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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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2話

 草原を数時間歩き続け、俺の目の前にようやく石造りの巨大な城壁が現れた。


「……ふぅ。これが異世界の街か」


 かつてなら、駅から会社までの十五分で息が上がっていた。それがどうだ。四十五歳の膝は笑うこともなく、呼吸も驚くほど穏やかだ。「身体強化」の恩恵、そのありがたみを噛み締めながら、俺は門番の視線を「全世界翻訳」の冷静な対応でくぐり抜けた。


 街の中に入ると、そこは中世ヨーロッパを彷彿とさせる石畳の景観が広がっていた。行き交う人々は革の防具を纏い、腰に剣を下げている。ファンタジー映画の中に放り込まれたような光景だが、俺の意識は感動よりも先に「生存コスト」へと向いていた。


 さて、これからどう動くべきか。

 俺の手札には「基礎知識アーカイブ」がある。だが、草原で見た時と同じく、街ゆく人々が持っている荷物や露店の品々に目を向けても、返ってくる反応じょうほうは冷ややかだ。


【名称:未鑑定の果実】

 価値: 銅貨1枚相当


「やっぱりな。自分の目で見て、触れて、経験しないと詳細はアンロックされないわけだ」


 元・設備管理の現場人間として、この仕様はむしろ好ましく感じられた。他人ひとからの情報を鵜呑みにせず、現場で実物に触れて覚える。それが一番確実だ。俺は「お品書き」の解像度を上げるため、まずは市場へと足を運んだ。


 市場は活気に満ちていた。肉の焼ける匂い、香辛料のツンとした香り。俺は露店の一つに歩み寄り、山積みになった赤い実を一つ手に取ってみた。


「おっさん、そいつは『ポムの実』だ。一つ銅貨二枚だよ」


 店主の威勢のいい声と同時に、視界の端のアーカイブがパッと書き換わる。


【名称:ポムの実】

 種別: 一般食用果実

 価値: 銅貨2枚相当

 詳細: 非常に一般的で水分が多い。甘みは弱く、酸味が強い。


「なるほど、これがポムか。一つもらえるかな」


 銅貨を払い、実をかじる。シャリッとした食感とともに、アーカイブにはさらに『味覚:酸味強め、リンゴというよりは、甘くない梨に近い。保存性は低いが、そのまま食べるなら水分補給に最適。』という情報が追加された。

 面白い。こうして俺の知識が増えるほど、召喚魔法の選択肢や効率も上がるはずだ。


 俺はそのまま市場を練り歩いた。

 鉄の鍋、革の袋、干し肉、異世界の野菜……。目に付くものすべてに触れ、時には店主と「翻訳」を活かした世間話をして、情報を引き出していく。


「おじさん、珍しい格好してるな。流れの商売人か?」

「いや、ただの旅人さ。……ところで、あっちにある黒い塊は何だい?」

「ああ、そいつは『ボアの燻製肉』さ。日持ちはするが、とにかく硬い。顎を鍛えたい奴にはお勧めだね」


 触れてみる。


【名称:フォレストボアの燻製肉】

 価値: 銀貨1枚

 詳細: 乾燥しきっており、そのままでは食用に耐えないほど硬い。


「なるほど……ありがとう、勉強になった」


 市場を一回りする頃には、俺の「基礎知識」は相当な量の「異世界の物価指数」を蓄積していた。

 銅貨十枚で、並の宿の素泊まり一泊分。

 銀貨一枚で、まともな食事付きの宿一泊分。

 金貨なんてものは、俺のような新参者にはまだ縁のない高嶺の花だ。


 市場の端で、俺はインベントリに溜め込んでいた「ミント草」の価値を再確認した。


【名称:ミント草】

 価値: 銅貨2枚相当(※街の薬師ギルドなら銅貨3枚での買取実績あり)


 街に入ったことで、市場価格との比較が始まり、より詳細な「適正価格」が表示されるようになったらしい。これは商売をするにしても、召喚の対価を選ぶにしても、非常に強力な武器になる。


「さて……市場の相場は分かった。次はこの世界の『エネルギー源』の確認だ」


 俺は市場のさらに奥、冒険者たちが集まるエリアの端っこにある「魔石屋」へと向かった。

 召喚魔法を使う上で、植物よりも効率が良いとされる「魔石」。その価値をアーカイブに刻んでおかなければ、俺の召喚ライフは始まらない。


 店先のショーケースには、さまざまな大きさの魔石が並んでいた。

「……すまない、少し見せてもらっても?」

「ああ。触るなよ、見るだけだ」


 不愛想な店主の言葉を背に、俺は魔石を凝視した。


【名称:小鬼ゴブリンの魔石】

 価値: 銀貨2枚

 詳細: 最も一般的な下級魔石。魔道具の燃料として流通している。

 召喚効率: 高。これ一つで『プレモル』3缶分、または『カップヌードル』5個分に相当。


(……!!)


 俺は心の中で激しく拳を握った。

 この「召喚効率」の表示。これこそが、俺が最も欲しかった情報だ。

 ミント草を何百束も集めるより、ゴブリンを一匹狩って魔石を手に入れるほうが、俺の晩酌は遥かに充実する。


「銀貨二枚でプレモル三缶……。悪くない。むしろ、かなり良い」


 前職の設備管理では、限られた予算でどれだけ効率よく設備を維持するかに心血を注いできた。その経験が、今、異世界の「召喚コスト計算」に完璧にフィットしている。


「おっさん、買うのか? 買わないなら他へ行ってくれ」

「ああ、悪い。今日は下見なんだ。近いうちに、売る側として来させてもらうよ」


 俺は店を出た。

 足取りはさらに軽くなっていた。

 市場を歩き、実物に触れ、アーカイブを更新したことで、俺はこの世界の「歩き方」を完全に理解した。


 これからの目標として、まずは冒険者ギルドへ行き、身分証を作る。

 適当な依頼を受けながら、「身体強化」で安全を確保しつつ、魔石や高価値な素材を集める。

 そして人気のない場所で、空間魔法から取り出した現代のキャンプ道具を広げ、召喚魔法で呼び出した酒とツマミで一杯やる。


 人付き合いは、必要な分だけこなせばいい。

 面倒な責任は、ランクを上げすぎないことで回避する。


「……四十五歳にして、ようやく最高の『現場』を見つけた気がするな」


 俺は街の中心にそびえる、剣と盾の紋章が刻まれた建物――冒険者ギルドへと足を踏み入れた。

 くたびれたおじさんの、誰にも邪魔されない自由な旅。

 その本格的な幕開けに向けて、俺のアーカイブには新たなページが次々と書き込まれていった。


【現在地:冒険者の街・テラ】

 目的: ギルド登録、および魔石の確保。

 気分: 極めて良好。


 俺は受付へと進み、穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

「すみません、登録をお願いしたいんですが」


 ここからが、俺の本当の二度目の人生だ。

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