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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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35話

 原生林を駆け抜けると、少し開けた場所で、粗悪な装備の冒険者パーティー四人が、無数の緑色の狼の魔物に包囲されていた。


「クソッ! なんでこんな浅い階層に、フォレストウルフの大群がいるんだよ!」

 リーダー格の男が剣を振り回すが、完全に腰が引けている。


 彼らの背後には、自分の身の丈ほどある巨大な荷袋を背負い、ガタガタと震えている少年がいた。ギルドで俺に「雇ってくれ」と必死に声をかけてきた、あの荷物持ちの子供だ。


「おい、どうする!? この数じゃ絶対に全滅するぞ!」

「……ええい、仕方ねぇ!」


 リーダーの男は血走った目で少年を振り返ると、信じられない言葉を吐いた。

「おいガキ! この荷物は全部お前にくれてやる! 大金だろ、良かったなァ!!」

 男は少年を囮にするように群れのど真ん中へ突き飛ばすと、自分たちだけ手薄な方向へ血相を変えて逃げ出してしまった。


「あ……」

 重い荷物に押し潰されるように倒れ込んだ少年に、数匹のフォレストウルフが牙をいて飛びかかる。


「クロ! 風のブースターだ!!」

『承知!!』

 俺は『身体強化』を全開にし、クロが背後から放った突風の魔法を推進力にして、弾丸のように飛び出した。


 ドガァァァァッ!!


 少年に食らいつこうとしたウルフの横っ腹に、俺の強烈なタックル(爆散して血濡れは御免なので手加減調整済み)が炸裂し、数匹のウルフがボールのように弾き飛ばされた。


「っとととっ!?」

 俺は勢い余ってバランスを崩し、ズザーーッ! と土埃を上げて派手にすっころんでしまった。だが、視線だけは周囲のウルフたちから絶対に外さず、腰を落としたまま背後の少年に声をかける。


「……大丈夫か?」

「ひぐっ……」

 震えて泣くのを必死に我慢している少年が、コクコクと何度も首を縦に振った。


「よし」

 俺はゆっくりと立ち上がり、周囲を囲む群れを見渡した。


【ナビ:フォレストウルフの群れです。一匹ごとの戦闘力は低いですが、森での集団戦闘に特化しており、二十匹を超えると危険度がランクアップします。現在、周囲に五十匹以上が展開しています】


「五十匹か。面倒な数だな」

 俺が剣を抜こうとしたその時、群れがサァッと道を空け、一匹の異様に巨大な個体がゆっくりと前に進み出てきた。

 他のウルフが深緑色なのに対し、その個体だけは漆黒の毛並みを持ち、赤い双眸そうぼうに確かな知性を宿している。


『……獲物をよこせ! 邪魔をするな!』

 低く唸るような鳴き声が、俺の脳内スキル『全世界翻訳』によってハッキリと言葉として理解できた。


「いや、獲物をよこせと言われても、この子は渡せない。……というか、獲物はこの子じゃなきゃダメなのか? 他の肉なら大量にあるから、交換しないか?」

 俺が言葉を返すと、黒い巨大ウルフは驚いたように目を丸くした。


『人間の分際で、我の言葉がわかるのか? ……それに、肉など持っていないではないか! 誤魔化すな!』

「持ってるさ。これでも食って落ち着け」


 俺はインベントリから、昨日解体したばかりの『モース(牛の魔物)』の極上ブロック肉をドカンッ! と数個、地面に召喚して見せた。

 血抜きが完璧に施された新鮮な霜降り肉の匂いに、ウルフの群れが一斉にヨダレを垂らし、黒いウルフも「なっ!?」とたじろいだ。


「これでどうだ? 交渉成立にしてくれ」

 黒いウルフは肉の山と俺の顔を交互に見比べると、やがて小さく唸り声を上げ、敵意を収めた。


 俺は先ほど殴り飛ばして気絶していたウルフに、インベントリから出した『回復ポーション』を振りかけてやりながら、彼らから事情を聞き出した。


 黒いウルフ(二回の進化を経て『シャドーウルフ』という強力な個体になったらしい)の話によると、彼らの本来の縄張りの奥に、『ヒュージトレント』という巨大な木の魔物がいるのだという。

