133話 港町の電食と、大王ホタテの極厚バター醤油ステーキ
活気ある商業都市セレスを後にした俺たちは、潮の香りが漂う美しい港町『ポルト』へと到着した。
ここは新大陸でも有数の貿易港で、最近になって頑丈な鉄製の桟橋が新設されたばかりだという。だが、港は活気どころか、どんよりとしたお通夜のような空気に包まれていた。
「ああ、なんてことだ……。完成してまだ一ヶ月も経っていない鉄の柱が、もうボロボロに錆びて崩れ落ちそうじゃないか」
港の組合長が、海に浸かっている桟橋の支柱を見て頭を抱えていた。
「きっと海神様の怒りに触れたんだ! 鉄なんかで海を汚したから、呪いで溶かされているんだ!」
漁師たちも青ざめた顔で震えている。
俺が海面を覗き込むと、確かに太い鉄の柱が、何十年も放置されたかのように赤黒く錆びて、触るだけでボロボロと崩れるほど腐食していた。
『……マスター。この海域に呪いのような呪力は感じられません。ですが、海中から微弱ですが継続的な電流が桟橋に向かって流れているようです』
神の鳥であるシロが、俺の肩にとまりながら、その神聖な眼で海中の異変を見抜いて教えてくれた。
「微弱な電流、ね。……なるほどな。そりゃあ呪いでもなんでもないさ」
俺は腕を組み、組合長たちを振り返った。
「あんたたち、こいつは海神の呪いなんかじゃない。ただの電食だ」
「デンショク? なんだそりゃ?」
「海みたいに塩分を含んだ水の中で、鉄に電気が流れると、化学反応が起きて信じられないくらいのスピードで錆びて溶けるんだ。港湾設備や船のスクリューなんかでも、一番気を使わなきゃいけない厄介な現象だ」
俺たちがボートを出して、シロが電流を感じた海域の海底を覗き込むと……そこには、砂地に半分埋まりながら、パチパチと青白い火花を放ってプランクトンを集めている、タイヤほどもある巨大な二枚貝の姿があった。
「あいつの仕業か。磁力大王ホタテだな。あいつが餌を集めるために出してる微弱な電気が、海水を通して鉄の桟橋に流れ込んで、急激なサビを引き起こしてたってわけだ」
『ニャハハ! デッカい貝だニャ! 網で引き上げるニャ!』
クロが器用に氷の魔法で海水を凍らせてホタテを包み込み、そのままロープで船の上へと引っ張り上げた。見事に極上の海鮮食材の確保だ。
「さて、原因の魔物は退治した。だが、海の中じゃ電流がなくても、違う金属同士が触れ合うだけで自然と電食は起きる。そのための完璧なサビ対策をしてやろう」
俺はインベントリから、銀色に光る四角い金属のブロック――『亜鉛陽極板』と、水中溶接機を取り出した。
「鉄をサビから守るには、鉄よりも『サビやすい金属』をくっつけてやるのが一番なんだ」
俺は潜水具を身につけ、海中にある桟橋の鉄柱の根元に、持ってきた亜鉛ブロックを等間隔で溶接していった。
「これを『犠牲陽極』って呼ぶ。鉄と亜鉛を水の中で繋ぐと、化学反応の性質で、鉄の代わりに亜鉛のほうが優先して溶けていく。つまり、この亜鉛ブロックが身代わりになってくれる限り、鉄の桟橋は絶対にサビないんだよ」
「鉄の身代わりになる金属……! そんな知恵があったとは!」
組合長や漁師たちが、感嘆の声を上げて拍手をしてくれた。
「よし、港の安全も確保したし、お待ちかねの海の幸を堪能するか!」
俺は港の片隅にカセットコンロと極厚の鉄板を用意し、引き上げた磁力大王ホタテの殻をこじ開けた。
中からは、大人の拳よりもまだデカい、透き通るような真珠色の貝柱が姿を現した。
「ホタテは貝柱が命だ。こいつを分厚いステーキにしてやる。だが、貝類は火を通しすぎると一気に硬くなってパサパサになっちまう。だから強火でサッと表面だけを焼くのが鉄則だ」
鉄板をガンガンに熱し、少量の油を引く。そこに塩コショウをした極厚の貝柱を乗せる!
ジューーーーッ!!
表面に綺麗な焼き色がついたらすぐに裏返し、そこでたっぷりのバターを投入する。
「溶けたバターをスプーンで掬って、貝柱の上から何度もかけるんだ。こうすることで、バターの風味をまとわせながら、優しく中まで温めていく」
そして仕上げだ。少しだけ火を弱め、鍋肌から焦がすように『醤油』を回し入れる。
ボワァァァッ!!
バターの濃厚な香りと、焦げた醤油の暴力的なまでの香ばしさが混ざり合い、潮風に乗って港中に広がった。
「完成だ! 特製大王ホタテの極厚バター醤油ステーキだ!」
『ニャアアアッ! 醤油とバターの匂いがたまらないニャ!』
クロが、熱々のホタテステーキにガブリと噛み付いた。
サクッ……プリリィィッ!!
『――――ッッ!! ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!!』
クロの瞳孔が限界まで開き、尻尾がピンと直立する。
『な、なんだこの柔らかさは!? 表面は香ばしいのに、中はほんのりレアで、噛んだ瞬間にホタテの甘いお出汁が大洪水みたいに溢れてくるニャ! そこにバターのコクと醤油のしょっぱさが合わさって、ほっぺたが落ちそうニャァァ!』
シロも嬉しそうに白い羽をパタパタと羽ばたかせながら、小さく切った貝柱を啄む。
『見事な火入れです。中心部をレアに保つことで、ホタテ特有の繊細な甘みと筋繊維のほどけるような食感が完璧に活かされています。海の恵みとバター醤油の相性は、まさに奇跡ですね』
俺も、熱々の貝柱を口に放り込み、すかさず冷やしておいた辛口の白ワインを喉に流し込んだ。
「……っっかぁぁぁ!! うんまァァァッ!!」
サクッとした表面を破ると、中から驚くほど甘いホタテのエキスが溢れ出す。そこに焦がしバター醤油の濃厚な旨味が絡みつき、白ワインの酸味が口の中をさっぱりと洗い流してくれる。
これはもう、無限に酒が飲めてしまう悪魔の食べ物だ。
「プハァッ……! 潮風を感じながら食うホタテのバター醤油焼き、これ以上の贅沢はないな」
港町を悩ませていた謎のサビ現象は、設備屋の防食知識(犠牲陽極)によってあっさりと解決された。
夕日が海をオレンジ色に染める中、俺たちは極上のホタテステーキと白ワインを心ゆくまで堪能し、港町の夜をのんびりと過ごすのだった。
【第133話:完】
収穫: 港の桟橋の防食工事完了、磁力大王ホタテ。
知識更新: 海水に浸かった鉄の腐食を防ぐには、鉄より溶けやすい亜鉛のブロックを取り付けて身代わりにさせるのが現場の基本。ホタテの貝柱は焼きすぎず、表面だけを強火で焼いて中はレアに仕上げるのが最も美味い。
現在の気分: ホタテとバターと醤油。この三つが合わされば、どんな場所でも最高のレストランになる。残った貝柱のヒモの部分は、明日の朝に味噌汁の出汁にしよう。




