21話
王都の追手から逃れ、商業都市メルトンを西へと抜けた俺たちは、ごつごつとした岩肌が目立つ荒野を歩いていた。
「……日差しが強いな。どこか日陰で休みたいところだ」
『むぅ。我も同感だ。毛皮が太陽の熱を吸って、暑くて敵わんぞ』
クロは俺の影の中に隠れることもできるが、「ずっと暗いのは退屈だ」と言って、今は俺の肩の上でだらんと伸びている。
【ナビ:マスター、朗報です。この先、数百メートル地点の地下に、古代の魔力反応を感知しました。未発見の遺跡の可能性が高いです。直射日光を避けるには最適かと】
「ダンジョンか。魔物ウヨウヨの危険地帯ならパスしたいが、涼しい日陰があるなら覗いてみる価値はあるな」
ナビの案内に従って進むと、巨大な岩の裂け目の奥に、人工的に切り出された石の階段と、重厚な金属の扉を見つけた。
扉には複雑な幾何学模様が彫られているが、長年の風雨で赤茶色にひどく錆びついている。
「これじゃあ、押しても引いても開かないな」
俺は空間魔法を展開し、扉の「蝶番」にあたる部分の錆と癒着した金属だけを、ピンポイントで削り取るように『収納』した。
ギギギ……と重い音を立てて、古代の扉が呆気なく開く。
中はひんやりとした冷気に満ちており、埃の匂いがした。
「よし、快適な温度だ。ここで少し休むとするか」
俺とクロが足を踏み入れた瞬間だった。
『……ガ、ガガ……侵入者、感知。防衛システム、起動……』
部屋の奥、壁と同化していた巨大な石と金属の塊が、不気味な機械音を立てて立ち上がった。身長は三メートル近い。ゴーレムだ。
その両腕には鋭い刃が仕込まれており、本来なら侵入者を容赦なく切り刻むのだろう。
『排除……ハイジョ……ガギィッ!』
ゴーレムがこちらへ向かって一歩を踏み出そうとした、その時。
激しい金属の軋む音が鳴り響き、ゴーレムの巨体は不自然な姿勢のままピタッと停止した。
「……ん?」
『……ガガ……右脚部、駆動系に異常。魔力伝達、エラー……』
どうやら、数百年(あるいは数千年)という放置期間のせいで、関節部分のギアが完全に錆びついてロックしてしまったらしい。ゴーレムは赤く光る目を点滅させながら、ガクガクと小刻みに震えている。
『なんだミツトメ、あのデカブツは。ポンコツではないか』
クロが欠伸をしながら言う。
俺は元・設備管理者の血が騒ぐのを感じていた。
「放置された可動部の錆付き……現場で一番よく見るトラブルだな。あれを無理に動かそうとすると、モーター……じゃなくて魔力回路が焼き切れるんだ」
俺はインベントリから、安価な魔石を対価に『あの』魔法のアイテムを召喚した。
細い赤いノズルがついた、青と黄色の缶スプレー。
現代日本が誇る最強の防錆潤滑剤、『GO-56』である。
「ちょっと失礼するぞ」
俺は動けなくなっているゴーレムの膝関節に近づき、赤いノズルをギアの隙間に差し込んだ。
シューーーーッ。
浸透性の高いオイルが、古代の錆の奥深くまで入り込んでいく。さらに、腰のジョイントや肩の駆動部にもたっぷりと吹きかけた。
「仕上げだ」
俺はゴーレムの関節をハンマーの柄で軽くコンコンと叩き、オイルを馴染ませた。
『……ガガ……エラー、解消。駆動系、正常化』
プシューッと蒸気を吐き出し、ゴーレムが滑らかに立ち上がった。
俺は少しだけ身構えたが、ゴーレムは俺を攻撃するどころか、その場に片膝をついて深く頭を下げた。
『メンテナンス……完了。貴方を、本施設の最高管理者として再登録しました』
【ナビ:お見事です。古代の防衛兵器を、潤滑油一本で手懐けましたね。これでこの遺跡は、マスターの完全なプライベート空間(別荘)となりました】
