131話 温泉街のウォーターハンマーと、鋼殻ガニの極上カニクリームコロッケ
尖塔都市アルタイルを後にした俺たちは、山間からモクモクと白い湯気を上げる温泉街『テルマ』へとやってきた。
長旅の疲れを癒やすには最高のロケーションだ。だが、街の通りを歩いていると、足元の地面や建物の壁から、不気味な轟音が鳴り響いていた。
ガンッ! ……ゴーンッ!!
まるで地下で巨大なハンマーが鉄の管を殴りつけているような、激しい衝撃音だ。
温泉宿の主人が、青ざめた顔で通りに出てきていた。
「おお……なんてことだ。地下の源泉を引いている配管が悲鳴を上げている。大地の精霊が怒って、パイプを内側から叩き割ろうとしているんだ!」
「このままでは、街中の温泉配管が破裂してしまうぞ……!」
『……マスター。地下の配管から、強い衝撃の波が伝わってきます。精霊の怒りなどではなく、純粋な物理的圧力のようです』
白き神の鳥であるシロが、俺の肩でスッと目を細め、透き通るような声で教えてくれた。
その直後、頭の中にナビの無機質な音声が響く。
【ナビ:地下配管内の流体をスキャン。管内を流れる温泉水が急激にせき止められることで、運動エネルギーが圧力へと変換され、激しい衝撃波を生み出しています。重度の水撃現象です】
「なるほどな。配管をガンガン叩いてるのは精霊なんかじゃない。ただの水撃だ」
俺は腕を組み、宿の主人に声をかけた。
「水ってのは、勢いよく流れている時に急にバルブを閉められると、行き場を失った水の力が逃げられず、ハンマーで殴ったような強烈な衝撃波を配管にかけるんだよ。前世の設備工事でも、これで管が破裂する事故がよく起きてたからな」
原因を探るため、俺たちは地下の源泉汲み上げ施設へと向かった。
そこでは、巨大なカニの魔物――熱湯鋼殻ガニが、太い配管のバルブを巨大なハサミでガシャン!ガシャン!と猛スピードで開け閉めして遊んでいたのだ。
「あいつの仕業か! あんな急激にバルブを閉めたら、そりゃウォーターハンマーも起きるわな」
『ニャハハ! 温泉のカニだニャ! 茹で上がって美味しそうニャ!』
バルブで遊んでいた鋼殻ガニが俺たちに気づき、ハサミを振り上げて突進してくる。
『皆の安らぎの場である温泉の配管を遊び道具にするなど、感心しませんね。……神風!』
シロが純白の羽を力強く羽ばたかせると、突風がカニをひっくり返す。
そこへクロが氷の魔法でカニの関節を凍らせ、俺が特大パイプレンチで腹部の柔らかい隙間を的確に打ち抜いて、あっさりと仕留めた。
「よし、魔物は片付いた。あとは配管の処置だな」
俺はインベントリから、小さなタンクのような形をした水撃防止器を取り出し、配管の中継地点に取り付けた。
「こういうのは、水がぶつかる衝撃を吸収するクッションを作ってやるのが一番だ。この装置の中には圧縮された空気が入っていて、急な圧力がかかっても空気が縮んで衝撃を逃がしてくれるんだよ」
アレスターを取り付けると、あれほど激しく鳴り響いていた配管の轟音はピタリと止み、温泉街に静寂と平穏が戻った。
「さて、仕事の後は温泉街で極上のカニ料理といくか!」
俺は宿の厨房を借り、手に入れた熱湯鋼殻ガニを解体した。
茹で上げると、殻の中には信じられないほど太く、甘みの強いカニの身がギッシリと詰まっていた。
「そのまま食っても美味いが、今日はちょっと手間をかけてカニクリームコロッケを作るぞ」
まずは鍋にたっぷりのバターを溶かし、そこに小麦粉を加えて焦がさないように炒める。
「ここが一番のポイントだ。粉っぽさが消えるまで炒めたら、温めた牛乳を少しずつ加えて、ダマにならないように滑らかに練り上げていく。これが基本のベシャメルソース(ホワイトソース)だ」
滑らかなソースの中に、ほぐしたカニの身をこれでもかというほど大量に投入する。隠し味に、カニの旨味が凝縮されたカニ味噌も少しだけ混ぜ込んだ。
『ニャア? ミツトメ、それをすぐに丸めて揚げるのかニャ?』
クロがヨダレを垂らしながら身を乗り出してくるが、俺は首を振った。
「ダメだ。温かくてドロドロのまま油に入れたら、確実に爆発して中身が全部流れ出ちまう。コロッケのタネは、一度冷蔵庫でしっかりと冷やし固めるのが鉄則なんだよ」
俺はインベントリの冷却機能を使い、タネをしっかりと冷やした。
固まったタネを俵型に丸め、小麦粉、卵、パン粉の順に衣をつける。
「中身にはもう火が通ってるから、油の温度は高めの200度。外側の衣がキツネ色になるまで、短時間でサッと揚げるんだ!」
ジュワァァァァッ!!
香ばしい油の音が響き、パン粉がカリッと揚がったところで素早く引き上げる。
「完成だ! 特製熱湯鋼殻ガニの極上カニクリームコロッケだ!」
『ニャアアアッ! 綺麗なキツネ色ニャ!』
クロが、熱々のコロッケにハフハフと噛み付いた。
サクッ……トロォォォッ!!
『――――ッッ!! ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!! アフッ、アチッ、でもウマいニャ!!』
クロの瞳孔が丸くなり、ヒゲがピンと伸びる。
『な、なんだこの食感は!? サックサクの衣を噛み破った瞬間、中から熱々でトロットロのクリームが大洪水みたいに溢れてくるニャ! カニのすっごい甘みと、バターのコクが口の中で爆発してるニャァァ!』
シロも嬉しそうに羽を揺らしながら、小さく割ったコロッケを啄む。
『素晴らしい調理工程です。タネを一度冷やすことで油の中での破裂を防ぎ、高温で短時間揚げることで、見事なサクサク感とトロトロ感のコントラストを生み出していますね』
俺も、熱々のカニクリームコロッケを口に放り込み、すかさずキンキンに冷えたビールを喉に流し込んだ。
「……っっかぁぁぁ!! うんまァァァッ!!」
サクッとした衣の中から、カニの旨味を限界まで吸い込んだベシャメルソースがとろけ出す。火傷しそうなほどの熱さと濃厚なコクを、冷たいビールの炭酸が綺麗に洗い流して、すぐさま次のひと口が欲しくなる。
「プハァッ……! 手間をかけた甲斐があったぜ。温泉上がりのビールとクリームコロッケ、最強の組み合わせだな」
温泉街を恐怖に陥れたウォーターハンマー現象は、設備屋の知識による水撃防止器の設置であっさりと解決された。
湯煙の香りが漂う温泉街の夜、俺たちはサクサクでトロトロのコロッケを心ゆくまで堪能し、長旅の疲れをのんびりと癒やすのだった。
【第131話:完】
収穫: 温泉街の配管トラブル解決、熱湯鋼殻ガニ。
知識更新: 配管から衝撃音が鳴るウォーターハンマー現象は、水撃防止器を取り付けて圧力の逃げ道を作ることで解決する。カニクリームコロッケは、タネを一度しっかり冷やし固め、高温の油で短時間で揚げるのが爆発させない絶対のコツである。
現在の気分: サクサクの衣の中から溢れるカニの旨味。これに冷えたビールがあれば、日頃の現場の疲れなんて一発で吹き飛ぶな。明日はゆっくり朝風呂に入ろう。




