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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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26話

 サバンサ傭兵王国の武闘大会、本戦一日目。

 闘技場は昨日とは比べ物にならないほどの熱気と歓声に包まれていた。予選から勝ち上がってきた猛者たちを前に、俺は胃の痛みをこらえながらリングに立っていた。


「本戦第一試合、開始!」


 相手は、身の丈三メートルはある熊の獣人だ。大木のような丸太を武器に、地響きを立てて突進してくる。

(よし、今度こそ! 武器を避けきれずに弾き飛ばされる作戦だ!)

 俺はわざと足をもつれさせたフリをして、熊の獣人の渾身の一撃を「かする」ように受けようとした。


 しかし、俺の『身体強化《痛いのは嫌だ》』がまたしても勝手に発動した。

 ブォォンッ! という風切り音と共に丸太が迫った瞬間、俺の身体は自動的に最適な回避ルートを弾き出し、足元の床石を蹴っていた。


「……あ」

 気がつけば、俺は熊の獣人の懐に潜り込み、反射的にその巨大な鳩尾みぞおちに軽く右ストレートを沈めていた。


「ゴフッ……!?」

 熊の獣人は巨体をくの字に曲げ、そのまま白目を剥いて轟沈した。


「しょ、勝者、ミツトメェェェッ!! 一撃だぁぁぁっ!」

「うおおおおっ! やはりあのおっさん、タダモンじゃねえ!」

 闘技場が割れんばかりの歓声に包まれる。


「……またやっちまった」

 俺は項垂うなだれながらリングを降りた。このままでは優勝して王様にされてしまう。


 自分の試合があっけなく終わってしまったため、俺は控室には戻らず、選手用の観覧席から他の試合を眺めることにした。

『ミツトメよ、汝の戦いは一瞬すぎてつまらんぞ! もっと血沸き肉躍るような戦いを見せい!』

「うるさいぞクロ。俺は今、どうやって負けるかを真剣に考えてるんだ」


 そんな時、ふとリングに上がった一人の選手に目が止まった。

「……ん? あいつは」


 小柄だが、無駄のない筋肉としなやかな体躯たいくを持った犬の獣人。昨日、路地裏で虎獣人の傭兵たちに絡まれていたところを、のビールがこぼれたとばっちりが助けたあの青年だ。

 対戦相手は強力な猪の獣人だったが、青年の身のこなしは群を抜いていた。相手の突進をひらりとかわし、的確に急所を突いてダメージを蓄積させていく。


 だが、俺は社会人の経験と勘で、彼の動きにある「不自然さ」に気がついた。


「あいつ……戦闘中なのによそ見が多すぎる。戦闘《仕事》に集中しきれてないな」

 青年は猪の獣人の攻撃をかわす度に、チラリ、チラリと観客席の「ある一角」へ視線を向けているのだ。それが原因で、本来なら受けないはずの軽い擦り傷を負ってしまっていた。


 やがて青年が隙を突いて猪獣人をノックアウトし、勝利を収めた。

 しかし、彼の下を向いた顔は、全く嬉しそうではなかった。


「おいナビ。あいつ、さっきから観客席のどこを見てたんだ?」


【ナビ:視線の先を解析しました。観客席の一般席エリアに、彼と同じ特徴(犬の獣人)を持つ十歳前後の少女が座っています。おそらく彼の妹でしょう】


「妹か。家族が応援に来てるなら、もっと張り切っても良さそうなもんだがな」


 俺の次の出番(二回戦)は、対戦相手が第一試合で重傷を負っていたため、まさかの不戦勝となってしまった。胃の痛みは先延ばしにされたが、俺の気はすでに別のところへ向いていた。


 犬の獣人の青年の、二回戦。

 相手は、あの路地裏で絡んできた|虎獣人のリーダー格《俺がワンパンで気絶させた奴》だった。

「へっ、路地裏では人間のオッサンに助けられたようだが、ここはリングの上だ。俺たちを出し抜いて本戦に出てきたこと、後悔させてやるぜ!」


 青年は何も言わず、ただジッと観客席の妹の方を見つめていた。

 試合が始まると、青年の動きは明らかに第一試合よりも鈍かった。わざと攻撃を受けているようにすら見える。


「……おかしいな」


【ナビ:マスター。少女の周囲にいる観客に不審な点があります。少女を囲むように座っている四人の男たち、彼らは一般の観客を装っていますが、フォーメーションとたたずまいが明らかに訓練された傭兵のたぐいです】


「……なるほどな。そういうことか」


 俺は全てを理解し、低く舌打ちをした。

 虎獣人の傭兵集団は、青年の実力を恐れ、本戦で確実に勝つために彼の妹を人質に取ったのだ。「試合でわざと負けなければ、妹の命はない」とでも脅しているのだろう。


「クソッ、どこの世界にもこういう腐った真似をする奴はいるもんだ」


 俺は立ち上がり、選手用の観覧席から一般席の通路へと向かった。

『む? どこへ行くのだミツトメ。次の試合が始まるぞ』

「少し、裏方の『ゴミ掃除』だ」


 俺のEランク冒険者としてのモットーは「面倒事には関わらない」だ。

 だが、あの青年は俺のビールをこぼした(間接的にだが)当事者であり、あの路地裏での一件が発端であるなら、俺にも少しだけ責任の端くれがある。

 それに何より、妹を人質に取って試合に勝とうとするような薄汚い連中のやり口は、現場の安全と公正を重んじる元・設備管理者の信念プライドが許さなかった。


「ナビ、傭兵たちの正確な位置をロックしろ。三十秒で片付ける」


【ナビ:了解しました。マスターの無駄な正義感、私は嫌いではありません。ステルス《気配遮断》ルートを案内します】


 闘技場の歓声が響く中、俺は静かに、そして確実に、少女を囲む傭兵たちの背後へと歩を進めた。

 俺のスローライフを脅かす面倒事は、物理で速やかに排除するに限る。


【第26話:完】

 収穫   : 本戦二回戦突破(不戦勝)、傭兵たちのロックオン。

 知識更新 : 観客席での不審なフォーメーションは、社会人ブルーカラーの経験と目はごまかせない。

 現在の気分: ゴミ掃除の後は、美味いビールが飲めそうだ。

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