31話
ダンジョン都市ヴェルクの中心部へ向かって歩いていくと、巨大な建造物が見えてきた。
いつもの冒険者ギルドの剣と盾の看板が掲げられているが、建物の左右からは高い城壁がずらりと伸びており、まるで厳重な国境の検問所のような物々しい外観をしている。
「なるほど、ダンジョンの入り口を壁で完全に囲って、ギルドが管理しているのか。合理的だな」
『うむ。魔物が外へ溢れ出さないための造りでもあるな』
ここはダンジョン探索に特化した専用ギルドで、入ダンの手続きから、帰ダン時の素材の精算、そして税金の徴収まで、全てを一括で担っているらしい。
中に入ると、エントランスの巨大な掲示板が目に飛び込んできた。
「『現在の最高到達点は33層』か。かなり深いな」
広大なフロアを見渡すと、探索に必要な消耗品や保存食、解体用のシートなどが一通り揃う販売所がある。
そして、その横には『荷物持ち』たちの依頼待ちスペースが設けられていた。首から下げた木札には、運べる重量や到達可能階層、そして日当が書かれており、ガッチリとした体格の大人から、まだ十代前半の子供まで、様々な年齢層が静かに依頼主を待っている。
「ここは初めてかい?」
不意に、スッと横に立った男から声をかけられた。
「ああ。今日この街に着いたばかりでな」
俺が振り向くと、そこに立っていたのは、上質な革のアーマーに使い込まれた片手剣を装備した、金髪で爽やかな顔立ちの青年だった。絵に描いたようなファンタジー世界のイケメンだ。
イケメンは荷物持ちの待機スペースを顎でしゃくった。
「荷物持ちの子供たちは登録制でな。そのほとんどが身寄りのない孤児だ。前は年齢制限もなくて、雇ったのに帰ってきてから金を値切ったり、いちゃもんをつけて日当を払わないようなタチの悪い冒険者もいたらしい。だが今は、連れて行く前にギルドが間に入ってきっちり契約を交わす形になっている」
「へえ、そりゃあ安心だな。でも、ギルド側は手数料も取らずにボランティアでやってるのか?」
「いや、これも現皇帝陛下の施策らしくてな。孤児の保護と雇用創出の一環として、国からギルドに補助金が出ているらしいぞ。おかげでこの街の治安はすこぶるいい」
「なるほど。流石は内政重視の皇帝陛下だ」
現場の労働環境が国によって守られているとは、前世の俺のいた業界より余程ホワイトじゃないか。
「俺はB級冒険者のアレックスだ。クラン『黄金の大地』のメンバーをやっている」
「俺はE級のミツトメです」
俺は内心で(王都で一緒にビールを飲んだ無精髭のおっさんと同じ名前だが、こっちは随分と爽やかだな)と思いつつ、軽く会釈をした。
アレックスは俺の胸元のEランク証と、肩のクロを見て少し心配そうな顔をした。
「ん? おっさん、ソロなのか? そのランクと装備なら、まずは浅い層で二、三日慣らして戻ってくるのを繰り返して、ダンジョンの空気に慣れた方がいいぞ。無理は禁物、命大事にだ」
そう爽やかにウインクを残し、彼は待っていた仲間たちの元へ歩いていった。いい奴だな。
俺が入ダンの受付窓口へ向かおうとした、その時だった。
「あの、ソロなら荷物持ちが必要ですよね。俺を雇ってもらえませんか!?」
反対側から、必死な声で呼び止められた。
振り返ると、小柄な少年の姿があった。その首から下げられた看板には『到達5層、銅貨8枚』と書かれている。俺の空間魔法があれば荷物持ちなど不要なのだが、その切実な瞳に少しだけ足が止まった。
「こら! 待機スペースから出て、自分から声をかけるのは禁止だと何度言ったらわかるんだ!」
その瞬間、ものすごい勢いでギルドの職員が飛んできて、少年の腕を掴んだ。
「次やったら、もうここに居られないと思え!」
「あ、す、すみません……!」
少年は職員にズルズルと元の場所へ引きずられていった。
「……なんなんだ、今の」
俺が入ダン手続きの窓口へ行くと、対応してくれた女性職員が困ったようにため息をついた。
「ごめんなさいね、お客さん。あの子、別に悪い子じゃないんだけど……少し前に親御さんがダンジョンから帰ってこなくてね。おまけに妹さんが重い病気になってしまって、薬代を稼ぐためにすごく焦っているのよ」
「親が未帰還で、妹が病気……絵に描いたような苦労人だな」
「ええ。でも、親を亡くした子供はこの街には他にも大勢いるから、あの子だけルールを破るのを特別扱いはできなくてね……」
職員は悲しそうに目を伏せた。
規則は規則。現場のルールを守らなければ、全体の安全や秩序が崩れる。痛いほど分かる理屈だ。
俺は少しだけ待機スペースの少年の方へ視線を向けたが、今は俺にできることはない。
「手続き完了です。ミツトメさん、お気をつけて」
「ああ、ありがとう」
ギルドの裏口を抜けると、そこは直接ダンジョンに繋がっているわけではなかった。
重厚な高い壁に囲まれた、広大なすり鉢状の広場に出る。見上げれば、壁の上には等間隔で巨大な『バリスタ』が設置され、こちらに鋭い矢尻を向けていた。
「なるほど、万が一ダンジョンから魔物が溢れ出した時のための『キルゾーン』か。徹底してるな」
広場の奥には、山そのものを穿つように作られた、頑丈で巨大なダンジョンの正門扉がそびえ立っていた。しかし、その巨大な扉は固く閉ざされたままである。
冒険者たちは、その大扉のすぐ隣に設けられた、人が一人か二人やっと通れる程度の「小さな金属製の扉」から、一人ずつ順番に中へと吸い込まれていく。魔物が大群で押し寄せても、この狭い出入り口なら容易に封鎖できるという合理的な設計だ。
『フハハ! 行くぞミツトメ! 未知の食材が我々を待っておる!』
「お前は本当にブレないな」
少年の必死な瞳の記憶を少しだけ胸の奥にしまい込み、俺とクロはその小さな金属扉をくぐり、ひんやりとした冷気の漂うダンジョンの第一層へと足を踏み入れた。
【第31話:完】
収穫 : 皇帝のホワイトな労働施策の知識、ダンジョンの防衛設備の実地見学。
知識更新 :ダンジョンの大扉は開けるためにあるのではなく、魔物を封じ込めるためにある。
現在の気分:「アレックス」という名前の冒険者は、大概お節介でいい奴である。しだ。




