116話 インフラの大元世界樹の思念と、新たなるクエスト
神の庭の最深部。
極上の豚肩ロースの叉焼と冷えたビールで、古代竜のオカンや仔ドラゴンと共に大宴会を繰り広げた俺たちは、すっかり満腹になって夜風に当たっていた。
古代竜の親子は「良い夜食であった」と満足げにカルデラの空へと帰っていき、クロも腹を出して焚き火のそばで大いびきをかいている。
「ふぅ……。現場の後の宴会ってのは、どうしてこう最高なんだろうな」
俺が残りのビールを煽り、世界樹の幹に打ち込んだ銅製の採取口を片付けようと立ち上がった、その時だった。
パァァァァッ……!
突如、世界樹の巨大な幹から漏れ出していた黄金色の魔力が一箇所に収束し、眩い光を放ち始めた。
光はゆっくりと人の形を構成し、やがて、透き通るような緑色の髪と、神秘的な衣を纏った『絶世の美女』の姿となって、俺の目の前にフワリと降り立った。
「……世界の浄化と調整を行っているこの私に傷をつけるとは、愚かな。世界を滅ぼそうというのか?……」
美女は、周囲の空気を凍りつかせるような絶対的な威圧感を放ちながら、冷酷な声でそう告げた。
(ヤ、ヤバい……!!)
俺の背筋に、尋常ではない冷や汗が噴き出した。
前世で言うところの、水道局のメインパイプや、変電所の大元ケーブルを無断で傷つけてしまったようなものだ。ただの器物破損では済まない。世界のインフラの大元みたいな物を傷つけちまったんだ、下手すりゃ世界規模の損害賠償が来る……!
俺が土下座の準備(職人の基本)に入ろうとした、その瞬間。
「なーんてね。このくらいの傷ではびくともしないわよ」
美女――世界樹の思念は、突然コロリと態度を変え、イタズラっぽくウィンクをした。
「そ、それで? 私の身体をキズモノにして得られた液体は、おいしかった?」
どこか妖艶で、からかうようなその響き。
だが、インフラを司る存在に逆らうのは設備屋として下策の極みだ。俺は即座に直立不動になり、頭を下げた。
「すいません。勘弁してください。何かご要望がございましたら、賜りますので」
平身低頭。これが現場で元請けの機嫌を損ねないための最強の呪文だ。
すると、世界樹の思念は俺の顔を覗き込み、『……にやぁ』と、まるでクロのような悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「良い心がけです。あなたのような人を待っていたのよ。あなたは他の世界から来ているから、この世界の濃密な魔素にあてられても問題ないからこそ、頼めるのよね」
世界樹はそう言うと、黄金の魔力を練り上げ、俺の手のひらに『どんぐりのような小さな種』をコロンと数個落とした。
「この種たちを、指定した場所に埋めてほしいのよ。埋めるだけで大丈夫だから。よろしくね。とっても面倒な案件だから、報酬を追加であげるわ。じゃあ、よろしく」
俺が返事をする間もなく、世界樹の思念は「ふふっ」と微笑むと、光の粒子となって再び巨大な幹の中へと溶けて消えてしまった。
あとに残されたのは、小さな種数個と、足元に置かれた『追加の報酬』らしき古びた木箱だけだ。
『ピロロロロ……』
空中で硬直していたシロが、俺の肩にパタパタと降り立ってきて、深く頭を下げた。
『マスター、すいません。私が世界樹に呼ばれてこの地へ来たのですが、まさかマスターにこのような頼み事をするためだったとは……』
「気にするな。神様(元請け)の無茶振りなんて、現場じゃ日常茶飯事だ」
俺は肩をすくめて種をポケットにしまった。
『世界樹の思念はめったに人前に現れることはありません。直接頼むということは、世界にとって間違いなく必要なことだと思います。旅のついででよろしいので、どうかお願いいたします』
シロが真面目な声で懇願してくる。
【ナビ:種を埋める場所の座標を全て取得しました。一番近くの場所でも現在の位置よりかなり離れた地です。旅の途中で近くなったらご連絡いたします】
「了解だ。まぁ、のんびり世界を回りながら、タイミングを見て埋めに行くとしようぜ」
俺は足元に置かれた『追加の報酬』の木箱を開けてみた。
中にはいろいろ入っていたが特に目を引いたのは、世界樹の樹皮の欠片のようなもの……、そこからは、シナモンや八角にも似た、とてつもなく芳醇で甘くスパイシーな香りが漂っていた。
「こいつは……『世界樹の桂皮』か。……へっ、面倒な案件を押し付けてきた割には、俺の好みをわかってやがる」
神の庭の最深部で、俺は香辛料の入った木箱と小さな種をインベントリにしまい込んだ。
世界のインフラの大元からの、極秘の配管工事……じゃなくて、植林依頼。四十代の設備屋の気ままな旅は、新たな目的地を手に入れ、まだまだ続いていく。
【第116話:完】
収穫: 世界樹の種、世界樹の特級スパイス。
知識更新: 世界のインフラの大元である世界樹は意外とノリが軽く、キズモノにした扱いしてくる。そして異世界人は、この世界の魔素に対する完全な耐性を持っているらしい。
現在の気分: キズモノにしただなんて人聞きの悪い。だが、あのスパイスで豚肉の角煮を作ったら、絶対に美味いだろうな。気長に次の現場を目指すとするか。




