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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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11話

 湖畔こはんの朝は、心地よい野鳥のさえずりと、テントに当たる柔らかな陽光ようこうで幕を開けた。

 そして何より、俺の腹の上で丸くなっている黒猫、クロのずっしりとした重みが、今日も生きて目覚めたことを実感させてくれる。


「……よく寝たな」

『むニャ……。朝か、ミツトメ。我は腹が減ったぞ』


 いつものように起きてすぐ要求を口にする相棒を撫でながら、俺は大きく背伸びをした。昨晩の最高の焼肉とビールのおかげで、五十代の身体からだに疲労は一切残っていない。

 さて、今日の予定を考えようと、無意識に基礎知識アーカイブを起動した時だった。


 視界の端に展開された緑色のウィンドウが、いつもと違う動きを見せた。


【システムメッセージ】

 実績アチーブメント『理想のスローライフ』の達成を確認。

 基礎知識アーカイブVer.2.0へのアップデートを実行しました。

 拡張機能『ナビゲーション人格』を有効化します。


「……ん? アップデート?」


 俺が戸惑っていると、システム画面の下部に、吹き出しのような新しい枠がポンッと現れた。


【ナビ:おはようございます、マスター。昨晩のアルコール摂取量せっしゅりょうは一般成人の許容量を大きく超えていましたが、二日酔いはないようですね。特製の身体にしてくれた神様に感謝することをお勧めします】


「……は?」


 俺は思わず声を出した。ただの辞書か百科事典だと思っていたスキルが、急に「意志」を持って話しかけてきたのだ。しかも、絶妙に小言くさい。前職で現場の安全管理をチクチク突っついてきた本社の事務員を思わせる口調だ。


『どうしたミツトメ? 朝から呆けた顔をして。まさか、我の朝飯を用意するのを忘れたなどとは言わせんぞ?』

「いや、少し俺の頭の中の『辞書』がうるさくなったみたいでな……」


 俺が眉間を揉んでいると、再びウィンドウが更新された。


【ナビ:失礼な。私はあなたの経験と知識をより効率的にサポートするために発現した拡張機能です。第三者の客観的視点から、あなたの怠惰な生活を全力で肯定しつつ、時々ツッコミを入れさせていただきます】


「……なるほど。相棒がもう一人増えたってわけか。まぁ、便利になるなら歓迎するよ」


 俺は気を取り直し、テントを出た。朝靄あさもやの掛かった湖面は鏡のように穏やかだ。


「昨日は肉だったからな。今朝はあっさりと、この湖で釣りでもして朝飯のオカズにするか」


 俺は空間魔法インベントリの奥底から、かなり初期に召喚して使っていなかった『ルアーフィッシングセット』を取り出した。

 クロが興味津々で足元に擦り寄ってくる。


『ほう! それが汝の狩りの道具か! 棒の先に付いている小魚の偽物、それで美味い魚が獲れるのか!?』

「ああ、ルアーって言うんだ。魔物の肉よりは健全な朝食になるはずさ」


 俺は湖畔に立ち、手首のスナップを利かせてルアーを遠くへ投擲した。ポチャン、と小気味よい音を立てて着水する。


【ナビ:見事なキャスティングです。しかしマスター、この湖の生態系を少し舐めていませんか? 左斜め前方の水面下、巨大な熱源が疑似餌ルアーに接近中です】


「なんだと?」


 俺がルアーを巻き取ろうとした瞬間、釣り竿がひったくられるような猛烈な衝撃に見舞われた。


「うおっ!?」


 ギーーッ! とドラグが悲鳴を上げ、釣り糸が猛スピードで引き出されていく。ただの魚の引きではない。まるで小型トラックでも掛けたような重さだ。


【名称:翠湖すいこの暴れ魚】

 種別: 水棲魔物

 危険度: 中


【ナビ:体長約二メートル。白身で脂が乗っており、ムニエルにすると絶品です。引きずり込まれないよう、身体強化を使用することを推奨します。あと、猫が隣でよだれを垂らしていますよ】


「ムニエルって聞いて逃がす手はないな!」


 俺は下半身に力を込め、身体強化で釣り竿の強度限界ギリギリを保ちながら、一気に糸を巻き上げた。水面が爆発したように割れ、巨大な魚影が宙を舞う。


『ニャアアアッ! でかい! でかいぞミツトメ! あれは我の獲物だ!』

「お前は何もしてないだろうが!」


 空中に躍り出た魚が俺たちに向かって突進してくる。俺は冷静に竿を手放し、小石を頭に投げて絞めたあと、そのまま空間魔法インベントリの「入り口」を空中に広げた。

 ズボッ、という間抜けな音とともに、二メートルの巨体が虚空へと吸い込まれ、完璧に収納された。


【ナビ:相変わらず物理法則を無視した収納ですね。お見事です。しかし朝食にするには、いささかサイズが規格外かと】


「そこは切り分ければいいだけさ」

 俺はインベントリの中で、一番美味しそうな腹身の切り身だけを残すようにし、他の部位と魔石は、そのまま召喚魔法の対価へと回す。


(呼び出すのは……『小麦粉』『有塩バター』『レモン』、それから『フライパン』だ)


 ポコン、と調味料と道具が現れる。

 早速バーナーに火をつけ、バターをたっぷりと溶かしたフライパンに、小麦粉をまぶした切り身を投入する。

 ジュワァァァッ……と、バターの芳醇な香りが弾けた。


『たまらん! たまらんぞミツトメ! この匂いだけで神界の住人が堕天するレベルだ!』

「おおげさな奴だな」


 皮面をパリッと焼き上げ、身はふっくらと仕上げる。最後にレモンを絞れば、湖畔の特大ムニエルの完成だ。


【名称:暴れ魚の黄金ムニエル】

 価値: プライスレス。


【ナビ:完璧な火入れです。マスターの料理スキルは、すでに辺境の宿屋の親父を超えています。さあ、冷めないうちにどうぞ。あ、猫がフライングしようとしています】


「こら、クロ。待て」


 俺は飛びかかろうとしたクロの首根っこを掴み、小皿に取り分けてやった。

 朝の清々しい空気の中、レモンの酸味とバターのコクが絡んだ白身魚を頬張る。


「……んんっ! ほろほろと崩れて、脂の甘みが最っ高だな!」

『はふっ、はむっ! うみゃい! なんだこれは、舌がとろけるぞ!』


 美しい湖を眺めながら、文句無しの朝食を味わう。

 五十代のおっさん、怠惰な黒猫、そして頭の中には皮肉屋のシステム人格。

 一人旅の静寂は失われたかもしれないが、この騒がしくも便利な日常は、悪くない。


【ナビ:食後のコーヒーの召喚コストは、先ほどの余剰対価で足りますよ、マスター。今日も良きスローライフを】


「ああ、頼むよ、相棒」


 俺は少しだけ口角を上げ、新しい「声」の提案に乗ることにした。


【第11話:完】

 収穫: 巨大な魚のムニエル、新しい相棒(システム人格)。

 知識更新: ナビゲーション機能は、少し口うるさいが極めて優秀。

 現在の気分: パーティが賑やかになってきた。

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