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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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15話

 西へ向かう街道をのんびりと歩き、王都の喧騒が完全に遠ざかった三日目の午後。

 見晴らしの良い丘の上にテントを張り、俺はクロと一緒に召喚した『ポテトチップス(うすしお味)』と『コーラ』で遅めのティータイムを満喫していた。


『パリッ……むしゃむしゃ。ミツトメ、この薄い芋の揚げ物は悪魔的だな! 黒い炭酸の薬水と合わせると無限に食えるぞ!』

「食べ過ぎると夕飯が入らなくなるぞ」


 のどかな時間だ。戦争の気配など微塵も感じない。俺の求めていた自由なスローライフが、ここにはある。

 だが、そんな平和な午後は、脳内に響いた無機質なアラート音によって打ち砕かれた。


【ナビ:緊急警報。マスター、東方から大規模な熱源が二つ、王都へ向かって進行中です】


「……熱源? どのくらいの規模だ?」


【ナビ:一つ目は魔物の群れ。推定五千体以上のスタンピードです。二つ目は武装した人間群、約二千人。隣国の進軍と推測されます】


 俺は飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。


「おいおい、冗談だろ。いくら王都とはいえ、魔物の大群と軍隊の挟み撃ちなんて、あの都が持つわけないじゃないか」


 俺は空間魔法インベントリから召喚しておいた『双眼鏡』を取り出し、東の地平線に目を凝らした。

 確かに、王都のさらに東側から、天を焦がすような土煙が二筋、もうもうと上がっているのが見える。


【ナビ:おそらく隣国は、魔物の群れを意図的に王都へ誘導し、その混乱に乗じて一気に攻め落とす算段でしょう。盤石だった辺境伯の守りを内側から崩そうとしたのも、すべてはこのための布石だったと考えられます】


「……えげつない手を使うな」


 俺は双眼鏡を下ろし、深く溜息をついた。


 戦争には巻き込まれたくない。俺はただの五十代のおっさんで、Eランクの冒険者だ。あのまま西へ逃げ続ければ、間違うことなく安全で快適な生活が約束されている。


 だが――脳裏に浮かぶのは、一緒にビールを飲んで笑い合ったアレックスの顔や、ギルドの世話焼きな受付嬢ミラさん、給湯器を直して喜んでいた宿屋の主人、そして不器用なほど真面目だった辺境伯の次男ルークの姿だ。

 現代日本人のおっさんとしての血が、見知った場所かおが理不尽に壊されることに対して、静かな怒りを覚えていた。


『ミツトメよ』

 横を見ると、ポテトチップスを食べるのをやめたクロが、黄金色の真剣な目で俺を見上げていた。

『我は悪魔ゆえ、人間がどうなろうと知ったことではない。だが……あの王都には、汝の淹れる美酒の味を知る者がおるのだろう? 飲み仲間が死ぬのは、少しばかり寝覚めが悪いのではないか?』


「……お前、ただのおつまみ泥棒のくせに、たまには良いことを言うな」


 俺はクロの頭を乱暴に撫で回し、残っていたコーラを一気に飲み干した。


「ナビ。俺が今からあの軍勢と魔物の群れに突っ込んだら、どうなる?」


【ナビ:マスターの『身体強化』の相対評価システムが作動します。相手が七千の軍勢であろうと、マスターは『七千の軍勢の総力より少し強いおじさん』としてスケーリングされ、生存が保証されます】


「相変わらず無茶苦茶な仕様だな。……だが、俺が最前線で無双して目立つのは絶対に避けたい。英雄になんてなったら、それこそ過労死するまで国にコキ使われる。

 だから、あくまで『自然災害』か『不幸な事故』に見せかける。俺はただ、通りすがりに少しだけ『土木工事』をしていく通行人だ」


【ナビ:承知しました。ルート上の地形データをスキャン……魔物の群れと隣国の軍勢が合流する手前に、王都へ続く唯一の峡谷があります。ここで迎撃するのが最も効率的です】


