117話 底なし泥沼の敷鉄板と、世界樹スパイス香る蓮根の肉詰めチーズ焼き
神の庭の最深部、世界樹の根元での一夜が明け、俺たちは新たな目的地へと向けて出発の準備を整えていた。
「古代竜が住んでる山頂は、東の方向だったな。せっかくだ、来た道を戻るんじゃなく、カルデラの反対側(北西ルート)を突っ切って外へ出ようぜ」
『ピロロロッ。マスター、賛成です。カルデラの北西側は未踏破エリアですので、食材収集にも役立ちます』
『ニャハハ! もっと美味い未知の食材が待ってるかもしれないニャ! 行くニャ!』
世界樹に別れを告げ、俺たちは意気揚々と反対側のルートへと歩き出した。
だが、神の庭は甘くない。第四層から第三層へと差し掛かったところで、俺たちの前に視界の果てまで続く底なしの泥沼地帯が立ちはだかった。
【ナビ:警告。前方の地盤は極度の軟弱地盤でヘドロ状です。水と泥が分離しておらず、足を踏み入れれば自重で数十メートル下まで沈み込む確率が99%です】
「うげっ……。見渡す限りの泥の海じゃないか」
『ニャァァァッ! 我は猫だから泥遊びは嫌いニャ! 足が汚れるニャ!』
クロが泥沼を前にして、あからさまに嫌そうな顔で後ずさりする。
「安心しろ。現場じゃあ、重機すら沈み込むような最悪のぬかるみなんて珍しくもない。こういう時は接地面を広げてやるのが鉄則だ」
俺はインベントリを開き、現場で使う分厚く巨大なプラスチックの板――プラスチック敷板を何十枚も取り出した。
重さ数百キロにもなるそのプラスチック敷板を、身体強化を乗せた腕でヒョイッと持ち上げ、泥沼の上に豪快に敷き詰めていく。
「点で踏めば沈む泥でも、面で荷重を分散させれば、絶対に沈まない強固な道になるんだよ」
泥の上に敷き詰められたプラスチック敷板の道を、俺たちは靴に泥一つ跳ね上げることなく悠々と進んでいく。
だが、そのプラスチック敷板の振動を感知したのか、泥沼の奥からボコボコと巨大な気泡が湧き上がった。
ズバァァァァッ!!
泥を高く跳ね上げ、巨大な大蛇のような魔物が姿を現した。いや、よく見ると蛇ではない。全身が泥に覆われた、丸太のように太い巨大な蓮根だ!
【ナビ:|大魔蓮根《マッドロータス》。泥の中に潜んで獲物を引きずり込むタイプの魔物ですね】
『ニャアッ! 泥を飛ばしてくるニャ! 汚いニャ!』
大魔蓮根が高圧の泥の弾丸を連射してくるが、俺は足元にあった敷プラスチック敷板を一枚蹴り上げ、巨大な盾にして泥弾を完全に防ぎ切った。
「シロ、クロ! 泥ごと凍らせて動きを止めろ!」
『ピロロロッ! 了解! 広域・麻痺の雷撃!』
『ニャハハ! カチコチに凍りつけニャ! 氷結!』
シロの雷が泥の水分を伝って魔物を痺れさせ、クロの氷が沼ごと大魔蓮根を凍結させる。
動けなくなった巨体の根元に、俺は特大パイプレンチをフルスイングで叩き込み、見事に収穫を完了したのだった。
泥沼を渡りきった第三層の森の安全地帯で、俺は早速、手に入れた『大魔蓮根』を綺麗に水洗いした。
丸太のように太いそれは、普通の蓮根と同じように複数の穴が空いているが、ツヤツヤと輝いて信じられないほど美味そうだ。
「よし、ちょうどいい。昨日、世界樹からもらった『特級スパイス』の試し切りといこうぜ」
俺はインベントリから、鋼羽鴨の余った肉と豚肉を混ぜ合わせて包丁で細かく叩き、極上の合い挽きミンチを作った。
そこに、玉ねぎのみじん切り、塩コショウ、そして――世界樹の桂皮を削って練り込む!
