23話
国境の関所を抜け、西の隣国へ足を踏み入れた途端、風景は一変した。
照りつける強烈な太陽。乾いた風に舞う砂ぼこり。広大な荒野と砂漠が続くその地は、獣人じゅうじんたちが治める『サバンサ傭兵王国ようへいおうこく』と呼ばれる国だった。
「……暑い。日差しが突き刺さるようだ」
『ハァ、ハァ……ミツトメ、我の毛皮が焼ける! 水だ、冷たい水を出せ!』
肩の上でぐったりしているクロに、俺は空間魔法インベントリで冷やしておいた水筒の水をかけてやった。
【ナビ:サバンサ傭兵王国へようこそ、マスター。この国は完全な実力主義。建国以来、五年に一度『武闘大会ぶとうたいかい』が開かれ、優勝者が現国王と一騎打ちを行います。それに勝った者が次の王になるという、極めて野蛮……いえ、合理的なシステムを採用しています】
「勝った奴が王様ねぇ。いかにも獣人の国らしい血の気の多さだ」
数時間後、王都である巨大なオアシス都市に到着すると、街全体が異様な熱気に包まれていた。
どうやら今年は、その五年に一度の『武闘大会』が開催される年らしい。街のあちこちに極彩色の旗がはためき、屈強な獣人の戦士たちが我が物顔で歩いている。
だが、俺の目を引いたのは血生臭い闘技場ではなく、大通りにズラリと並んだ『屋台』だった。
お祭りの時期だけあって、見たこともないような巨大な肉の串焼きや、香辛料をたっぷり使ったスパイシーな料理の匂いがそこかしこから漂ってくる。
「……大会なんてどうでもいいが、祭りの屋台飯は別腹だ。クロ、行くぞ」
『ニャアアッ! 暑さも吹き飛ぶ良い匂いがするぞ!』
俺たちはさっそく、屋台で『砂漠トカゲの特大スパイシー串』を銅貨数枚で買い求めた。
顔の大きさほどある肉の塊が、真っ赤なスパイスをまぶされて炭火で豪快に焼かれている。
俺は路地裏の木陰に移動し、こっそりと召喚魔法を発動した。
(灼熱の砂漠で食べるスパイシーな肉。合わせるのはもちろん……『キンキンに冷えた銀色の超ドライ(瓶)』だ!)
栓を抜き、ラッパ飲みで冷たいビールを喉に流し込む。
「……っくあぁぁぁっ!! 砂漠のビール、最高すぎる!!」
干からびた身体に、炭酸とアルコールが染み渡る。すかさず、スパイスたっぷりのトカゲ串に食らいつく。
鶏肉をさらにブリブリにしたような弾力のある肉質で、噛むほどにスパイシーな肉汁が溢れ出す。それを再びビールで洗い流す。完全な永久機関だ。
『ハフッ! 辛い! が、美味い! 汗が止まらんが食べるのも止まらんぞ!』
クロも夢中で肉に噛みついている。
だが、そんな至福の時間は、唐突に破られた。
「おいコラ! そこをどけぇっ!」
ドンッ!
通りを我が物顔で歩いていた、虎獣人を中心とした柄の悪い傭兵の集団が、小柄な犬の獣人の青年を路地裏へ蹴り飛ばしてきたのだ。
青年は地面を転がり、あろうことか俺が持っていたスーパードライの瓶に激突した。
ガシャン!
