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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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13話

 辺境伯家の次男ルークを無事に学園の寮まで送り届け、面倒な貴族のいざこざからようやく解放された。莫大な護衛報酬は「目立つから」という理由で丁重に辞退し、ギルドの規定に準じた報酬だけを受け取って別れた。


「……ふぅ。これでようやく、俺の気ままな一人旅が再開だな」

『うむ! 貴族の飯も美味かったが、やはり縛られるのは我の性に合わん!』


 肩に乗るクロとともに、俺は王都の石畳をのんびりと歩いていた。

 巨大な石造りの建物が並び、活気に満ちた大通りには様々な種族が行き交っている。まずは王都の冒険者ギルドに顔を出し、Eランクの登録更新がてら、街中の簡単な「魔導具のメンテナンス」依頼をいくつかこなした。

 日銭を稼ぎつつ名所を巡る、完璧な観光気分だ。


 夕暮れ時。王都の裏通りを歩いていると、軒先に赤提灯に似た魔導ランプをぶら下げた、いかにも「良さげな」大衆酒場を見つけた。中からは肉の脂が焦げる匂いと、陽気な笑い声が漏れ聞こえてくる。


「今日の締めくくりはここにするか」


 店内は、仕事を終えた職人や冒険者たちでごった返していた。俺とクロはカウンターの隅の席を確保し、適当な串焼きを注文する。

 隣の席には、使い込まれた革鎧を着た、無精髭の体格の良い冒険者が座っていた。


「おっさん、見ない顔だな。新顔かい?」

「ああ、今日王都に着いたばかりのEランクさ。よろしくな」

「Eランクねぇ……その歳の割には、妙に落ち着いてるというか、肝が据わってるように見えるがな。俺はアレックスだ。よろしく頼む」


 気さくに笑うアレックスと杯を交わす。店の樽から注がれたエール(常温のビールのような酒)も悪くないが、丸一日王都を歩き回った五十代の身体は、もっと刺激的なものを求めていた。


「アレックス、良かったら俺の故郷の酒を飲まないか? さっきの奢りの礼だ」

「ほう、そりゃありがたい。強い酒かい?」


 俺はカウンターの陰で、空間魔法と召喚魔法を密かに起動した。インベントリの中にある低級魔石を対価に捧げ、『のど越し爽快、銀色の缶(ロング缶)』を二本、そしてクロ用のおつまみとして『スルメ《あたりめ》』を呼び出す。


 テーブルの下から、銀色に輝く冷たい金属の筒を取り出すと、アレックスは目を丸くした。


「……なんだその金属の筒は。それに、なんでそんなに冷気を放ってやがるんだ?」


 俺は無言でプルタブに指をかけ、引き上げた。

 カシュッ!

 炭酸の弾ける小気味良い音が響く。俺はそれをアレックスのジョッキに注ぎ入れた。黄金色の液体と、純白のきめ細かい泡が完璧な比率で立ち上がる。


「騙されたと思って飲んでみてくれ」


 アレックスはジョッキを手に取り、恐る恐る口をつけた。次の瞬間、彼の喉仏が激しく上下し、ジョッキを一気に半分以上空にしてしまった。


「……っくぁぁぁぁっ!! な、なんだこれは!? 氷結魔法でもかけたみたいにキンキンに冷えてやがる! それにこの喉を刺すような刺激と、苦味の奥にある深いコク……! 王宮の貴族だって、こんな極上の酒は飲んだことがないぞ!」

「気に入ってくれたなら何よりだ」


 俺も自分の缶から直接ビールを煽る。


「……んんっ。やっぱりこれだな」


 疲れた身体の隅々にまで、冷たいアルコールが染み渡っていく。


『ニャガガガガッ! むきぃぃぃっ! なんだこの食べ物は!』


 ふとテーブルの上を見ると、クロが召喚した「あたりめ」と激しい死闘を繰り広げていた。


『噛んでも噛んでも千切れぬぞ! しかし……噛めば噛むほどに、口の中に海のような旨味が溢れ出してくる! 悔しいが美味い! 離さんぞ!』

「丸飲みして喉に詰まらせるなよ」


 イカの干物を両手で抱え込み、必死に噛みちぎろうとする元神様の黒猫。その滑稽な姿に、アレックスも腹を抱えて笑った。


 酒が進み、互いの身の上話を適当に交わしていると、アレックスがふと声を潜めた。


「いやぁ、こいつは本当にすげぇ酒だった。……ところでミツトメさん、王都の観光もいいが、あまり長居はしない方がいいぜ」

「どうしてだ?」

「最近、東の隣国がどうもキナ臭くてな。国境付近で不自然に軍を動かしてるって噂だ。ギルドにも、国からの物資輸送や偵察のキツい依頼が急激に増えてきてる。何かデカい事が起きる前触れかもしれない」