「よし。クロ、少しだけ残業していくぞ。特別手当として、今夜は極上のマグロの刺身を出してやる」

『ニャアアアッ! 言ったな! ならば急ぐぞミツトメ!』


 俺はテントを瞬時にインベントリへ回収し、「身体強化」をかけた。

 目的地は東の峡谷。

 風を置き去りにするほどの圧倒的な速度で、俺の身体は弾け飛んだ。


 数十分後。

 峡谷の頂上に到着した俺は、眼下に広がる光景に息を呑んだ。

 峡谷の向こう側から、地鳴りを立てて押し寄せる黒い波。ゴブリン、オーク、凶悪な魔獣たちが、文字通り津波のように王都を目指して狂奔きょうほんしている。

 その後方には、整然と陣形を組んだ隣国の軍勢が続いている。


「すさまじい数だな……」


【ナビ:スタンピードの先頭集団、峡谷への進入まで残り三十秒。マスター、どう『工事』しますか?】


「俺の空間魔法インベントリのレベルは、今いくつだったか?」


【ナビ:日々の収納と展開により、現在はLv.4です。王都冒険者ギルドの建物二つ分ほどの空間容量を確保しています】


「上等だ。なら、この峡谷を『通行止め』にしてやる」

 俺は崖の縁に立ち、右手を眼下の地面に向けてかざした。


空間魔法インベントリ、最大展開――『地盤切削』!」


 俺の魔法は、物を出し入れするだけではない。空間そのものを切り取る力だ。

 俺は峡谷の最も狭くなっている部分の『地面そのもの』を、深さ五十メートル、幅百メートルにわたって、インベントリの中へ強制的に「収納」した。


 ズドォォォォォォンッ!!


 轟音とともに、峡谷の道が完全に消滅した。

 そこに出現したのは、底が見えないほど深く、そそり立つような巨大な『落とし穴(クレバス)』だ。


「ギギャアアアッ!?」

「ブゴォォォォッ!」


 猛スピードで突っ込んできたスタンピードの先頭集団は、急ブレーキも間に合わず、次々とその巨大な裂け目へと雪崩を打って落ちていく。後続の魔物たちも、押し出されるようにして奈落の底へ姿を消した。


 数千の魔物の群れが、文字通り「地面に吸い込まれる」ようにして自滅していく。

 それを見た後方の隣国軍は、大混乱に陥った。


「な、何が起きた!? 峡谷に道がないぞ!」

「魔物の群れが全滅しただと!? バカな、王都の守備隊に作戦が補足されていたというのか!」


 軍の指揮官らしき男が、パニックに陥る兵士たちを怒鳴りつけている。彼らにとって、この巨大なクレバスは、王家の切り札による防衛魔法にしか見えないだろう。


「さて、魔物はおおかた片付いたが……あの軍隊はどうするか」

 殺すのは簡単だが、二千人の死体の山を築くのは寝覚めが悪い。

 俺はインベントリを開き、先ほど「収納」したばかりの、王都冒険者ギルドの建物二つ分に匹敵する『数万トンの岩盤と土砂』に意識を向けた。


「……返すぞ。ただし、上からな」


 俺は峡谷を塞ぐように、敵軍のすぐ目の前の空中にインベントリの入り口を開き、収納した土砂をそのまま「排出」した。


 ドッゴォォォォォォォォォンッ!!!


 天から降ってきた巨大な土砂と岩石の山が、隣国軍の鼻先で地面に激突し、巨大な『壁』となって道を完全に封鎖した。

 土煙が晴れた後、そこには人の力ではどうすることもできない、高さ数十メートルの人工の山がそびえ立っていた。


「ひ、ひぃぃっ! 山が降ってきた!」

「退却! 退却だぁぁっ! 神の怒りだ!」


 戦意を完全に喪失した隣国軍は、武器を放り捨て、蜘蛛の子を散らすように自国へと逃げ帰っていく。

 俺は崖の上でパンパンと手を払い、その様子を見届けていた。


「ふぅ……。ちょっとした土木工事のつもりが、随分と派手になっちまったな」


【ナビ:マスターの空間魔法の応用力には恐れ入ります。敵軍の撤退を確認。王都への脅威は完全に排除されました】


『フハハハ! 痛快なり! 指一本触れずに数千の軍勢を追い払うとは、やはり汝は悪魔に向いておるぞ!』

 クロが肩の上で得意げに笑う。


 俺は足元に転がっていた小石を一つ拾い、谷底へ投げ捨てた。

「人助けなんてガラじゃないが……まぁ、たまにはこういう残業も悪くないさ」


 誰も俺がやったとは知らない。王都の連中は「奇跡が起きた」と大喜びするだろう。それでいい。俺は英雄ではなく、ただの通りすがりのEランク冒険者だ。


「さあ、クロ。仕事は終わりだ。西へ向かうぞ。約束通り、極上の刺身で一杯やろう」

『ニャアアッ! 待っておったぞ! 今日は宴だ!』


 俺たちは背を向け、今度こそ王都の戦乱に背を向けて歩き出した。

 沈みゆく夕日が、おっさんと黒猫の影を長く伸ばしている。俺たちの静かで気ままな旅は、まだまだこれからだ。


【第15話:完】

 収穫   : 王都の平和、残業を終えた後の達成感。

 知識更新 : 空間魔法は最強の土木工事スキルである。

 現在の気分: 冷えたビールと刺身が待ち遠しい。

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