12話
翠湖の村を出発し、街道を数日歩いた頃。
俺とクロは、森を抜ける峠道で厄介な場面に出くわした。
『む? ミツトメ、前方から血の匂いと鉄のぶつかる音がするぞ』
「……定番のトラブルってやつか。迂回したいが、道は一本しかないな」
仕方なく歩みを進めると、立派な装飾の施された馬車が、十数人の黒装束に包囲されているのが見えた。馬車の護衛騎士たちは既に半数が倒れ、残った数人も防戦一方だ。
【ナビ:黒装束の男たち、装備の質から見てただの盗賊ではありません。統率の取れた暗殺者の類いかと】
「面倒なことこの上ないな」
関わりたくはないが、見殺しにするほど俺も冷血じゃない。
俺は「身体強化」をオンにし、一息に駆け出した。
四十五歳の身体が、風のような速度で暗殺者たちの背後を取る。
「なっ、何者……ぐはっ!」
手刀を首筋に落とし、次々と気絶させていく。向こうの剣撃はハエが止まるほど遅く見えた。残った数人が慌てて逃走を図ったが、空間魔法を展開して足元の地面ごと「収納」し、転ばせたところを縛り上げた。
馬車の扉が開き、中から美しい金髪の令嬢が震える足で降りてきた。
「あ、あの……助けていただき、なんとお礼を言えば……」
彼女の胸元には、この辺境を治める領主の紋章がある。
【ナビ:ご明察。国境の領土を治める辺境伯家の長女です。深く関わるとフラグが立ちます】
「お礼なんて結構ですよ。ただの通りすがりですから」
俺は名前も告げず、背を向けて猛ダッシュでその場から逃走した。
『おいミツトメ! なぜ逃げる! ああいう貴族からは美味い飯をふんだくれるのだぞ!』
「バカ言え、貴族の陰謀に巻き込まれるのは、気ままな旅で一番避けなきゃいけないトラブルなんだよ!」
――しかし、俺の逃亡劇は次の街であっけなく幕を閉じた。
数日後、辺境伯の領都である大きな街の安宿で、俺がクロに猫缶を与えていると、突然ドアがノックされた。
「先日は危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました。ささ、当主様がお待ちです」
立っていたのは、馬車を護衛していた騎士団長だった。
なぜバレた。
【ナビ:肩に喋る黒猫を乗せた中年男性。目立たないわけがありません。諦めてください、マスター】
拉致されるように連れて行かれた辺境伯邸で、俺は仕方なく夕食を共にすることになった。
しかし、食卓を囲む辺境伯一家は、俺が想像していた「傲慢な貴族」とは正反対の、驚くほど善良な人々だった。
当主は領民の生活を第一に考えるノブレス・オブリージュ《高貴なる者の義務》を体現したような人物で、領地の治政も極めて安定しているという。
「ミツトメ殿、娘の命を救っていただき、本当に感謝する。この恩は必ず報いよう」
「いえ、俺は本当にたまたま通りかかっただけでして……」
俺が苦笑しながら極上のローストビーフを頬張っていると、同席していた辺境伯の次男、ルークが浮かない顔で口を開いた。
「姉上が襲われたのと……僕の婚姻話は関係しているのでしょうか?」
聞けば、辺境伯家の政敵である伯爵家から、ルークと伯爵家の娘との怪しい婚姻話が舞い込んでいるらしい。
ルークは現在、王都の学園に通う学生だ。夏季の休みで領地に帰省しているが、もうすぐ王都へ戻らなければならない。長女が襲われたことで、王都への道中、ルークが命を狙われる可能性が極めて高くなっていた。
「ミツトメ殿。厚顔無恥を承知でお願いしたい。ルークが王都の学園へ戻るまでの間、護衛を引き受けてもらえないだろうか?」
当主に深々と頭を下げられ、長女にも涙ぐんで見つめられる。
前職で「頼まれると断れない」性格のせいで苦労を抱え込んでいた俺の悪い癖が、ここでも発動してしまった。
「……王都までの道中だけ、ですよ」