フワァッ……!
スパイスを混ぜた瞬間、シナモンや八角のような高貴で甘く、スパイシーな香りが爆発し、生肉の獣臭さを一瞬で完全に消し去った。
「こいつはすげぇ香りだ。……このスパイス肉を、分厚く輪切りにした大魔蓮根の『穴』に、空気を抜きながらギュウギュウに詰め込んでいく!」
両面に小麦粉を軽くはたき、油を引いた鉄板でこんがりと焼き上げる。
ジューーーーッ!!
蓮根が香ばしい狐色になり、中の肉汁がジュワジュワと湧き出してきたところで、ひっくり返す。味の決め手は、醤油、みりん、酒で作った甘辛い和風のタレだ。
鉄板にタレを回し入れると、スパイスの香りと醤油の焦げる匂いが神の庭に響き渡った。
「そして、仕上げだ。スーパーでもよく見かける『加熱用チーズ』を、肉の上にたっぷりと乗せる!」
加熱用チーズは、そのまま食べるのには向かないが、しっかり火を通すことで驚くほどトロトロに溶け、食材同士を絡める最高の接着剤になる。
蓋をして数十秒蒸し焼きにし、チーズが完全に溶け落ちたところで火を止めた。
「完成だ! 特製『大魔蓮根の肉詰め世界樹スパイスととろけるチーズ焼き』だ!」
『ニャアアアッ! チーズが! チーズが滝みたいに流れてるニャ!』
クロがたまらず、熱々の蓮根に噛み付いた。
シャキィィッ、ジュワァァァァッ!!
『――――ッッ!! ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!!』
クロの瞳孔が限界まで開き、全身の毛がブワッ!と逆立った。
『な、なんだこの歯応え!? 泥の中にいたとは思えないくらい、蓮根がシャキシャキで甘いニャ! そして穴の中から、暴力的なまでの肉汁が爆発するニャ!』
クロが狂ったようにハフハフと咀嚼する。
『肉の脂を、世界樹のスパイスの高貴な香りが完璧に包み込んで、無限に食える美味さに昇華させてるニャ! さらにこの……熱でトロトロになったチーズと甘辛い醤油ダレが、蓮根と肉を口の中で一つにまとめ上げているニャァァ!』
『ピロロロッ! 見事な構造です! 蓮根の穴が肉汁の流出を防ぐ器となり、加熱用チーズの粘度が旨味を完全に閉じ込めています!』
俺も、とろけるチーズが絡んだ蓮根の肉詰めを口に放り込んだ。
「……っっかぁぁぁ!! うんまァァァッ!!」
シャキッとした食感の直後に来る、圧倒的な肉の旨味。そして鼻を抜ける世界樹のスパイスの香りが、料理を三ツ星レストランのメインディッシュのような気品ある味に引き上げている。
「こりゃあ、白飯もビールも止まらねぇぞ……!」
極上の蓮根の肉詰めでスタミナを完全に回復した俺たちは、その後、残る第三層の森を踏破した。
「さて、次の階層はどんな美味いもんがあるのか?油断せずに行くぞ」
『ニャハハ! どこまでもついていくニャ! ミツトメの飯がある限りニャ!』
世界樹のスパイスと謎の種をポケットに忍ばせ、四十代の設備屋と二柱の神様は、新たな階層へと力強く足を踏み出していくのだった。
【第117話:完】
収穫: カルデラ北西ルート第三層の踏破、大魔蓮根。
知識更新: 底なしの泥沼には敷プラスチック敷板で荷重を分散させれば安全な道ができる。加熱用チーズはしっかり熱を通すことで、肉と野菜を繋ぐ極上のソース兼接着剤に化ける。
現在の気分: 蓮根のシャキシャキ感と肉汁のコンボに、チーズの反則的なコク。これにスパイスの香りが加われば、もはや無敵のオカズだ。




