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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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126/129

126話 地下都市の悪臭騒動と、岩塩鶏の極上鉄板ガーリックステーキ

 街道を進み、山間の巨大な洞窟を抜けた俺たちは、ドワーフたちが築き上げた壮大な地下都市ジオフロントへと足を踏み入れていた。

 だが、活気あるはずの地下都市のメインストリートは、何やら不穏な空気に包まれていた。いや、空気どころではない。


「……ウッ。なんだこの強烈なニオイは。卵の腐ったような、硫黄と生ゴミが混ざったような悪臭がするぞ」

 俺は思わず鼻をつまんだ。


『ピロロロッ。マスター、大気中の有毒ガス濃度は基準値以下ですが、極めて不快な臭気成分が空間内に滞留しています』

『ニャァァァ……! 鼻が曲がるニャ! こんな臭いところじゃ、ご飯も美味しく食べられないニャ!』

 クロが涙目で顔を前足で覆っている。


 広場にある巨大な酒場に入ると、ドワーフたちがジョッキを叩きつけて大ゲンカをしていた。

「おい錬金術ギルド! お前らの実験室から漏れてくる悪臭のせいで、エールが不味くて飲めねぇんだよ! 立派なスメル(悪臭)ハラスメントだぞ!」

「馬鹿野郎! 俺たちの実験室の排気ファンはフル稼働してる! そっちの酒場の換気が悪いんだろうが!」


 どうやら、地下という密閉空間ゆえに、錬金術や鍛冶の際に出る悪臭が居住区や酒場に流れ込み、深刻なスメハラ問題に発展しているらしい。


「なるほどな。換気扇を回せば空気が綺麗になるってのは、素人の勘違いだ。空気の流れを制御できてない証拠だな」

 俺は腕を組み、酒場の天井にある巨大な換気扇と、通路の構造を見渡した。


「地球で建築物環境衛生管理技術者(ビル管)の資格試験に向けて、大型施設の空気環境や換気力学を嫌ってほど叩き込んだからな。原因は一目瞭然だ」


 俺は喧嘩しているドワーフたちの間に割って入り、壁にある分厚い羊皮紙に簡単な図面を描いた。


「いいか、あんたたち。酒場には客の熱気やタバコの煙を出すために、超強力な『排気ファン』が回ってる。そのせいで、酒場の中は外の通路よりも気圧が低い負圧(ふあつ)の状態になってるんだ」

 ドワーフたちがポカンとした顔で俺の図面を見つめる。


「空気が高いところから低いところへ流れるように、気圧も高い方から低い方へ流れる。つまり、強力に空気を吸い出しているこの酒場が巨大な掃除機になっちまって、通路を伝って錬金術室の悪臭を全部ここに吸い寄せているんだよ!」


「な、なんだって!? じゃあどうすればいいんだ!?」

「簡単だ。気圧のバランスを逆転させる」


 俺はインベントリから工具を取り出し、酒場の換気設備を改造し始めた。

「悪臭を外に出したくない錬金術室は、給気よりも排気を強くして『負圧マイナス』にする。逆に、綺麗な空気を保ちたいこの酒場は、排気よりも外からの新鮮な給気を強くして『正圧プラス』にするんだ!」


 給気ダクトのダンパー(風量調整板)を開き、強力な送風機(給気ファン)を増設して稼働させる。


 ゴォォォォォォッ!!

 酒場の中に、外部から取り込まれた新鮮な空気が勢いよく吹き込んだ。酒場の中が正圧プラスになったことで、入り口の扉を開けても、通路の悪臭が押し返されて一歩も中に入ってこなくなった。