 ……キナ臭い隣国。またしても面倒事のフラグの匂いがする。


「忠告感謝するよ。俺は面倒事が嫌いなタチなんでね、観光が終わったら早々に西へ向かうとするさ」


 アレックスと別れ、俺は店を出た。

 夜の王都は、ガス灯に似た魔導具の光が石畳を照らしている。風が心地よく、ほろ酔い気分で宿へ向かって歩き出した時だった。


【ナビ:マスター、ご機嫌のところ申し訳ありませんが、後方およそ十五メートル。暗がりから二つの熱源が追従しています】


「……またか」


 俺はため息をついた。ルークの件は終わったはずだが、まだ貴族の放った凄腕の暗殺者が残っていたのだろうか。またあの「相対評価」によるインフレバトルをするのは御免だ。

 俺はあえて足早になり、人通りのない暗がりの路地へと逃げ込むふりをした。そして、行き止まりの壁を背にして、追っ手を待ち受ける。

 足音が路地に入ってきた。


「へへっ、行き止まりだぜ、おっさん」


 現れたのは、黒装束の暗殺者……ではなく、安っぽい革の鎧を着て、刃こぼれしたナイフを構えた柄の悪いチンピラ二人組だった。


「さっき酒場でアレックスと飲んでただろ? あの『冷たい魔法の酒』……持ってるだけ全部置いていきな。大人しく出せば命までは取らねぇよ」

「……は?」


 俺は拍子抜けして、思わず間の抜けた声を出してしまった。


「暗殺じゃなくて……ビール狙いのカツアゲかよ」


【ナビ:敵対者の脅威度、極小。】


「助かる。身体強化でうっかり殺しちゃ寝覚めが悪いからな」


 チンピラの一人がナイフを振りかざして飛びかかってきた。

 俺は強化された動体視力でそれをハエが止まるような速度で捉え、軽く身をかわす。そして、すれ違いざまにチンピラの鳩尾みぞおちへ、軽く拳を押し込んだ。


「ごふっ!?」


 カエルのような声を出して、男は白目を剥いて崩れ落ちた。


「なっ、てめぇ……!」


 もう一人が怯みながらもナイフを突き出してくるが、俺はナイフの側面を指先で弾き飛ばし、そのまま男の額にデコピンを一閃した。


「あべっ!」


 二人目のチンピラも、綺麗な弧を描いて地面に転がり、動かなくなった。


「やれやれ。王都の治安はどうなってるんだか」

『フハハ! 我が下僕の出す美酒に目が眩んだ愚か者めが!』


 クロがあたりめをくちゃくちゃと噛みながら、俺の肩で偉そうに笑う。

 その時、路地の入り口からドタドタという慌ただしい足音が聞こえた。


「おい、ミツトメさん! 大丈夫か!」


 現れたのは、アレックスだった。


「アレックス? どうしたんだ、そんなに慌てて」

「酒場を出たあんたを、タチの悪い連中がつけてるのが見えてな。Eランクの新人だって言ってたから、慌てて助太刀しようと追ってきたんだが……」


 アレックスは、足元で泡を吹いて気絶しているチンピラ二人と、涼しい顔で立っている俺を交互に見比べた。

 そして、ゆっくりと剣を鞘に収める。


「……必要なかったみたいだな。ミツトメさん、あんた、ただのEランクじゃないだろ?」

「ただの、ちょっと喧嘩慣れしたEランクさ。酔い覚ましには丁度いい運動だったよ」


 俺が肩をすくめて笑うと、アレックスは呆れたように頭を掻いた。


「ははっ、違いねぇ。あのとんでもない酒を出す手品といい、あんたみたいな面白いおっさんには、久しぶりにお目にかかったぜ」


 隣国の不穏な噂。そして、王都の路地裏でのささやかなトラブル。

 面倒事は避けたいが、こうして誰かと酒を飲み交わし、笑い合える出会いがあるからこそ、旅は面白い。


「さて、宿に戻って飲み直すか。クロ、あたりめはまだ残ってるか?」

『うむ! だが顎が疲れたゆえ、次は柔らかい肉を要求する!』


 ナビの呆れたようなため息が脳内に響く中、俺たちは王都の夜の街へと消えていった。


【第13話:完】

 収穫   : 飲み仲間のアレックス、隣国の不穏な情報。

 知識更新 : 冷えたビールは、時に暗殺者よりも厄介なチンピラを引き寄せる。

 現在の気分: ただのカツアゲで心底ホッとした。

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