「あ……」
乾いた石畳に、黄金色の液体と白い泡が無惨に広がり、砂に吸い込まれていく。
俺の、砂漠で飲む最高の一杯が。
「……おい」
「へっ、大会の有力候補と聞いてどんな奴かと思えば、ただのチビじゃねぇか。本戦の前に、俺たちがたっぷり可愛がってやるよ!」
虎獣人が下劣な笑いを浮かべ、倒れた青年に剣を振り上げた。
完全に、大会の裏で動いているオッズ操作か、ライバル潰しの陰謀だ。
【ナビ:マスター。彼らはサバンサ王国の精鋭傭兵部隊です。強敵ですよ】
「知るか。俺のビールをこぼした罪は重い」
俺は静かに立ち上がり、剣を振り下ろそうとした虎獣人の手首を、横からガシッと掴んだ。
「……あ?」
「路地裏で暴れるのは勝手だが、人の酒をこぼしたら謝るのが筋だろうが」
「なんだてめぇ、ひ弱そうな人間のオッサンが……ぐぎゃぁぁぁっ!?」
俺が指先に少し力を込めただけで、虎獣人の巨体がギリギリと軋み、悲鳴を上げた。
(……またか)
俺は内心で溜息をついた。
相手がこの国の精鋭傭兵であるため、俺の『相手より少し強くなる相対評価の身体強化』が発動し、今の俺は『精鋭傭兵部隊を単力で圧倒するバケモノおじさん』にスケーリングされているのだ。
「て、てめぇ! やっちまえ!」
他の傭兵たちが一斉に襲いかかってくるが、今の俺からすれば止まって見える。
俺はビール瓶の破片を避けながら、軽くデコピンや手刀を放つだけで、屈強な獣人たちを次々と壁の向こうへ吹き飛ばしていった。
わずか十秒。路地裏には、白目を剥いて倒れる傭兵の山ができた。
「た、助けていただき……ありがとうございます!」
犬の獣人の青年が震える声で礼を言うが、俺はこぼれたビールを見て悲しみに暮れていた。
「いや、いいんだ。気にしないでくれ……」
「――見事だ!!」
その時、路地の入り口から地鳴りのような野太い声が響いた。
振り返ると、周囲の獣人たちが一斉に土下座をしている。そこに立っていたのは、全身に無数の傷跡を持つ、二メートル超えの巨大な獅子の獣人だった。
【ナビ:マスター、現在のサバンサ傭兵王国のトップ。獣王ガングです。どうやら今の立ち回り、バッチリ見られていたようです】
「人間の旅人よ。貴様のその圧倒的な力、見事な制圧術。我が国の精鋭を赤子のようにひねるとは……面白い! 貴様も今大会に出場しろ!」
「……は?」
獣王ガングは、ニヤリと笑うと、黄金に輝く『武闘大会の特別シード権』の木札を俺の胸に押し付けてきた。
「名もなき強者よ! 闘技場で待っているぞ! ガハハハハ!」
嵐のように去っていく獣王と、畏敬の眼差しで俺を見る街の獣人たち。
「……おいナビ。これ、逃げられるか?」
【ナビ:街全体が闘技場のような熱気に包まれています。現在、マスターには複数の監視の目が付いており、逃亡は極めて困難かと。おめでとうございます、次期国王候補ですね】
「冗談じゃない! 俺はただの旅人おっさんだぞ!」
『フハハハ! ミツトメよ、ついに一国の王になるか! 我は城の料理長が作る美味い飯が食えれば文句はないぞ!』
「黙れ猫!」
俺は手渡された木札を握りしめ、項垂れながら人気の少ない宿屋へと逃げ込んだ。
「……くそっ。暑いし、面倒事に巻き込まれるし、最悪だ。せめて飯くらいは涼しいものを食わせてくれ」
部屋に引きこもり、俺は素材を対価に食材を召喚した。
(呼び出すのは……『冷やし中華(醤油ダレ)』のセット、『きゅうり』『ハム』『錦糸卵』『マヨネーズ』。そして『キンキンに冷えたレモンサワー』だ!)
茹で上がった中華麺を氷水で一気に締め、皿に盛る。その上に千切りにしたきゅうり、ハム、卵をたっぷりと乗せ、醤油ダレを回しかけ、その上にマヨを降臨させた。
「いただきます……」
酸味とマヨのコクが効いた冷たい麺をすする。
「……美味い」
砂漠の熱気で火照った身体に、冷たい麺とタレの酸味が極上の清涼感をもたらしてくれる。シャキシャキのきゅうりが堪らない。
すかさず、氷たっぷりのレモンサワーを流し込む。強炭酸とレモンの酸味が、面倒事で煮詰まった脳みそを強制的にクールダウンさせてくれた。
『ズルズルッ! ニャンだこの冷たい細長い食べ物は! マヨのコクと酸っぱいタレが、食欲を無限に引き出しておる!』
クロも顔をマヨ醤油ダレまみれにしながら、器用に麺をすすっている。
「……まぁ、飯が美味いから良しとするか」
明日から始まる血生臭い武闘大会。
なんとかして目立たずに、かつ安全に「敗退」する方法を考えなければならない。俺の胃痛の種は、国境を越えても尽きることがなかった。
【第23話:完】
収穫 : 砂漠のスパイス串、武闘大会のシード権(不本意)。
知識更新 : 暑い砂漠で食べる冷やし中華とレモンサワーは、王様のフルコースにも勝る。
現在の気分: 明日の試合、どうやって自然に負けるかで頭がいっぱい。




