130話 天空の塔の高置水槽と、天空イカの極上肝バター醤油炒め
城塞都市イージスを出発した俺たちは、見上げるほど高い石造りの塔がいくつも立ち並ぶ『尖塔都市アルタイル』へとやってきた。
この街は魔法と建築技術の融合によって、高層マンションのような立体的な暮らしを実現している近代的な都市だ。
だが、街で一番高い中央塔の最上階に向かうと、貴族や役人たちが顔を真っ青にして集まっていた。
「ああ、なんてことだ。蛇口から出る水が、泥臭くて白く濁っている! きっと水源の井戸に、恐ろしい呪いがかけられたに違いない!」
「このままでは街中の水が飲めなくなってしまうぞ!」
彼らがグラスに注いだ水を見ると、確かに細かな浮遊物が混じり、かすかに生臭いような嫌な匂いがした。
『マスター。私の眼で地下の井戸の水源を確認しましたが、呪いや魔力の異常は一切ありません。地下の水はとても清らかです』
白き神の鳥であるシロが、俺の肩にとまりながら静かに、そして美しく澄んだ声で教えてくれた。
「地下の水が綺麗なのに、上の階の蛇口から出る水が汚い。……なるほどな。そりゃあ呪いでもなんでもないさ」
俺は腕を組み、騒いでいる役人たちに声をかけた。
「あんたたち、この塔の上層階に水を送る時、まさか地下から直接ポンプで押し上げてるわけじゃないだろう? 一度、屋上にあるタンクに水を溜めてから、重力で各階に落としてるんじゃないか?」
「え、ええ。その通りです。屋上には巨大な貯水槽がありまして……なぜそれを?」
役人が驚いた顔をする。
「地球で『建物衛生管理技術者(ビル管)』っていう、大型建築物の環境を守る資格の試験勉強をガッツリやったからな。高層ビルの水質悪化トラブルなんて、原因は決まってるんだよ」
俺たちは役人を引き連れて、塔の屋上へと階段を登った。
そこには、家が一軒入りそうなほど巨大な石造りのタンクの高置水槽が設置されていた。
【ナビ:高置水槽の外部をスキャン。上部の点検口の蓋が破損し、外部と完全につながっている状態になっています。内部に生体反応あり】
「やっぱりな。水槽の蓋が壊れて開けっ放しになってる。ここから虫や鳥、あるいは雨水が入り込んで、中で水質が腐敗してるんだ。ビル管の法律じゃ、こういう水槽は『一年に一回以上の清掃と点検』が義務付けられてるんだ」
俺がタンクの上によじ登り、開いたままの点検口から中を覗き込むと――水の中で、巨大な青白い触手がウネウネと蠢いていた。
「なんだこりゃ!? デカいイカだ!」
『ニャアッ!? 水槽の中にイカが泳いでるニャ! こいつが墨や粘液を吐いて、水を汚してたんだニャ!』
それは、空を泳いで移動し、綺麗な水を求めて水槽に潜り込んだ天空イカという魔物だった。
見つかった天空イカが、怒って墨を吐き出そうと触手を振り上げる。
『街の水を汚すなど、神鳥の誇りにかけて許しません。……神風!』
シロが純白の羽を大きく羽ばたかせると、突風が巻き起こり、巨大なイカを水槽の中から見事に空へ吹き飛ばした。
「ナイスだ、シロ! クロ、落ちてくるところを凍らせろ!」
『ニャハハ! 任せるニャ! 氷結陣!』
空中に吹き飛ばされたイカはクロの魔法でガチガチに凍りつき、そのまま屋上の床にドスン!と落下して、ありがたい海鮮?食材へと姿を変えた。
「よし、魔物は退治した。あとは水槽の清掃だ」
俺は水槽内の汚れた水を一度すべて抜き、壁面をブラシで徹底的に磨き上げた。その後、魔力による殺菌浄化を施し、壊れていた点検口の蓋を頑丈な金属製の新品に交換して、完璧に密閉した。
綺麗な水を張り直すと、各階の蛇口からは再び、透き通った美味しい水が出るようになったのだ。
「さて、高置水槽の清掃も終わったし、お待ちかねの打ち上げといくか!」
俺は屋上にカセットコンロと極厚の鉄板を用意し、手に入れた天空イカの解体を始めた。
「イカの身は弾力があって美味いが、酒飲みにとって一番の宝物はこれだ。内臓の肝だよ」
取り出した肝は、パンパンに張って美しい飴色をしている。
イカの胴体は食べやすい輪切りにし、足もぶつ切りにする。
鉄板をガンガンに熱し、そこにバターをたっぷりと落とした。
ジュワァァァァッ!
バターが泡立って溶けたところに、スライスしたニンニクとイカの身を一気に投入する。
「イカは火を通しすぎると硬くなる。強火で一気に炒めるのが鉄則だ!」
イカの色が変わり、プリッとしたところで、あらかじめ醤油と酒で溶いておいたイカの肝の濃厚なペーストを、上からドバーッと回し入れた。
ボワァァァァァッ!!
鉄板の上で肝と醤油が焦げ、バターとニンニクの香りと複雑に絡み合う。
イカ特有の磯の香りと、ワタの圧倒的なコクのある匂いが屋上に爆発し、まるで最高級の居酒屋にいるような錯覚に陥る。
「仕上げに刻みネギを散らして……完成だ! 特製天空イカの極上肝バター醤油炒めだ!」
『ニャアアアッ! すっごく濃厚な匂いがするニャ!』
クロが、ワタのソースがたっぷり絡んだイカの輪切りに噛み付く。
プリィッ……トロォォォッ!!
『――――ッッ!! ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!!』
クロの瞳孔が丸くなり、ヒゲがピンと直立する。
『な、なんだこの旨味の爆弾は!? イカの身はプリップリで甘いのに、このワタのソースが反則ニャ! バターのコクとニンニクの香り、それにワタのほろ苦くて濃厚な旨味が混ざり合って、脳味噌がとろけそうニャァァ!』
シロも嬉しそうに羽を揺らしながら、小さく切ったイカを上品に啄む。
『素晴らしい風味です。イカ自身の肝を使うことで、海鮮の旨味が極限まで高められていますね。バターのまろやかさが、肝のクセを完璧に調和させています』
俺も、ワタが絡みついたイカを口に放り込み、すかさずキンキンに冷えたビールを喉に流し込んだ。
「……っっかぁぁぁ!! うんまァァァッ!!」
噛むたびに弾けるイカの甘み。そして、舌の上にねっとりと残るワタバター醤油の暴力的なまでのコク。
ビールの苦味と炭酸がそれを洗い流した瞬間、もう手が止まらなくなる。無限に酒が消えていく、最強の居酒屋メニューだ。
「プハァッ……! 労働の後のイカのワタ炒めとビール。これ以上の幸せはないな」
高層都市を悩ませた水質トラブルは、建物衛生管理技術者の知識による高置水槽のメンテナンスで綺麗に解決した。
満天の星空が広がる塔の屋上で、俺たちは濃厚なイカの旨味と冷えたビールを、心ゆくまで堪能するのだった。
【第130話:完】
収穫: 高層都市の水質改善、天空イカ。
知識更新: 高層建築物で蛇口の水が汚れたら、水源よりも屋上にある高置水槽の蓋の破損や汚れを疑うべき。一年に一度の清掃点検がビル管の基本。イカは身だけでなく肝をバター醤油で炒めると、酒泥棒の極上ソースになる。
現在の気分: ワタとバターと醤油が焦げる匂い。これだけでビールが飲めるレベルだ。明日は残ったワタソースに白飯を絡めてチャーハンにしよう。




