表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/54

17話

 王都の捜索隊をやり過ごすため、俺たちは街道を完全に外れ、道なき道を進んでいた。

「身体強化」のおかげで道なき森を歩くこと自体に苦はないが、ずっと木々に囲まれた景色を見ていると、どうしても気分が滅入ってくる。


「……そろそろ、ちゃんとした風呂に入りたいな」

『ミツトメよ、汝は綺麗好きなのだな。我など、こうして毛づくろいをするだけで完璧に清潔だぞ』


 肩の上で前足を舐め、顔を洗っているクロが自慢げに言う。猫の便利さは羨ましいが、五十代のおじさんはそういうわけにはいかない。加齢臭という見えない魔物と戦うためにも、定期的な洗浄は必須なのだ。


【ナビ:マスター、朗報です。この先、北西に約五百メートルの地点に、局地的な地熱の高まりと水脈の反応を感知しました。未開発の自然湧出泉、つまり『野湯のゆ』の可能性が高いです】


「本当か!? でかしたぞナビ!」

 俺は足取りも軽く、ナビが示す方向へ向かって森をかき分けた。


 少し開けた岩場に出ると、確かにそこには湯気が立ち上っていた。硫黄の匂いが微かに漂い、岩の隙間からコンコンとお湯が湧き出している。

 しかし、喜んだのも束の間。長い間放置されていたせいか、湧き出したお湯が溜まるべき窪地は、泥と落ち葉で完全に埋まり、ヘドロのような状態になっていた。


「……こりゃあ、足を入れるのもためらわれるな」

『うむ……少し臭いぞミツトメ。我はこの匂いは好かん』


【ナビ:成分は極上の硫黄泉ですが、物理的な目詰まりを起こしています。設備管理者としての腕の見せ所ですね、マスター】


「誰に言っている。泥抜きと配管の掃除は、現場の基本中の基本だぞ」

 俺は腕まくりをし、空間魔法インベントリを展開した。


「泥と落ち葉だけをターゲットに……『収納』!」

 ボコォッ! という音と共に、湯溜まりを塞いでいた長年の泥と腐葉土が、一瞬にしてインベントリの虚空へと吸い込まれた。

 底から綺麗な岩肌が露出し、堰を切ったように新鮮な熱いお湯が勢いよく流れ込み始める。


「よし。次は浴槽の形を整えるか」

 俺は周囲の手頃な岩を身体強化で軽々と持ち上げ、パズルのように組み合わせて、大人一人がゆったりと足を伸ばせる即席の露天風呂を作り上げた。


 お湯が満たされるのを待つ間、召喚魔法で『厚手のバスタオル』と『石鹸』、そして風呂上がりのための『コーヒー牛乳(瓶)』を呼び出しておく。

 自然の川を汚すわけにはいかないので、少し離れた場所でお湯を汲み、石鹸でしっかりと体の汚れと汗を洗い流す。


「……ふぅ。準備完了だ」


 俺はタオルを頭に乗せ、透き通った熱いお湯にゆっくりと肩まで浸かった。

「……ぁぁぁぁぁぁぁっ……」

 思わず、声にならない中年特有のうめき声が森に響き渡った。


 強張っていた筋肉が解け、骨の髄まで熱が染み込んでいく感覚。

 五十代の身体にとって、野宿続きの疲れを癒やすのに、温泉以上の特効薬はこの世に存在しない。


『……おい、ミツトメ。死んだのか?』

 岩の上から、水に濡れるのを嫌がるクロが不思議そうに見下ろしている。二本の尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。


「死ぬどころか、生き返ってる真っ最中だよ。お前も足先くらい入ってみるか?」

『馬鹿を言え! 我は水が嫌いなのだ! しかし……ここから伝わってくる熱は、ポカポカして悪くないな』

 クロは器用に岩の縁を歩き、俺の顔のすぐ横の平らな石の上で香箱座りをした。温泉の地熱で温まった岩盤浴が気に入ったらしい。


【ナビ:マスター、現在の心拍数および筋肉の弛緩具合から、疲労の八十パーセントが回復したと推測されます。森のマイナスイオンとの相乗効果で、ストレス値は完全にゼロです】


「ああ。これだから、面倒な出世なんてしてる暇はないんだ」

 王都で追手から逃げるハメになった時はどうなるかと思ったが、結果的にこんな極上の隠し湯を見つけられたのだから、人生は何が起こるか分からない。


 俺は十分に温まったところで湯から上がり、バスタオルで身体を拭いた。

 そして、冷たい沢の水でキンキンに冷やしておいた、茶色い液体の入った瓶を取り出す。


「風呂上がりと言えば、絶対にこれだ」

 紙のフタを指で器用に開け、腰に片手を当てて、上を向く。

 グビッ、グビッ、グビッ……。


「……ぷはぁっ!! 甘ぇぇぇっ!!」

 甘ったるいミルクの風味と、コーヒーのほろ苦さが、火照った身体に染み渡る。ビールも最高だが、温泉上がりのコーヒー牛乳の破壊力は、また別の次元にある。


『なっ!? なんだその甘ったるい暴力的な匂いは! ミツトメ、我にも寄越すのだ!』

 コーヒー牛乳の匂いに反応したクロが、岩の上から飛びかかってきた。

 俺は空間魔法でクロ用の小皿を出し、そこへ少しだけ注いでやった。


『ペチャッ、ペチャッ……ニャムッ!? 甘い! 甘くて美味いぞミツトメ! この茶色い水、昨日のビールより我の好みかもしれん!』

「子供舌の悪魔には丁度いいだろ」


 誰もいない深い森の奥。

 即席の露天風呂と、美味いコーヒー牛乳。

 王都の喧騒も、迫り来る戦争の影も、ここには一切届かない。

 頭上の枝葉の間からこぼれる木漏れ日を眺めながら、俺は深い満足感とともに息を吐き出した。


「さて、もう少しだけ休んだら、西の商業都市メルトンを目指すか」

 俺の気ままな逃亡生活は、今日も極めて順調だった。


【第17話:完】

 収穫   : 天然の露天風呂、極上のリラックスタイム。

 知識更新 : 温泉上がりのコーヒー牛乳は、異世界でも最強の回復アイテムである。

 現在の気分: 身体が軽すぎて、飛んで行けそうな気分。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