37話
ティムを地上へ送り届けるため、俺たちはダンジョンの上層へ向かって歩いていた。
彼が背負っていた巨大な荷袋は、もちろん俺の空間魔法に収納済みだ。
その道中、第5層あたりで俺たちは「見覚えのある四人組」と出くわした。
ティムを囮にして逃げ出した、あの最低の冒険者パーティーだ。
彼らは俺と一緒に歩いているティムを見つけると、ヘラヘラと下卑た笑いを浮かべて近寄ってきた。
「チッ、なんだガキ。運良く逃げ延びたのかよ。……で? 荷物はどうした? まさか失くしたなんて言わねぇだろうな。もし落としたなら、お前のその服剥ぎ取ってでもキッチリ弁償してもらうからなw」
反省の色ゼロ。むしろ被害者ぶって金を巻き上げようとするその態度に、俺の社会人としての堪忍袋の緒がブチッと切れた。
「ティム、ちょっとクロと待っててくれ。俺はあの『元請け』のクズ共と、少しばかり『O・HA・NA・SHI』をしてくる」
俺は爽やかに微笑みながら拳をポキポキと鳴らし、男たちの首根っこを掴んで薄暗い岩陰へと引きずり込んだ。
ドカッ! バキィッ! 「ぎゃあああ!」「お、お助けぇぇ!!」
……五分後。
顔面をボコボコに腫らし、土下座の姿勢で綺麗に整列した四人をその場に放置し、俺たちは清々しい気分で迷宮を抜けることができた。
地上(ギルドの広場)へ出ると、何やら異様なほど騒がしかった。
「おい、あの有名なAランクパーティーが帰還したらしいぞ!」
「マジか……でも、前衛のタンクが魔物にやられて、片足を失ったって話だ……」
ざわめく冒険者たちを横目にギルドへ入ると、受付の女性職員が血相を変えて飛んできた。
「ティム君! 良かった、無事だったのね! 早く奥の医務室へ行きなさい! 君の親御さんたちが……!」
「えっ……! 父ちゃんたちが!?」
なんと、今しがた大怪我をして帰還したパーティーこそが、ダンジョンで行方不明になっていたティムの両親だったのだ。父親のバルガスがタンク、母親のエレナがヒーラーを務めていたらしい。
医務室でティムは、片足を失い包帯まみれの父親と、魔力切れで憔悴しきった母親に抱きつき、ボロボロと涙を流して再会を喜んだ。
俺はそっとギルドを抜け出し、彼ら家族の時間を邪魔しないように宿へ戻った。
その夜。
ティムの家では、もう一つの重い現実が家族を押し潰そうとしていた。
妹のリリィと感動の再会を果たしたのも束の間、彼女の病状は以前より進行し、ベッドで苦しそうに荒い息を吐いていたのだ。
ティムの懐には、俺が渡した霊薬『世界樹の零れ雫』がある。
(これを父ちゃんに飲ませれば、失った足が再生するかもしれない。でも、そうしたらリリィは……)
ティムは激しい葛藤に苛まれた。だが、彼は正直に両親に霊薬の存在を打ち明けた。
それを見た父親のバルガスは、優しく微笑んでティムの頭を撫でた。
「ティム。確かにその薬を使えば、俺の足は治るかもしれない。だがな、俺は足が無くても生きていける。でも、リリィはこの病気のままでは生きていけないんだ。ならば、どちらに使うかなんて迷う必要はないだろう?」
「でも、父ちゃん、冒険者は……」
「ちょうど良かったんだ。俺ももう若くない。これを機に冒険者を引退するさ。これからは、家族みんなで一緒にいられる。そうだな……溜めた金で、飯屋でもやろうと思う」
ティムは泣きながら頷き、小瓶の霊薬を妹のリリィに飲ませた。
薬が喉を通った瞬間、リリィの身体が淡い光に包まれ、苦しそうだった呼吸が嘘のように穏やかになり、スースーと安らかな寝息へと変わった。
翌朝。
「お兄ちゃん、お腹すいた……」
起き上がってきたリリィは、体力こそ落ちているものの、すっかり病気の色が消え去っていた。
健康になった妹と、家に両親がいる幸せ。母親のエレナも冒険者を引退し、夫婦で飯屋を切り盛りすることに決めたという。
「飯屋……あっ!」
ティムの脳裏に、ダンジョンの中で食べた『極上のハンバーグ』の記憶が蘇った。
その日の昼、ギルドにやってきたティムから顛末を聞き、俺は自分のことのように安堵した。
「良かったな、ティム」
「はい! あと、この子の手続きもしてきました!」
ティムの足元には、ギルドの『従魔登録証』の証である小さな首輪をつけた仔狼の姿があった。
「名前は『ノワール』にしました! これからよろしくな、ノワール!」
「アンアンッ!」
ティムは姿勢を正し、俺に向かって深く頭を下げた。
「ミツトメさん! お願いがあります! 俺の家の飯屋の看板メニューにしたいんです……あの『ハンバーグ』の作り方を、俺たちに教えてください!」
その真っ直ぐな瞳に、俺はニヤリと笑った。
「良い心がけだ。だが、あれには最高の『モース肉』が要る。材料を取ってくるから、一日だけ待ってくれ」
翌日。
約束通り、モースの挽肉をどっさりとインベントリに詰めてティムの家を訪れた俺は、バルガスとエレナに挨拶を済ませ、さっそく厨房で『家族の料理教室』を開いた。
「いいか、ハンバーグは空気抜きと焼き加減が命だ。それと、今日は特別に『ソース』と『マヨネーズ』の作り方も教える」
俺は油、卵黄、酢、塩を根気よく混ぜ合わせ、マヨネーズを錬成して見せた。
「ただし、異世界で生卵を食うのは食中毒のリスクがある! だから、お母さんの『クリーン』の魔法で卵を完璧に殺菌することが絶対に必須だ。これを怠ると飯屋は営業停止になるぞ!」
「は、はい! クリーンですね! 任せてください!」
元ヒーラーの母親の魔法があれば、衛生管理は完璧だ。
「当面は、お父さんの足が慣れるまで、屋台で『パンにハンバーグを挟んだ弁当』として売り出して知名度を稼ぐといい。手軽に食えるし、冒険者にもウケるはずだ」
家族総出で作ったハンバーグをパンに挟み、特製ソースとマヨネーズをかけて頬張る。
「……っ! なんだこれ、美味すぎるぞティム!」
「お父さん、これなら絶対にお店は大繁盛よ!」
「お兄ちゃん、おかわり!」
ティムの家は笑顔と希望に包まれた。
その後、彼らの屋台は迷宮都市で爆発的な人気を博し、立派な店舗を構えるに至った。
飯屋の看板メニューは不動の『極厚ハンバーグ定食』。
そして驚くべきことに、その材料を仕入れるため、義足の元Aランクタンクの父、元ヒーラーの母、そして立派なテイマーに成長しつつあるティムとノワールの家族総出で、第3層の『モース狩り』へ出向くのが彼らの日課になったという。
「……まぁ、あの家族なら3層の牛くらい余裕だろうな」
数日後、宿屋の窓からダンジョン都市の彼らの活気ある店を想像しながら、俺は缶ビールをプシュッと開け、クロと共に静かな祝杯を挙げるのだった。
【第37話:完】
収穫 : ティム一家の幸せな再出発、ハンバーガーの普及。
知識更新 : マヨネーズ作りにおける生卵の殺菌には、『クリーン(浄化)』魔法が厚労省基準の働きをする。
現在の気分: O・HA・NA・SHIの後のビールは美味いし、人助けの後のビールも美味い。




