32話
小さな金属製の扉を抜けると、目の前には巨大な石造りの階段がまっすぐ下へと伸びていた。
底は見えないが、遥か下方の出口らしき場所からは、やけに明るい光が差し込んでいる。
ひんやりとした階段を降りきり、光のアーチを抜けると――そこには、青空の下に広がる爽やかな大草原があった。
「……おいおい、ここは地下ダンジョンじゃないのか? 風まで吹いてるぞ」
『ニャンと! 太陽まであるではないか!』
クロが眩しそうに目を細める。
【ナビ:ここはダンジョン内部に形成された疑似空間です。しかし、気候、植生、空気の成分に至るまで、地上のものと一切変わりありません】
「なるほど、ファンタジー特有の空間魔法のデパートってわけだ」
草原を歩き出すと、あちこちにニワトリを巨大化させたような魔物が点在しているのが見えた。
その近くでは、粗末な木の棒を持った十代前半の少年少女の冒険者たちが、数人がかりで一匹のニワトリ魔物を叩いて戦闘をこなしている。
倒した後、彼らは律儀に布の敷物を広げ、魔物が地面に吸収されないようその上で手際よく解体作業を行っていた。受付で聞いた通りの光景だ。
「あれは……」
【ナビ:鶏型の魔物『コッコ』です。駆け出しの冒険者でも、コッコ一対多人数冒険者で当たれば容易に倒せる初心者向けの魔物です。このフロアは魔物が比較的おとなしく、食材に向いている個体が多いようです】
「コッコねぇ。見た目も名前もそのままじゃないか。でも美味そうだな」
『うむ! 鳥肉だ! 焼くぞミツトメ!』
「まぁ焦るな。この層の獲物は逃げないし、まずは地形と階層の把握が先だ」
クロを宥めつつ、さらに下層へ続く階段を目指して草原を進む。
しばらく歩くと、今度はコッコより少し大きな魔物と戦っている別の冒険者パーティーを見かけた。
彼らはある程度の装備(鉄の剣や盾)を持っているが、身につけている革鎧のサイズが全く体に合っておらず、ダボダボだったりツンツルテンだったりする。お下がりや中古品を寄せ集めたのだろう。いかにも駆け出しといった風情だ。
彼らが相手にしているのは、巨大な牛の魔物だった。
ブルルルッ! と鼻息を荒くして突進してくる牛を、盾持ちが必死に受け止めている。
【ナビ:牛型の魔物『モース』です。こちらも初心者向けですが、油断すると突進で大けがをします。正面から受け止めず、闘牛のように避けてから首を落とすのがベターな戦術です】
「なるほど。若者たちがんばってるな。ご安全に、だ」
俺が加勢して手柄(と食材)を横取りするわけにもいかない。他人の現場の邪魔をしないよう、俺たちは彼らの戦闘エリアから大きく迂回して進んだ。
やがて見つけた下り階段から、第2層へと降りる。
2層も景色は爽やかな草原のままで大きくは変わらなかったが、生態系に変化があった。コッコの数が減り、代わりに牙を剥いたイノシシの魔物『ボア』が増えている。
「豚肉も確保できるわけか」
さらに階段を降りて第3層へ。
ここはコッコの姿はほとんど見当たらず、先ほど上の階層で見かけた牛タイプの『モース』が群れをなしてのんびりと草を食んでいた。
「鶏に豚に牛……。浅い階層は、もしかして街の『食糧確保階層』として機能してるのか?」
【ナビ:ご推察の通りです。この浅い階層の魔物は、街の肉の供給源として重宝されています。危険度が低いため、新人冒険者や荷物持ちの子供たちにとっての良い稼ぎ場となっているようです】
「なるほどな。皇帝のホワイトな施策といい、このダンジョンは本当によくできてる」
俺は腕組みをして、広大な草原を見渡した。
『おいミツトメ! 観察はもうよいであろう! 我は肉が食いたい!』
「分かった分かった。幻のフルーツは中層らしいから、今日はこの3層で極上の『牛肉』をたっぷり仕入れて、野営地で焼肉パーティーといくか」
ダンジョンアタック初日。
危険な魔物との死闘など全くない、ただの食材買い出しツアーが始まろうとしていた。
【第32話:完】
収穫 : 疑似空間の草原、食糧庫のような浅層の把握。
知識更新 : ダンジョン浅層(1〜3層)は、完全に街の巨大な天然牧場である。
現在の気分: 新鮮なダンジョン産の牛肉、どう調理してやろうかワクワクが止まらない。




