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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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27話

 観客席の一般エリア。俺は標的である四人の傭兵(虎獣人の手下たち)の死角に立ち、肩に乗るクロに小声で指示を出した。


「クロ、出番だ。あの犬の獣人の女の子の前に飛び出して、愛想を振りまいて気を引け」

『なっ!? 深淵の悪魔たるこの我に、愛玩動物ペットの真似事をしろと言うのか! 屈辱だぞ!』

「今夜の飯は『極上本マグロのトロ刺身』だ」

ニャァァン♪(任せるニャ!)


 クロは一切のプライドを捨て、愛くるしい鳴き声を上げながら少女の足元へふわりと飛び降りた。

「あ……猫ちゃん? どうしたの、迷子?」

 少女が不安げな顔をほころばせ、クロを撫でようとしゃがみ込んだ。


(――今だ)

 少女の視線が下がり、四人の男たちの注意が足元の猫に向いた、その一瞬の隙。


 俺は『身体強化』を使い、残像すら残さない速度で四人の間を駆け抜けた。

 トントン、トントンッ。

 四人の首筋の頸動脈へ、正確無比な手刀を落とす。巡回点検より楽な作業だ。

 男たちは声一つ上げる間もなく、操り糸を切られた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「わっ、おじさんたち急にどうしたの!?」

 驚く少女の前に、俺は極めて自然な足取りで歩み寄った。


「やあ、うちの猫と遊んでくれてありがとう。急に飛び出しちゃって。ごめんね」

 俺は人畜無害な笑顔で少女に話しかけながら、クロを抱き上げた。そして、闘技場のリングで防戦一方になっている犬の獣人の青年へと視線を向ける。


 彼とバッチリ目が合った。

 今しかない!クロに猫耳付きヘルメットをかぶせ、俺は倒れた男たちをクロで軽く小突いた。ニヤリと笑ってクロで例のポーズをつくる。

 現場の合図、『安全確認ヨシ』のサインだ。


 青年は一瞬大きく目を見開き――次の瞬間、その口元に獰猛な笑みを浮かべた。


「へっ、どうしたチビ! 避けてばっかりじゃねぇか! そろそろトドメを……」

 勝ち誇る虎獣人が剣を振り下ろした瞬間。


 ドガァァァァンッ!!

 闘技場を揺るがす轟音。

 青年の姿が掻き消えたかと思うと、虎の獣人は腹部を深くえぐるような回し蹴りを食らい、リングの端から端まで吹き飛んで壁にめり込んでいた。


「き、決まったァァッ!! な、何が起きたのか分かりませんが、一撃です!!」

 実況が絶叫し、闘技場が沸き返る。

 青年の瞳には、先ほどまでの迷いは一切なく、ただ純粋な戦士としての怒りと闘志が宿っていた。


 数十分後、控室の裏通路。

「……本当に、なんとお礼を言えばいいか……!」

 青年は俺の前に深く頭を下げ、涙ぐんでいた。


 彼の名はフェル。実はただの犬の獣人ではなく、伝説の魔獣『フェンリル』の血を引く有名な一族の出身だった。

「実は、族長である両親が重い病に倒れてしまい……高額な治療費を稼ぐために、この大会の賞金が必要だったんです」

 だが、彼の実力を恐れた虎の傭兵団が妹を人質に取り、「オッズを操作するために、一回戦は勝ち残り、二回戦で俺に無惨に負けろ」と強要していたらしい。


「恩人であるミツトメさん。あなたは命の恩人です。……ですが、明日の準決勝、俺の相手はあなただ」

 フェルは真っ直ぐな瞳で俺を見た。

「俺は槍術そうじゅつの免許皆伝を持っています。恩人とはいえ、両親のために手加減はできません」


 その言葉を聞いて、俺の脳内に電流が走った。

「フェル。むしろ、お願いだ」

 俺は彼の肩をガシッと掴んだ。

「明日の試合、絶対に手加減しないでくれ。本気で俺を倒しに来い!」

「えっ……? は、はい……?」

 困惑するフェルをよそに、俺は確かな『負け筋(希望)』を見出していた。


 そして翌日。本戦準決勝。

 俺とフェルは、熱狂する闘技場のリングで対峙たいじしていた。


「行きます……!」

 フェルが踏み込んだ瞬間、空気が爆発した。

 フェンリルの血を引く彼の身体能力と、免許皆伝の槍術。放たれる刺突しとつは、間違いなくこの国でトップクラスの威力だ。


 俺の『生存本能(痛いのは嫌だ)』が自動的に発動し、俺の身体能力をフェルと同等以上に引き上げる。俺の身体は自動的に槍をかわし、防御する。

 だが――。


(……いける!)

 俺は確かな手応えを感じていた。

 俺のステータスは高くても、中身は『素人の五十代のおっさん』だ。対するフェルは、武を極めた達人。

 システムは「俺が死なない(怪我をしない)ための防御と回避」はしてくれるが、格闘技の技術までインストールしてくれるわけではない。


 フェルの槍の軌道が急に変化した。突きと見せかけた、柄による足払い。

「もらった!」

 俺の身体強化は「ダメージゼロ(当たっても痛くない)」と判断したのか、その足払いを全力で回避しなかった。

 俺の足が宙に浮く。


 フェルは俺の巨体を、その遠心力と技の冴えを利用して、一本背負いのように投げ飛ばした。


 フワッ。

 俺の身体は綺麗な放物線を描き、リングの外側の砂地へとポスッと着地した。

 ダメージは全くない。かすり傷一つ、痛くも痒くもない。ただ、リングの外に出ただけだ。


「じょ、場外ィィィッ!! 勝者、フェルゥゥゥッ!!」

 審判の宣言が響き渡る。


「……やった……」

 俺は場外の砂地に寝転がったまま、安堵のあまり小さくガッツポーズをした。


【ナビ:見事な敗北です、マスター。試合という『ルール上の敗北』は、生命の危機には直結しないため、生存本能システムは抵抗しませんでした。技の前に力及ばず、という綺麗な幕引きですね】


「ああ。これでもう、王様にされる心配はない……!」

 リングの上から心配そうにこちらを覗き込むフェルに、俺は笑顔で親指を立てた。

 これでいい。勇者や王様は、ああいう若くて背負うものがある奴がなるべきなのだ。五十代のおっさんは、その裏でひっそりとビールを飲んでいるくらいが丁度いい。


「さあ、クロ。負け祝いに、約束のマグロを食いに行くぞ」

『ニャアアッ! 待っておったぞ! 敗北万歳だ!』


 こうして俺は、獣人たちの熱い武闘大会から、誰にも怪しまれることなく華麗にドロップアウトすることに成功したのだった。

 あとは、あの暑苦しい獣王に「ヤキソバ」を作ってやれば、この国での厄介事は全て片付くはずだ。


【第27話:完】

 収穫   : 念願の敗北(リングアウト)、フェルという若い友人。

 知識更新 : 「痛いのは嫌だ」システムは、ルール上の敗北(場外負け)までは防がない。

 現在の気分: 負けてこんなに清々しい気分になったのは、人生で初めてだ。

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