「おおおっ! 臭くない! 錬金術室の悪臭が、見えない壁に弾かれたみたいに入ってこないぞ!」

「これが室圧制御……! まるで魔法じゃないか!」

 ドワーフたちが歓声を上げ、エールの入ったジョッキを掲げて俺を讃えた。


「いやぁ、旅の職人殿! あんたのおかげで、また美味い酒とメシが食える! これは酒場からの奢りだ、最高級の『岩塩鶏(ロックソルトチキン)』を受け取ってくれ!」


 酒場の親父がドン!と樽の上に置いたのは、地下の岩塩鉱脈で育つという、肉自体にほんのりと上質な塩味が染み込んでいる巨大な鶏肉だった。


「よし、こいつはいい肉だ。嫌なニオイが消えた酒場に、今度は俺から食欲を狂わせる最高のニオイを充満させてやるよ」


 俺は岩塩鶏の分厚いモモ肉を切り出し、皮目に細かく切れ目を入れた。

 熱した極厚の鉄板に、鶏の皮目を下にして押し付ける!


 ジューーーーッ!!

 皮から染み出した鶏の脂が鉄板で弾け、香ばしい匂いが弾ける。


「肉に元から極上の塩味がついてるなら、味付けはシンプルかつ暴力的にいく!」

 俺はインベントリから、大量のおろしニンニクとバターを取り出した。


 皮がパリッパリの狐色に焼き上がったところで肉を裏返し、そこにバターの塊とニンニクをドサリと投下する。

 バターがブクブクと泡立ちながら溶け、ニンニクの強烈な香りが地下の酒場全体に爆発的に広がった。


「うおおっ!? なんだこの匂いは!?」

「腹が……さっき飯を食ったばかりなのに、腹の虫が鳴きやがった!」

 ドワーフたちが、仕事の手を止めて全員こちらを凝視している。まさに良い意味でのスメハラだ。


 仕上げに醤油を数滴垂らして焦がす。


「完成だ! 特製岩塩鶏の極上鉄板ガーリックバターステーキだ!」


『ニャアアアッ! もう我慢できないニャ!!』

 クロが、鉄板から直接、熱々の鶏肉に噛み付いた。


 パリィッ……ジュワァァァァッ!!

『――――ッッ!! ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!!』


 クロの瞳孔が限界まで開き、ヒゲがピクピクと震える。

『な、なんだこの皮の音は!? 噛んだ瞬間、パリッパリの皮から強烈なニンニクバターの香りが突き抜けるニャ! そして、プリプリの分厚いお肉から、岩塩のまろやかな塩気と旨味の肉汁が大洪水になって溢れてくるニャァァ!』


 シロも嬉しそうに羽をパタパタさせる。

『ピロロロッ。完璧なメイラード反応です。岩塩鶏が持つ天然のミネラル分が、バターのコクとニンニクのアリシンを見事にまとめ上げ、醤油が後味を上品に引き締めています!』


 俺も、ナイフで切り分けたステーキを口に放り込み、すかさずドワーフの黒ビールをジョッキで流し込んだ。

「……っっかぁぁぁ!! うんまァァァッ!!」


 暴力的なまでのガーリックバターのパンチ力。それに負けない、岩塩鶏の力強い旨味。

 エールの苦味と炭酸が、口の中の脂を綺麗に洗い流し、すぐさま次の一口を強烈に要求してくる。無限ループの完成だ。


「プハァッ……! やっぱ、肉とニンニクの匂いは最高だな」


 悪臭(スメハラ)に悩まされていた地下都市は、建築物環境衛生管理技術者の知識による気圧コントロールで清浄な空気を取り戻した。

 そして今、酒場の中はガーリックバター醤油という世界一幸せな匂いに包まれ、俺たちとドワーフたちの大宴会は夜更けまで続くのだった。


【第126話:完】

 収穫: 地下都市の悪臭問題解決、岩塩鶏のモモ肉。

 知識更新: 悪臭や煙の流入を防ぐには、換気扇を回すだけでなく、綺麗な部屋の給気を強くして「正圧」にし、臭う部屋を「負圧」にする『室圧制御』が必須である。ニンニクとバターと醤油が焦げる匂いは、最強の飯テロである。

 現在の気分: 岩塩が練り込まれたような鶏肉。素材の塩気が美味いから、バターとニンニクの香りが最大限に活きる。ドワーフのエールが進んで仕方がないぜ。

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