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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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29話

 闘技場での激闘の末、武闘大会の優勝決定戦は、フェルと亀の獣人だった。速さのフェルに対して緩急と防御力で隙の無い戦いをした亀獣人が勝利、優勝をした。

 優勝者《挑戦者》と現獣王ガングの一騎打ちとなった。

 結果は、地鳴りのような拳の応酬の末、獣王ガングが挑戦者をねじ伏せ、見事その王位を防衛《継続》することとなった。


 そしてその夜、サバンサ王宮の巨大な大広間にて、盛大な祝賀会が催された。

 王族や貴族、上位入賞の戦士たちが集う中、俺は約束通り「特別料理人」として厨房に立っていた。


「……よし。麺の焼き加減は完璧だ」

 俺は厨房の巨大な鉄板の前で、この日のために製麺職人に特注した中華麺を炒めていた。

 豚バラ肉とキャベツに火が通り、そこに完成させた『自家製ヤキソバソース』を一気に流し込む。


 ジュワァァァァァッ!!


 厨房はもちろん、大広間まで届くほどの強烈なスパイスとソースの香りが爆発した。

「な、なんだこの匂いは……!」「腹の底から食欲が湧き上がってくるぞ!」

 貴族や戦士たちのざわめきを背に、俺は大皿に山盛りの『特製・獣王ヤキソバ(目玉焼き乗せ)』を盛り付け、給仕に運ばせた。


「おおおっ! これだ! この匂い、この色!!」

 玉座に座る獣王ガングが、待ちきれない様子でヤキソバを口に運ぶ。

「……んんんんっ!! 麺に絡む濃厚なタレの甘みと酸味! 噛めば噛むほど湧き出るスパイスの刺激! これぞ力! これぞ命の味だぁぁぁっ!!」


 ガングは顔をソースだらけにしながら、大皿のヤキソバを一瞬で平らげてしまった。

「見事だ、人間! この料理、我が国の名物として永遠に語り継ぐことを許可する!」


 よし。作戦通りだ。

 俺はあらかじめ用意しておいた『ソースのレシピ書』を王宮の料理長に押し付けた。

「料理長、これがタレの秘密です。材料は全てこの国の市場で揃います。あとはよろしくお願いしますね」

「こ、こんな貴重な秘伝のレシピを……! 本当にいいのですか!?」

「ええ、もう私の役目は終わりましたから」


 完璧な引き継ぎだ。これで俺の仕事は終わった。

 さっさと荷物をまとめて、西の国境へ向かおう。

 そう思って厨房の勝手口に向かった時だった。


「待って! ミツトメ様!!」

 背後から、鈴を転がしたような可愛らしい声が聞こえた。

 振り返ると、美しい獅子の耳と尻尾を持った少女――獣王の娘であるミーニャ王女が、目をキラキラさせて立っていた。


「あ、あの……! このヤキソバ、本当に美味しかったです! 私、こんなに美味しいものを食べたのは初めてで……!」

 ミーニャ王女は顔を真っ赤にしながら、俺の手をギュッと握りしめた。

「ミツトメ様! どうか、このまま王宮の筆頭料理長になってください! いえ、それだけじゃありません……私、あなたの作る料理を一生食べ続けたい! 私の……伴侶になっていただけませんか!?」


 ……はい?

 俺はあまりの超展開に、思考が数秒間フリーズした。

 四十五歳のおっさんに、十代の王女からのプロポーズ(しかも胃袋を掴んだ結果の)。前世でどんなに真面目に働いてもあり得なかった、異世界転生モノのテンプレのような展開だ。


【ナビ:マスター、おめでとうございます。逆玉の輿(ぎゃくたま)、しかも王族入りです。これで真の安泰なスローライフが約束されましたね】


「冗談じゃない!!」

 俺は心の内で叫んだ。


 王族の伴侶? そんなもの、ただの「城に幽閉された専属シェフ兼・政治の道具」ではないか。自由な旅も、気ままな野営も、誰の目も気にせず昼間からビールを飲む生活も、全て失われる。

 それに、前世で会社という名の「組織の歯車」に散々すり潰されてきた俺が、今更「王族の責務」なんていう重すぎる神輿みこしを担ぎたくはなかった。


「王女様、お気持ちは大変光栄ですが……私は風の吹くまま気の向くまま、世界を巡るしがない旅人にすぎません。王宮という鳥籠とりかごは、私には少々窮屈すぎます」

 俺は極めて紳士的に、しかし明確に拒絶の意思を示した。


 だが、ミーニャ王女は食い下がる。お転婆な獣人の娘だけあって、引くことを知らないようだ。

「そんなこと言わないで! 旅なら私も一緒に行きます! だから、もっと別の料理も教えて! この厨房から出さないわよ!」

 王女が厨房の扉の前に立ち塞がり、尻尾をブンブンと振っている。


(……仕方ない。奥の手を使うか)


 俺は王女に優しく微笑みかけた。

「分かりました。では、ヤキソバよりもさらに特別な料理……『オムソバ』の作り方を伝授しましょう。ただし、神聖な儀式なので、完成するまでこの厨房には『立ち入り禁止』です。扉の外で待っていてください」


「ほ、本当!? 分かったわ、大人しく待ってる!」

 チョロい……いや、素直な王女は、パァッと顔を輝かせて厨房の外へ出ていった。


 扉が閉まった瞬間。

「クロ、ずらかるぞ!」

『うむ! 王宮の飯も良かったが、やはり我は汝が野外で焼く肉の方が好きだ!』


 俺はインベントリから少しばかりの素材を捧げ、厨房のテーブルに『オムソバのレシピ』と『お詫びの手紙』、そして『|完璧な出来栄えのオムソバ《食品サンプル》』をポンと召喚して置いた。


 そして、夜風が吹き込む厨房の窓枠に足をかけ、静かに外へ飛び出した。

『痛いのは嫌だ』の身体強化によって羽のように軽くなった身体で、王宮の壁を音もなく飛び越え、闇夜の街へと駆け抜ける。


「悪いな、王女様。俺の伴侶は、自由な旅とキンキンに冷えたビールだけなんだ」


 王宮の厨房で、食品サンプルのオムソバを見つけたミーニャ王女が「ミツトメ様のバカーーーッ!!」と叫ぶのは、それから十分後のことである。


 俺とクロは、サバンサ王国の夜の砂漠を、西へ西へと逃げるように走り続けた。

 数々の厄介事に巻き込まれた国だったが、最後に残ったのは、見事な敗北と、美味いヤキソバの記憶だけだ。


「さて、次の国はどんな美味いものがあるかな」

『ニャアアッ! 次は魚だ! 海のある国へ行こうぞ!』


 四十五歳のくたびれたおっさんと、怠惰な悪魔猫の気ままな逃避行。

 後ろを振り返る必要はない。俺たちの自由な日々は、常に道の前方に広がっているのだから。


【第29話:完】

 収穫   : 獣王の満足、王女からの求婚(回避)。

 知識更新 : 食品サンプルは、王宮からの逃走時間を稼ぐ最強のデコイである。

 現在の気分: 窓から逃げ出すスリル、最高に生きてるって感じがする。

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