36話
寄生植物『ブラッドラフレシア』が枯れ落ちると、狂乱していたヒュージトレントは静かにその巨体を揺らした。
森全体を包むような、温かく穏やかな魔力が波紋のように広がっていく。
『サワサワ……』
トレントの太い枝がゆっくりと垂れ下がり、俺の目の前に「一枚の巨大な葉」を差し出した。
その葉の中央には、黄金色に輝くゼリー状の樹液が、ピンポン玉ほどの大きさで転がっていた。
【ナビ:マスター、これは『世界樹の零れ雫』。ヒュージトレントが長年の命を削って精製する、最高純度の霊薬です。どんなケガや病気も一瞬で癒やす効果があります】
「へえ、現場の環境保全のお礼ってわけか。義理堅いな」
俺がその樹液をインベントリの小瓶に回収すると、ヒュージトレントは満足げに葉を揺らし、再び森の奥深くへと根を下ろして深い眠りについた。
俺がティムとウルフたちの元へ戻ると、シャドーウルフのボスが静かに歩み寄ってきた。
『人間の強者よ、見事であった。我らの森を救ってくれたこと、深く感謝する』
「気にしないでくれ。俺も現場が荒れてるのは好きじゃないんでね」
ボスは次に、ティムの足元で尻尾を振っている仔狼を見つめた。
『……その仔は、我の末の子だ。どうやら、その人間の子供に命を救われ、すっかり懐いてしまったらしい』
「えっ……あの、ごめんなさい! 俺、勝手に……!」
ティムが慌てて仔狼から離れようとするが、仔狼は「クゥーン」と甘えた声を出してティムの足にすり寄る。
『謝る必要はない。我ら魔狼は恩を忘れない種族。その子が望むのなら、お前の『従魔』として連れて行くが良い』
「……え? 俺が、この子の主に?」
ティムは目を丸くした。冒険者にとって、強力な魔物を従魔にすることは一種のステータスであり、大きな戦力になる。
「良かったじゃないか、ティム。これで立派な冒険者への第一歩だ」
俺はポンとティムの肩を叩き、先ほどあのクズ冒険者たちが置いていった『巨大な荷袋』を彼の前にドンッと置いた。
「この荷物は、あいつらがお前に『くれてやる』って言ったんだ。中身は魔石や素材の山……お前の立派な『危険手当』だぞ」
「でも……俺、何もしてないのに……」
「お前がこの仔狼を助けたから、俺たちは森の主と和解できたんだ。胸を張って受け取れ」
さらに、俺は先ほどトレントから貰った小瓶をティムの手に握らせた。
「妹さんが病気なんだろ? ギルドの受付で聞いた。これは『万病に効く霊薬』らしい。これを持って帰って、妹さんに飲ませてやれ」
「えっ……そ、そんな凄いもの、俺……!」
ティムの目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。彼は荷袋と小瓶を抱きしめ、俺に向かって何度も何度も、地面に額が擦れるほど頭を下げた。
「ありがとうございます……! 本当に、本当にありがとうございます……ッ!」
ひとしきり泣いて落ち着いたティムと、和解したウルフの群れを見渡し、俺は腹の虫が鳴るのを感じた。
「さて! 一仕事終えたら腹が減ったな。ティム、地上に戻る前に飯にするぞ。ウルフたちも食うだろう?」
『ニャアアアッ! 待っておったぞミツトメ! 早く肉だ! 焼くのだ!』
クロが肩の上でピョンピョンと跳ねる。
俺はインベントリから、昨日確保した『モース(牛の魔物)』のブロック肉を大量に取り出した。
「ナビ、インベントリの切断機能の応用で、この肉を『ミンチ状』にできるか?」
【ナビ:可能です。空間切断のグリッドを数ミリ単位に設定し、一瞬で極細の挽肉に加工します】
ボフッ! という音と共に、巨大なブロック肉が、あっという間に見事な牛挽肉へと変化した。
そこに、召喚した『玉ねぎのみじん切り』『卵』『パン粉』『塩コショウ』『ナツメグ』を投入し、身体強化のパワーで空気を抜きながら豪快に練り上げる。
「よぉし、今日のご馳走は『特大・極厚ハンバーグ』だ!」
小判型に成形した巨大なハンバーグのタネを、熱した鉄板の上に並べていく。
ジュワァァァァァッ!!!
表面にこんがりと焦げ目がついたところで裏返し、少量の赤ワインを振って蓋をし、蒸し焼きにする。
森の中に、暴力的なまでに香ばしい肉汁と脂の匂いが立ち込め、ティムもウルフたちも、全員がヨダレを垂らして鉄板を凝視していた。
「仕上げに、特製の『デミグラスソース』をたっぷりとかけて……完成だ!」
俺は熱々のハンバーグを皿に盛り、ティムとクロに渡した。ウルフたちには、少し冷ましてから巨大な葉っぱの皿に乗せて提供する。
(俺の相棒は……もちろん『赤ワイン(フルボディ)』だ!)
「いただきます」
ティムがフォークでハンバーグを割った瞬間。
ドバァァァッ! と、中に閉じ込められていた肉汁が滝のように溢れ出し、デミグラスソースと混ざり合った。
「……っ!? な、なんだこれ! お肉が口の中で溶ける……! すっごく美味しいです!!」
『ニャムニャムニャム!! この柔らかさ、そして深みのある黒いソース! 噛むほどに肉の旨味が爆発するぞミツトメェェッ!』
シャドーウルフたちも、一心不乱にハンバーグを貪っている。
俺は自分の分のハンバーグを一口大に切って頬張り、濃厚な肉の旨味を噛み締めた。
すかさず、重厚な渋みと果実味のある赤ワインを流し込む。
「くぅぅぅっ……! たまらん!」
肉の脂と赤ワインのタンニンが、口の中で完璧なマリアージュを引き起こす。労働の後の美味い飯と酒。これ以上の幸せがこの世にあるだろうか。
美味しいご飯にお腹を満たされ、仔狼と一緒に笑い合うティムの姿を見ながら、俺は赤ワインのグラスを傾けた。
「……ま、たまにはお節介も悪くないな」
【第36話:完】
収穫 : 世界樹の零れ雫(霊薬)、ティムの笑顔、極厚ハンバーグの満足感。
知識更新 : 空間魔法は、超高速のミンチ機としても機能する。
現在の気分: ハンバーグから溢れる肉汁は、平和の象徴だと思う。




