33話
第3層の広大な草原。俺とクロは、少し離れた草地でのんびりと草を食んでいる一頭の巨大な『モース』に狙いを定めた。
毛艶が良く、筋肉の張りが素晴らしい。間違いなく極上の霜降り肉を隠し持っている個体だ。
「よし、あいつにしよう。クロ、ちょっと下がってろ」
『ニャアアッ! 逃がすなよミツトメ!』
俺が草を踏み鳴らして近づくと、モースがこちらに気づき、ブルルルッ! と荒々しい鼻息を噴き出した。
二本の鋭い角を突き出し、地響きを立てて一直線に突進してくる。大迫力だが、歴戦の獣人たちの神速を知っている今の俺には、まるでスローモーションのように見えた。
(闘牛みたいに避けて、首を落とすのがベターだったな)
モースが目前に迫った瞬間、俺の『相対評価の身体強化』が作動し、最小限の動きでスルリと横へステップを踏む。
すれ違いざま、俺はインベントリから取り出しておいた鉄の剣の峰で、モースの延髄を正確に叩き割った。
ドズンッ!!
モースは一瞬で意識を刈り取られ、勢いそのままに地面を滑ってピタリと動かなくなった。
「よし、ここからが時間勝負だ! 野生の肉は『血抜き』が命だからな。クロ、出番だ!」
『フハハ! 悪魔たる我に血を操れと? 造作もないわ!』
俺が剣でモースの頸動脈をスパッと切り裂くと同時に、クロが二本の尻尾を揺らして闇の魔力を放つ。
悪魔の魔力によってモースの体内からドクドクと大量の血液が強制的に押し出され、地面へと滝のように流れ落ちた。
すると、ダンジョンの地面がまるで乾いたスポンジのように、その血液をズズズッ……と一瞬にして吸収していく。ダンジョンの清掃システム様々だ。
「完璧だ。血が抜けきったな。本体まで吸収される前に上げるぞ!」
俺はすかさず空間魔法から、現場作業の必須アイテム『特大のブルーシート(厚手)』を召喚し、倒れたモースの横にバサァッと広げた。
そして、身体強化のパワーで血抜き済みの巨体を持ち上げ、ブルーシートの上へと転がす。
「ふぅ、セーフ。これでダンジョンに食われる心配はないな」
【ナビ:見事な連携です。しかしマスター、牛一頭の解体などできるのですか? 素人が手を出すと、肉の繊維をボロボロにしてしまいますよ】
「誰に言ってる。俺の空間魔法の応用力を見くびるなよ」
俺はブルーシートの上の巨体に手をかざした。
「ナビ、モースの骨格、内臓、皮、そして部位ごとの肉の境界線を視覚化してくれ」
【ナビ:了解しました。ARガイドをマスターの視界に投影します】
視界の中で、モースの身体が部位ごとに色分けされた3Dモデルのように表示される。
「よし。空間魔法……『部位切断・選択収納』!」
空間そのものを切り取る魔法の応用だ。
俺が対象の「肉と骨の境目」や「皮と脂の境目」の空間だけをピンポイントで『収納《切断》』していくと、モースの巨体はまるでパズルが解けるようにスパスパと分かれていく。事前の完璧な血抜きのおかげで、余計な臭みも汚れも一切ない。
わずか一分後。
ブルーシートの上には、皮、骨、内臓、そして『サーロイン』『ヒレ』『カルビ』といった部位ごとに完璧なブロック状に切り分けられた精肉が、行儀よく並べられていた。
【ナビ:……空間魔法を全自動の超精密食肉加工機として使うとは。この世界の解体業者が泣いて抗議するレベルのチートです】
「現場の作業は『安全・正確・迅速』が基本だからな」
必要なブロック肉だけを空間魔法に収納し、残りの骨や皮はシートからどかしてダンジョンの地面に吸わせた(お掃除完了だ)。
「さてクロ、お待ちかねの焼肉パーティーだ」
『ニャアアアアッ!! 待っておったぞ! 早く! 早く焼くのだ!』
俺は草原の安全な木陰に陣取り、召喚した『イワタニ・カセットフー(焼肉プレート付き)』をセットした。火力の安定感はやはり現代のガスコンロが一番だ。
(合わせる酒は……やっぱり『ヱビスビール(缶)』だな。それに『黄金の味(中辛)』も召喚だ!)
分厚くカットしたダンジョン産モースのサーロインとカルビを、熱したプレートに乗せる。
ジューーーーーッ!!
暴力的なまでの脂の弾ける音と、香ばしい肉の匂いが辺り一帯に広がる。完璧な血抜き処理が施されているため、野生特有の獣臭さは微塵もない。
肉の表面に綺麗な焼き色がつき、脂がふつふつと湧き上がってきたところでひっくり返す。中はまだほんのり赤い、絶妙なミディアムレアだ。
「いただきます」
俺はたっぷりと『黄金の味』を絡めたカルビを、大きく口に放り込んだ。
「……っっっ!!」
噛んだ瞬間、ブシュッ! と甘い肉汁が溢れ出す。モースの肉は信じられないほど柔らかく、和牛のような濃厚な旨味があった。そこに、フルーツとニンニクが効いたタレの味が完璧に合わさる。
すかさず、キンキンに冷えたヱビスビールを流し込む。
「くぅぅぅぅぅっ!! 最高だ!!」
少し苦味の強いプレミアムな麦芽のコクが、口いっぱいに広がった肉の脂をサァッと洗い流し、強烈な多幸感をもたらした。
『ニャムニャムニャム!! 肉だ! これぞ肉! 血の臭みなど一切ない、純粋な旨味の塊だ! この茶色いタレ(黄金の味)が、肉の味を限界突破させておる! 噛まなくても溶けるぞ!』
クロは自分の顔より大きいサーロインの塊に噛みつき、狂喜乱舞している。
青空(疑似空間だが)の下、心地よい風に吹かれながら食べる一人(と一匹)焼肉。
これだ。俺が求めていたスローライフは、まさにこういう時間なのだ。
「……美味いなぁ。こんなのが毎日タダで手に入るなら、確かにこの街から出られなくなる冒険者の気持ちも分かるよ」
【ナビ:マスター。周囲の魔物たちが、焼肉の匂いに恐れをなして遠ざかっていきます。この空間でマスターたちは完全に食物連鎖の頂点に立ちました】
ビールのおかわりをプシュッと開け、俺は第二陣の肉をプレートに乗せた。
明日は中層へ降りて、いよいよお目当ての『幻のフルーツ』を探す予定だ。だが今夜は、このダンジョンの豊かな恵みと美味い酒に、心ゆくまで酔いしれることにしよう。
【第33話:完】
収穫 : 完璧な血抜き処理を施した極上のモース肉、最高の焼肉タイム。
知識更新 : 悪魔の魔力とダンジョンの吸収システムを利用すれば、現場が一切汚れない究極の血抜きが可能。ブルーシートは必須。
現在の気分: 焼肉とビールのループから抜け出せない。永遠にここに居たい。