「よし。空調も効いてるし、最強の警備員付きだ。今日の野営地はここに決定だな」
『ニャアアッ! ならば早く飯だ! 我は腹が減ったぞ!』
俺は遺跡の安全な中央広場に折りたたみテーブルとバーナーを設置した。
少し薄暗いので、LEDランタンに明かりを灯す。
「遺跡の地下深く……少し肌寒いからな。熱々のツマミにしよう」
俺は道中で手に入れていたゴブリンの魔石などを対価に、食材を召喚した。
(呼び出すのは……『むきエビ』、『マッシュルーム』、『ブロッコリー』、そしてたっぷりの『オリーブオイル』と『ニンニク』『鷹の爪』。合わせるのは『バゲット(フランスパン)』と『よく冷えた辛口のシャブリ(白ワイン)』だ)
直火にかけられる小ぶりの鋳鉄製スキレットを用意する。
そこにオリーブオイルをなみなみと注ぎ、スライスしたニンニクと鷹の爪を投入して弱火にかける。
フツフツと油が湧き立ち、ニンニクの香ばしい匂いが冷たい遺跡の空気を一気に塗り替えていく。
『……っ! なんだこの匂いは! オイルが踊っておるぞ!』
クロがテーブルに身を乗り出し、目を輝かせた。
ニンニクの香りが油に十分移ったところで、エビ、マッシュルーム、ブロッコリーを一気に投入する。
ジュワァァァッ!! という激しい音と共に、具材の旨味がオリーブオイルに溶け出していく。
「よし、俺の特製アヒージョの完成だ」
俺はコルクを抜いた白ワインをグラスに注ぎ、バゲットを一口大にちぎった。
「熱いから気をつけろよ」
クロの小皿に、少し冷ましたエビとマッシュルームを取り分けてやる。
俺はバゲットを、旨味がたっぷりと溶け込んだ熱々のガーリックオイルに浸し、上にエビを乗せて口に放り込んだ。
「……っはふ、ふぉふっ……美味い!!」
オリーブオイルのコク、ニンニクのパンチ、そしてエビのプリプリとした食感と海鮮の旨味。それらを吸い込んだバゲットが、口の中でジュワッと弾ける。
鷹の爪のピリッとした辛さが、見事なアクセントだ。
すかさず、キンキンに冷えたシャブリを流し込む。
「くぅぅぅっ! 最高だ!」
キリッとした酸味とミネラル感のある白ワインが、口の中の油をさっぱりと洗い流し、海鮮の風味を引き立てる。アヒージョと白ワイン、これ以上ない完璧なマリアージュだ。
『ニャムニャム……熱い! が、美味い! なんだこの油は! 具材の味がすべて溶け込んでいるではないか! このパンを油に浸して食うと、無限に食えるぞ!』
クロもハフハフと熱がりながら、狂ったようにバゲットをオイルに浸しては食べている。
「油は飲み物じゃないからな、気をつけろよ」
俺は白ワインのグラスを傾け、遺跡の隅で直立不動のまま待機しているゴーレムを眺めた。
「静かだ……。誰も来ないし、誰にも邪魔されない」
王都の喧騒も、追手の影も、ここでは完全にシャットアウトされている。
古代の遺跡というロマン溢れる場所で、俺は現代の絶品おつまみとワインを心ゆくまで堪能した。
【ナビ:古代の叡智が詰まった遺跡を、ただの居酒屋の個室として利用するとは。マスターのスローライフ力は、確実に常軌を逸してきていますね】
「褒め言葉として受け取っておくよ」
五十代のおっさんと、悪魔の黒猫。そしてポンコツのゴーレム。
地下遺跡での奇妙で美味しい夜は、静かに更けていった。
【第21話:完】
収穫 : 古代遺跡のプライベート拠点、メンテナンス済みの忠実なゴーレム。
知識更新 : GO-56は、古代魔法文明の遺物にもバッチリ効く。
現在の気分: アヒージョのオイルを吸ったバゲットは、合法的な麻薬だと思う。




