24話
翌日、サバンサ傭兵王国の巨大な闘技場は、割れるような歓声と熱気に包まれていた。
控室で渡されたトーナメント表を見て、俺は深い溜息をついた。
「……話が違うじゃないか。あのライオン親父『大会に出場しろ』と言って渡してきたこのシード権、本戦じゃなくて『予選ブロックの準決勝』のシード権じゃないか」
【ナビ:そのようですね。この国の武闘大会は、獣人の代表的な十六の種族に合わせて、予選が十六のブロックに分かれています。マスターはその中の一つのブロックの準決勝から出場。つまり、本戦(ベスト16)に出るためには、今日の準決勝と決勝の二回、勝たなければなりません】
「勝たなければいいんだろ? なら話は簡単だ」
俺は腕組みをして、ニヤリと笑った。
「適当なところで『うわーやられたー』と言って倒れるか、場外に逃げ出せばいい。そうすれば、自然に負けて目立たずに済む。完璧な敗退プランだ」
『む? ミツトメよ、わざと負ける気か? 優勝して王様になれば、毎日城で宴だぞ?』
「お前は猫缶でも食ってろ。俺は五十代のEランクのままでいいんだよ」
やがて、俺の出番がやってきた。
闘技場の砂のリングに立つと、観客席から「なんだあのヒョロい人間のおっさんは!」「さっさと帰れ!」と容赦ないヤジが飛んでくる。狙い通り、ただのモブのおじさんだ。
「第一試合、開始!」
審判の声と共に、向かいに立っていた対戦相手――見上げるほど巨大なサイの獣人が、地響きを立てて突進してきた。
「オラァッ! 人間、ミンチにしてやるぜ!」
(よし、来たな。ガードの上から軽く吹っ飛ばされて、そのまま気絶したふりをする!)
俺は両腕を顔の前に交差させ、サイの獣人の丸太のような拳を受け止める体勢をとった。
しかし、ここで誤算が生じた。
俺の『相手より少し強くなる相対評価の身体強化』は、俺の「生き残りたい」という生存本能に直結して発動する。
ドゴォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃音が闘技場に響き渡った。
「……あれ?」
俺は一歩も下がっていなかった。どころか、俺の腕に全力の拳を叩き込んだサイの獣人の方が、顔を青ざめさせてワナワナと震えている。
「あ、あぎゃぁぁぁっ!? お、俺の拳が……砕けたぁぁぁっ!?」
サイの獣人は自らの異常な硬度の拳を、さらにその上を行く鋼鉄のような俺のガードに打ち付けたことで、自滅してしまったのだ。
そのまま痛みに耐えかねて、白目を剥いてリングに倒れ伏す。
「勝者、ミツトメェェェッ!」
静まり返っていた観客席が、一瞬の遅れてからドッと沸き上がった。
「おい、なんだ今のは!?」
「サイの突進をノーダメージで受け止めたぞ!?」
「……違う、俺はただ防御しただけで……」
言い訳も虚しく、俺はブロックの決勝戦へと駒を進めてしまった。
「くそっ、ナビ! なんであんなに硬くなるんだよ!」
【ナビ:マスターが『痛いのは嫌だ』と無意識に願ったため、身体強化が防御力に極振りされました。見事な鉄壁です】
「次は絶対に自分から場外に出る! リングアウト負けだ!」
そして迎えたブロック決勝戦。
相手は、しなやかな筋肉を持つチーターの獣人だった。
「人間……さっきの試合は見た。だが、俺のスピードにはついてこれまい!」
試合開始の合図と共に、チーターの獣人が消えた。いや、超高速で俺の死角に回り込んだのだ。
(速い! だが、これでいい!)
俺はわざとリングの境界線ギリギリまで後ずさりした。相手がタックルしてくれば、その勢いを利用してリングの外へ飛び出す作戦だ。
「もらったァァッ!」
チーターの獣人が、音を置き去りにするような神速の飛び蹴りを放ってきた。
(ここだ!)
俺は場外へ向かって倒れ込もうとした。
――だが、俺の身体強化された超絶的な動体視力と反射神経が、俺の意志とは裏腹に「危険な攻撃」を回避してしまった。
ヒュンッ!
