129話 防壁の零相変流器と今後の貢献、そしてアルマジロ肉の極上煮込みハンバーグ
見渡す限りの荒野を抜け、俺たちは巨大な石組みの城壁に囲まれた城塞都市イージスへと到着した。
だが、門をくぐった途端、街中に鼓膜を劈くようなけたたましい警報のサイレンが鳴り響いた。
「うおっ、なんだ!? 敵の襲撃か?」
『……いえ、マスター。私の神眼で見る限り、街の周囲に魔物の気配はありません。どうやら防衛結界のシステムが誤作動を起こしているようです』
白き神の鳥であるシロが、俺の肩でスッと目を細めて街の魔力網を見渡した。
広場に行くと、結界を管理しているらしい若い技術者が、一枚の羊皮紙を握りしめて頭を抱えていた。
「また誤報だ……! 結界の回路が古くなってるんだ。俺が責任者に昇任してシステムを刷新したいのに、ギルドマスターが昇任試験の『自己推薦書』を受理してくれないから権限がない……!」
ルントと名乗ったその若者は、泣きそうな顔で俺に書き損じの羊皮紙を見せてきた。
そこには『私は結界魔法が得意です』『これまで無遅刻無欠勤で頑張ってきました』といった内容が、長々と書き連ねられている。
俺は羊皮紙を返し、腕を組んで優しく、だがはっきりと口を開いた。
「ルント。お前さんの技術が確かなのはわかるが、これじゃあ突き返されて当然だ。昇任試験や上の立場を目指す時の自己推薦書ってのは、自分の持っているスキルや過去の頑張りを羅列するだけのカタログじゃないんだよ」
「えっ……? じゃあ、何を書けばいいんですか?」
「上の人間が見たいのは、『お前が昇任した後、その立場と権限を使って、今後の組織の未来にどう貢献していくか』という具体的なビジョンだ。今のシステムの欠陥をどう改修し、街の安全やギルドの利益にどう繋げるのか。その『組織への貢献』を明確に約束するのが、本当の自己推薦書なんだ」
ルントはハッとして目を見開いた。
「昇任した後の、組織への貢献……! そうか、俺は自分のアピールばかりで、ギルドや街の未来の話を一つも書いていなかった……!」
「そういうことだ。書き直しの相談には乗ってやるから、まずはそのやかましい警報を止めに行こうぜ」
俺たちはルントの案内で、結界の動力室へと向かった。
巨大な魔力回路の中心には、リング状の魔導具が設置されており、そこから警報が発せられている。
「なるほどな。消防設備士(乙種7類)の知識がドンピシャで生きるぜ。こいつの仕組みは、完全に漏電火災警報器だ」
俺はリング状の魔導具を指差した。
「これは『零相変流器』と同じ働きをしている。結界に送り出す魔力と、戻ってくる魔力が同じ量なら、リングの中の磁界はゼロになって何も起きない。だが、もしどこかで魔力が漏電して外に逃げていると、行きと帰りの量に差が出て、このリングが異常を検知して警報を鳴らすんだ」
つまり、システムの誤作動ではなく、本当にどこかで魔力が漏れているのだ。
俺とシロが回路を辿って城壁の裏側へ回ると、そこには巨大なダンゴムシのような硬い甲殻を持った魔物――魔喰いアルマジロが、結界のケーブルに噛み付いて魔力をチューチューと吸い出していた。
「あいつが漏電の原因か!」
『ニャハハ! 盗み食いは許さないニャ!』
クロが素早く飛び出して氷の魔法でアルマジロの足元を凍らせ、俺が特大パイプレンチで硬い甲殻の隙間を的確に打ち抜いて、あっさりと仕留めた。
魔力漏れが解消され、街に静寂が戻った。
ルントは俺のアドバイスをもとに、「結界の刷新による保守費用の削減と、街の防衛力向上」という『組織への貢献』を軸にした完璧な自己推薦書を書き上げ、無事にチーフへの昇任を勝ち取った。
「さて、俺たちも仕事の後のご褒美といくか」
俺は手に入れたアルマジロの肉を解体した。驚いたことに、その肉質は極上の豚肉と牛肉の中間のような、美しい赤身と上品な脂を持っていた。
「こいつは絶対に挽き肉にして煮込みハンバーグにするのが正解だ」
俺は肉を細かく叩き、パン粉、卵、そして炒めたタマネギとナツメグを加えてしっかりと練り上げる。
空気を抜きながら小判型に整え、熱したフライパンで表面にこんがりと焼き色をつけた。
ジューーーーッ!!
肉が焼ける香ばしい匂いが弾ける。だが、ここで中まで火は通さない。
「肉汁を閉じ込めたら、赤ワイン、トマト、炒めたキノコ、そして濃厚なデミグラスソースを入れた鍋に移す。ここでじっくりと煮込むことで、ソースの旨味とハンバーグの肉汁が溶け合い、信じられないほどの相乗効果を生み出すんだ!」
コトコトと煮込むこと数十分。ソースがトロリと艶を帯びたところで火を止める。
「完成だ。特製魔喰いアルマジロの極上煮込みハンバーグだよ」
『ニャアアアッ! デミグラスソースの匂いがたまらないニャ!』
クロが、熱々のハンバーグに噛み付く。
フワッ……ジュワァァァァッ!!
『――――ッッ!! ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!!』
クロの瞳孔が丸くなり、ヒゲがピンと伸びた。
『な、なんだこの柔らかさは!? 噛まなくても舌の上でホロホロと崩れて、中からお肉の旨味と甘い脂が大洪水みたいに溢れてくるニャ! しかもこのソース! トマトの酸味と赤ワインのコクが、お肉の味を何倍にも美味しくしてるニャァァ!』
シロも嬉しそうに白い羽を羽ばたかせた。
『素晴らしい味わいです。表面を焼き固めてから煮込むことで肉の硬化を防ぎ、ソースと肉汁が見事に調和していますね』
俺も、ソースがたっぷり絡んだハンバーグを口に放り込み、すかさず白飯を掻き込んだ。
「……うん、美味い!」
フワフワの肉から溢れるアルマジロの野性味あふれる旨味を、赤ワインの効いた大人なデミグラスソースが完璧にまとめ上げている。白飯が無限に消えていく最強のおかずだ。
「やっぱり、手間暇かけた煮込み料理は裏切らないな」
防壁の漏電騒動は、消防設備の知識と、少しの人生経験によるアドバイスによって見事に解決された。
活気を取り戻した城塞都市の片隅で、俺たちは極上の煮込みハンバーグと白飯の最強コンボを、心ゆくまで堪能するのだった。
【第129話:完】
収穫: イージスの街の防衛結界修復、魔喰いアルマジロの肉。
知識更新: 昇任や企画の自己推薦書は「自分のスキル」ではなく「今後の組織への具体的な貢献」を書くのが絶対の正解。漏電警報(零相変流器)は、行きと帰りの電流(魔力)の差分を検知する仕組みである。ハンバーグは表面を焼いてから赤ワインソースで煮込むと、肉汁が逃げず極上のフワフワ食感になる。
現在の気分: 煮込みハンバーグのソースをご飯にかける瞬間、俺は世界で一番の幸せ者になれる気がする。若い技術者の未来に乾杯だ。