『奴は元々おとなしかったが、最近急に狂暴化し、近寄る者を片っ端から捕食するようになったのだ』


【ナビ:補足します。本来、トレント種は光合成と土の養分で生きるため、肉食ではありません。何らかの異常事態です】


『それで我らも危険を感じて移動していたのだが……気が立っているところに、先ほどの\冒険者(クズ共)が、我らの仔狼(こおおかみ)を一匹拐い、盾にして逃げ回るという姑息な真似をしたのだ。ゆえに、囲んで処刑してやろうとしていた』

「なるほど、それはあいつらが100%悪い」


 俺が呆れていると、背後でクーン、と可愛い鳴き声がした。

 振り返ると、荷物持ちの少年――名前をティムというらしい――が、冒険者たちが置いていった荷物の中からポーションを取り出し、怪我をしていた仔狼に飲ませて手当てをしていた。

 仔狼はすっかりティムに懐き、彼の顔をペロペロと舐めている。


「……お前たち、良い奴だな。見逃してもらったお詫びというわけじゃないが、その『ヒュージトレント』の狂暴化の原因、俺が調査してきてやるよ」

 俺がそう提案すると、シャドーウルフのボスは深く頭を下げた。


 俺たちはシャドーウルフの案内に従い、森の最深部へと足を踏み入れた。

 そこには、周囲の木々を薙ぎ倒すほどの巨体を誇る『ヒュージトレント』が根を張っていたが、その姿は明らかにおかしかった。


「……おいおい、なんだあれ」

 大樹の幹には、気味の悪い紫色のツタがびっしりと巻き付き、遥か上空の樹上の枝には、巨大で毒々しい『寄生花』が咲き誇っていたのだ。


【ナビ:解析完了。あれは魔性の寄生植物『ブラッドラフレシア』です。ヒュージトレントの養分と魔力を吸い尽くし、宿主を操って獲物()を集めさせているようです。ツタと(本体)をどうにかしなければ、トレントは枯死(こし)します】


「植物の寄生虫みたいなもんか。だが、相手が植物なら、俺の現場の知識で特効薬が出せるぞ」


 俺は魔石を対価に、現代のホームセンターの園芸コーナーから最強の武器を召喚した。

(呼び出すのは……『強力除草剤(グリホサート系原液)』! そして『ハケ』だ!)


「ティム、クロと一緒にウルフたちのところへ下がってろ!」

 俺は剣を抜き、狂乱して枝を振り回してくるヒュージトレントの懐へ一気に潜り込んだ。

 身体強化と動体視力で、巨木の攻撃をスレスレで回避し、幹に巻き付いている太い『紫のツタ』を剣でスパァッ! と切断する。


「ここだ!」

 俺は切断したツタの断面(寄生花へと繋がる管)に、ボトルの除草剤の原液をハケでたっぷりと塗りたくった。


 シュウゥゥゥゥッ!!


 異世界の魔法的な寄生植物にも、現代科学の雑草にとっての猛毒は容赦なく効いた。あるいは、俺の召喚魔法の『異世界バフ』が乗っているのかもしれない。

 ツタの断面から吸収された除草剤の成分は、瞬く間に樹上の巨大な花へと行き渡り、紫色のツタがビチビチと痙攣しながら急速に茶色く枯れ始めた。


『ギシャァァァァァッ!!』

 上空の寄生花が断末魔のような悲鳴を上げ、ボロボロと崩れ落ちていく。


 数十秒後。寄生植物が完全に枯れ落ちると、ヒュージトレントの狂乱はピタリと収まり、元の穏やかな森の巨木へと戻った。


「よし、除草作業ミッションコンプリートだ」

 俺は空になった除草剤のボトルをインベントリにしまい、汗を拭った。


 現場の環境保全も、設備管理者の立派な仕事の一つだ。

 だが、この出会いが、ティムという少年の運命を大きく変えることになるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。


【第35話:完】

 収穫   : シャドーウルフの群れとの和解、ティムの救出。

 知識更新 : 異世界の寄生植物には、原液のまま塗りたくるグリホサート系除草剤が劇的に効く。

 現在の気分: 草むしり(物理)の後の達成感は異常。

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