『ふはは! ミツトメ、これで道中は美味い飯が食い放題だな!』
俺の隣でローストビーフを貪るクロに呆れながら、俺は深い溜息をついた。
数日後。
俺とクロは、ルークが乗る馬車の御者台の隣に座り、王都へと向かう街道を進んでいた。
「ミツトメさん、本当にすみません。僕のせいで面倒なことに……」
「いいさ、乗り掛かった船だ。それに、うちの猫も高級な餌が食えて喜んでいるしな」
その時だった。
【ナビ:マスター、前方および左右の森から複数の熱源が急速接近中。先日の暗殺者とは比較にならない練度です。高レベルの気配遮断を使用しています】
「ルーク、馬車から出るなよ!」
俺が叫んだ直後、森の中から無数の矢と魔法が馬車めがけて降り注いだ。
俺は空間魔法の入り口を広範囲に薄く展開し、飛来する物理攻撃と魔法を全て「収納」して無効化する。
「チッ、防御結界か! 構わん、近接で仕留めろ!」
飛び出してきたのは、全身を魔法具で武装した手練の暗殺者たちだった。その動きは、ギルドで見かけた上位冒険者すら凌駕している。
(……速い。だが)
俺は馬車から飛び降り、「身体強化」のスキルを発動した。
その瞬間、俺の身体が爆発的な力で満たされた。
「遅いな」
俺の拳が、先頭の男の腹部を捉える。男は目を見開き、数十メートル後方の大木まで吹き飛び、木をへし折って気絶した。
「な、なんだあの威力は……!?」
驚愕する暗殺者たちの中へ踏み込む。
俺の動きは、限界を超えて加速していた。相手の剣撃を指先で弾き、手刀一つで鎧ごと粉砕する。
(おかしい。……俺の身体強化って、こんなに出力が高かったか?)
いくら強化しても、俺は五十代の元サラリーマンだ。ここまで圧倒的な戦闘能力は、いくらなんでも異常だ。
三分後。
十人以上の精鋭は、全員が地面に転がり白目を剥いていた。
俺は息一つ切らしていない自分の両手を見つめ、脳内の相棒に問いかけた。
「おい、ナビ。身体強化の出力がおかしいぞ。ゴブリンや猪と戦った時とは、比べ物にならない強さだった」
【ナビ:お答えします。マスターが神様から能力を授かった際、「世界を旅するのに死なない程度の強さ」と願ったことを覚えていますか?】
「ああ、痛いのは嫌だからな」
【ナビ:はい。その『死なない程度(生き残れるくらい)』という概念は、システム上で『相対評価』として処理されています。つまり、マスターの身体能力は固定ではなく、敵対する相手の強さに応じて、自動的に相手のステータスを一定数上回るようにスケーリング《ちょうせい》される仕組みなのです】
「……は?」
俺は呆然とした。
「それってつまり……」
【ナビ:ええ。相手がゴブリンなら『ゴブリンより少し強いおじさん』に。相手が国軍の精鋭なら『国軍の精鋭より少し強いおじさん』になります。仮に魔王と対峙したとしても、マスターは『魔王より少し強いおじさん』として生き残ります。文字通りのチート能力ですね】
『フハハハ! さすが我が下僕! これならどんな刺客が来ようと、安心して昼寝ができるというものだ!』
クロが馬車の屋根から飛び降りてきて、暢気に笑う。
俺は頭を抱えた。
「死なない程度」とは言ったが、そんなインフレ仕様だとは聞いていない。
これでは、敵が強ければ強いほど、俺自身が目立ってしまうではないか。
馬車の中から、ルークが震える声で顔を出した。
「ミ、ミツトメさん……。あなた、一体何者なんですか……!?」
「ただの、気ままな旅人だよ……」
溜息とともに、俺の自由気ままなスローライフは、貴族のドロドロとした陰謀劇の真っ只中へと引きずり込まれていくのだった。
【第12話:完】
収穫 : 暗殺者の拘束、辺境伯のコネクション。
知識更新 : 身体強化は「相手より強くなる」相対評価システムだった。
現在の気分: 激しく帰りたい。




