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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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18/53

18話

 露天風呂で英気を養った俺たちは、西の商業都市メルトンを目指してさらに山間部のルートを進んでいた。

 標高が高くなるにつれて肌寒くなり、広葉樹の森はいつの間にか針葉樹林へと変わっている。


「……結構、冷えてきたな」

『ブルルッ。ミツトメ、我は毛皮があるからマシだが、日陰に入ると身震いするぞ』

 クロが俺の首元にマフラーのように巻き付き、暖を取ろうとしてくる。悪魔の化身のくせに寒がりらしい。


【ナビ:マスター、この先の盆地に小さな集落の熱源があります。ただ、規模からしてかなり貧しい寒村のようです】


「貧しくても、人が住んでるなら雨風をしのげる場所はあるだろう。少し寄っていくか」


 山道を下ると、粗末な木造りの家が寄り添うように建つ小さな村が見えてきた。

 だが、俺の目を引いたのは村の建物ではない。村の入り口付近の荒れ地に、雑草に混じって青々と茂るツル性の植物と、そこに鈴生りになっている真っ赤な果実だった。


「……おい、あれ。どう見てもトマトじゃないか?」

 俺は駆け寄り、ピンポン玉より少し大きい真っ赤な実を手に取った。


【名称:野生の山トマト】

 種別: 野菜(果菜類かさいるい

 価値: なし(現地での認識による)

 詳細: 強い酸味と強烈な旨味成分(グルタミン酸)を内包する原種に近いトマト。寒さにも強い。


「価値なし? こんなに美味そうなのにか?」

 俺は首を傾げた。これだけの量が自生しているなら、村の特産品を使ったトマトの煮込み料理か何かが食べられるかもしれない。そう期待して村の中へ入っていくと、広場で薪を割っていた村長らしき初老の男が、警戒した目でこちらを見た。


「旅のお方……こんな何もない村に、何の用だね。見ての通り、あんたに売るような気の利いた飯も宿もないぞ」

「いや、飯ならそこで採れるじゃないか。あの赤い実を使った料理はないのか?」


 俺が入り口のトマトを指差すと、村長はギョッとして顔を青ざめさせた。


「馬鹿なことを言うな! あれは『血臭ちくさの実』といって、鳥すら食わない気味の悪い雑草だ! 昔、腹を空かせた子供が青い実をかじって、腹を壊して寝込んだこともある。絶対に口にしちゃならん!」


 なるほど。どうやらこの世界では、まだトマトが「食用」として認知されていないらしい。

 青い未熟なトマトには微量の毒素トマチンが含まれているし、真っ赤な見た目や青臭い匂いが、毒々しく見えて敬遠されているのだろう。元の世界でも、トマトが観賞用から食用になるまで時間がかかった歴史がある。


「……村長さん。あの実、俺が少し採っても文句は言われないか?」

「あ、ああ。雑草だから勝手に採るのは構わんが……死んでも責任は持たんぞ?」


 俺はほくそ笑み、野生の山トマトをインベントリにたっぷりと収納した。

 そして、広場の端に勝手に陣取じんとり、折りたたみの調理台とバーナーをセットする。


『ミツトメ、まさかあんな草の赤い実を食うつもりか!? 我は草など食わんぞ! 肉を出せ! 肉を!』

「うるさいぞクロ。これは草じゃない、魔法の旨味爆弾だ。これと肉を合わせれば、とんでもない料理になるんだよ」


 俺はインベントリから、少しばかりの魔石を対価に食材を召喚した。

(呼び出すのは……『乾燥スパゲッティ』、『エキストラバージン・オリーブオイル』、『ニンニク』。そして細切れの『ベーコン』だ)


 フライパンにたっぷりのオリーブオイルを引き、薄切りにしたニンニクとベーコンを弱火でじっくりと炒める。

 ジュワァァァ……と、ニンニクの香ばしい匂いとベーコンの脂が溶け出し、寒村の冷たい空気を一気にイタリアンの厨房へと変えた。


「なんだなんだ?」

「すっげえ良い匂いがするぞ……」

 村の子供たちや大人たちが、匂いにつられて恐る恐る集まってくる。


 ニンニクがキツネ色になったところで、乱切りにした山トマトを大量にフライパンへ投入した。

 ジューッ!! と激しい音が鳴り、トマトの水分がオイルと混ざり合う。

 俺は木べらでトマトを潰しながら、強火で一気に煮詰めていく。トマトの酸味が飛び、代わりに強烈な甘みと旨味が凝縮された濃厚な「トマトソース」が完成しつつあった。


 隣の鍋で茹で上がったスパゲッティをフライパンに投入し、ソースと絡めながらフライパンを振る。

 最後に黒コショウを少々。これで「山トマトとベーコンの絶品パスタ」の完成だ。


「よし、出来たぞ。クロ、味見してみろ」

 小皿に取り分けたパスタを出すと、クロは怪訝な顔で匂いを嗅いでいたが、一口食べた瞬間、二本の尻尾がピーンと真っ直ぐに立ち上がった。


『ニャ、ニャンだこれは!? 赤い草のくせに、肉の旨味を何倍にも引き上げている! 酸味と脂が絡み合って、噛むほどに味が爆発するぞ!』

 クロは顔を真っ赤なソースだらけにしながら、狂ったようにパスタを貪り始めた。


 その様子を見てゴクリと喉を鳴らした村長と子供たちに、俺は紙皿に取り分けたパスタを差し出した。

「騙されたと思って食べてみな。赤い実は、火を通すと化けるんだ」


 村長が震える手でフォーク(召喚した木製だ)を持ち、パスタを口に運ぶ。

「……っ!?」

 村長の目が、こぼれ落ちそうなくらい見開かれた。


「う、美味い……! なんだこの濃厚な味は! あの忌まわしい血臭の実が、こんな……こんな豊かな味に変わるというのか!」

「すっげえ美味い! おじちゃん、これ最高だよ!」


 子供たちも夢中でパスタを頬張り、あっという間に鍋のパスタは空っぽになってしまった。


 俺は食後のコーヒーを召喚して啜りながら、呆然としている村長に語りかけた。

「村長さん。あの赤い実は、この村の宝になるぞ。生で食べるには酸っぱいが、こうやって火を通して煮込めば、どんな肉やスープも格段に美味くなる。この先の商業都市メルトンに持ち込めば、間違いなく高値で売れる特産品になるはずだ」


【ナビ:マスター、見事な食育および地域おこしコンサルティングです。村の経済状況は、数年後には劇的に改善しているでしょう】


「俺はただ、美味いトマト料理が食べたかっただけさ」


 村長は俺の手を固く握りしめ、涙を流して感謝した。

「旅のお方……いや、料理の賢者様! 本当にありがとう! 我々はこの実を大切に育て、村の希望にします!」

「賢者ってのはやめてくれ。俺はただの通りすがりのおっさんだ」


 王都での「黒猫の賢者」の噂がここまで届いていないことに安堵しつつ、俺は村人たちに見送られながら寒村を後にした。


 俺のインベントリには、お礼としてもらった大量の山トマトが収納されている。

「これで今夜は、トマトとボア肉のビーフシチュー風が作れるな」

『フハハハ! 良いぞミツトメ! 早く夜にならんか!』


 何もないと思っていた村で見つけた、真っ赤なダイヤ。

 これだから、寄り道だらけの一人旅はやめられないのだ。


【第18話:完】

 収穫   : 大量の山トマト、村人たちの笑顔。

 知識更新 : 食材は、オリーブオイルとニンニクで炒めれば大抵美味くなる。

 現在の気分: トマトベースの料理のバリエーションを考えるだけで胸が躍る。

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