俺の身体は残像を残して僅かに横へスライドした。
目標を失ったチーターの獣人は、そのままの猛スピードで俺の横を通り抜け……。
ドッシャァァァァン!!
リングを飛び出し、観客席の壁に激突してめり込んだ。
「じょ、場外……! 勝者、ミツトメェェェッ!!」
「おおおおおっ! すげええ! なんだあの回避は!」「天才的なフットワークだ!」
闘技場は熱狂の渦に包まれ、俺のブロック優勝(本戦出場)が決定してしまった。
「…………どうしてこうなった」
16ブロックの代表が集まる本戦出場者のためのVIP控室。
ふかふかのソファに沈み込みながら、俺は頭を抱えていた。
もう逃げられない。明日の本戦トーナメントで、俺はガチの獣人代表たちと戦わなければならなくなったのだ。
『フハハハ! 見事な勝利であったぞミツトメ! 観客も汝の力に平伏しておったわ!』
クロがソファの上で飛び跳ねて喜んでいる。
【ナビ:おめでとうございます、マスター。これで名実ともにサバンサ王国のトップ16です。優勝候補の一角として、オッズも急上昇中ですよ】
「慰めにもなってないぞ……。胃が痛い」
プレッシャーと疲労で胃がキリキリと痛み始めた。
こんな時は、ジャンクな食べ物と酒で脳を麻痺させるに限る。
俺は控室のテーブルに、空間魔法から取り出したカセットコンロと鉄板をセットした。
(こんなヤケクソな気分の時に呼び出すのは……『〇ちゃんの焼きそば(ソース味)』三食入り、『豚バラ肉』、『キャベツ』。それと『紅生姜』。酒は『三鳥居ハイボール(濃いめ)』だ!)
熱した鉄板に豚バラ肉を敷き、脂が出たところでざく切りにしたキャベツを炒める。
「クロ、換気扇の代わりに、お前の魔法で煙を窓の外へ逃がせ」
『うむ! 風の魔法も少しなら使えるぞ!』
豚肉とキャベツに火が通ったら、麺を投入し、少量の水でほぐす。
そして、粉末のソースを一気に振りかけた。
ジュワァァァァァッ!!
鉄板の上でソースが焦げる、あの暴力的なまでに食欲をそそる匂いが控室いっぱいに充満する。
屋台の匂いといえばこれだ。高級な肉もいいが、祭りの日はこういうチープでジャンクな味が一番身体に染みる。
「よし、完成だ。紅生姜をたっぷり乗せて……」
俺は皿に盛った熱々のソース焼きそばを、大きく口に啜り込んだ。
「……っ! これだよこれ!」
モチモチの麺に絡む、甘辛くスパイシーなソースの味。豚バラの強烈な脂の甘みと、キャベツのシャキシャキ感。そして紅生姜の酸味が、ソースのくどさを完璧にリセットしてくれる。
すかさず、氷が入った『濃いめ』のハイボールを流し込む。
「くぅぅぅっ! 胃にガツンとくるぜ!」
炭酸の刺激とウイスキーの香りが、油とソースでコーティングされた口の中をサッパリと洗い流し、強烈な爽快感をもたらした。
『ニャムニャムッ! むほぉっ! なんだこの茶色い麺は! 匂いだけで狂いそうだったが、食べるとソースとやらの旨味が口の中で暴れ回るぞ!』
クロも顔をソースだらけにして、焼きそばを貪っている。
「……美味い飯を食ったら、少しは腹が据わってきたな」
ハイボールの缶をグラスに傾けながら、俺は天井を仰いだ。
明日の本戦、相対評価の身体強化がある以上、怪我をして死ぬことはないだろう。だが、これ以上目立って王様になんてされてたまるか。
なんとしても、絶対に「自然な敗北」をもぎ取ってやる。
おっさんの意地とスローライフを賭けた戦いが、明日、幕を開けようとしていた。
【第24話:完】
収穫 : 本戦出場権(絶望)、ソース焼きそばのジャンクな癒やし。
知識更新 : 「痛いのは嫌だ」という願いは、絶対防御のカウンターを引き起こす。
現在の気分: 明日こそ、絶対に負けてやる。




