでに遅し。
「……おい。さっきから、ものすごく美味そうな『油の匂い』がしねぇか?」
「あっちの木箱の裏だぞ!」
釣りをしていた乗組員や客たちが、匂いと騒ぎに釣られて一斉にこちらを振り向いた。
そして、その群衆をかき分けるようにして、顔に大きな傷のある、筋肉ムッキムキの大男――この船の船長が、暑苦しい満面の笑みを浮かべて迫ってきた。
「おおおっ、お客さん! そのキツネ色の美味そうな食い物はなんだァ!? 俺の船で抜け駆けは許さねぇぜ!!」
「ヒィッ!?」
静かにアジフライとレモンサワーを楽しんでスローライフを満喫したかった俺のささやかな夢は、ムキムキの船長の威圧感の前に脆くも崩れ去った。
数分後。俺は船の厨房に連行され、料理番の男たちに囲まれていた。
「いいか、アジの小骨は丁寧に抜け。衣は小麦粉、卵、パン粉の順だ。油の温度は高すぎても低すぎてもダメだぞ」
大量に釣れた大アジを前に、俺は現場監督のように指示を飛ばす羽目になっていた。
船の厨房には『特製ソース』などという便利なものはないため、今回は「塩とレモン汁」だけでさっぱりといただくスタイルを提案した。
「よし、揚がったぞ! 食ってみろ!」
船長が巨大なアジフライにレモンを絞り、豪快に齧り付く。
「……ォォォォォオオオッ!! なんだこのフワフワの身は!! 塩とレモンが魚の旨味を極限まで引き出してやがる!! どんぶり飯三杯は軽くイケるぜェェッ!!」
「うおおおおっ!」「すげぇ! 外はサクサクなのに中はフワッフワだ!」
料理番たちも乗組員も、初めて食べるアジフライの食感と美味さに歓喜の雄叫びを上げた。
結局、その日の夜の定期船は、大量のアジフライを中心とした大宴会と化した。
樽酒が振る舞われ、船長に肩を組まれた俺は、半分ヤケクソでレモンサワー(を水筒に偽装したもの)を飲みまくった。
翌朝。
二日酔いの頭を抱えながら甲板に出ると、朝日に照らされた巨大な港湾都市のシルエットが近づいてきていた。
「着いたぜ! あれが大陸南部最大の商業地、『交易都市ファルサス』だ!」
船長が俺の背中をバンバンと叩く。
「……痛い痛い。でも、活気がありそうな街だな」
海鮮は満喫した。次は、この巨大な交易都市で、また新しい未知の食材や厄介事(主に後者)が俺を待っているのだろう。
【第43話:完】
収穫 : Dランクへの昇格、交易都市への到着、アジフライ大宴会。
知識更新 : 塩とレモンで食う揚げたてのアジフライは、ソースに勝るとも劣らない破壊力を持つ。
現在の気分: ムキムキの船長に絡まれるのはもう勘弁してほしいが、アジフライは美味かった。




