115話 世界樹の配管工事と、神のシロップが照り輝く極上豚肩ロースの叉焼
神の庭の最深部、第四層。
そこには、周囲の景色とは完全にスケールが異なる、圧倒的な威容がそびえ立っていた。
「……こいつはすげぇ。見上げても、枝の先が雲に隠れて見えない」
俺たちはついに、この世界の魔力の源泉とも言える巨大な木――『世界樹』の根元へと到達した。
幹の太さはちょっとした街一つ分ほどもあり、樹皮の隙間からは、淡い黄金色の魔力の光が脈打つように漏れ出している。
『ピロロロッ。マスター、到着しました。ここが神の庭の中心位置であり、世界の魔素流脈の中心です』
『ニャアアアッ! ミツトメ、なんかこの木からすっごく甘くていい匂いがするニャ! 爪で引っ掻いて中身を舐めるニャ!』
クロがヨダレを垂らしながら、世界樹の巨大な幹に向かって飛びかかろうとする。
俺は慌ててクロの首根っこを掴んで引き戻した。
「バカ! こんな神聖な木を傷つけたら、あの古代竜のオカンがガチギレして飛んでくるぞ! プリンの比じゃねぇ雷が落ちるぞ!」
『ニャッ……! 確かにあのオカンは怖かったニャ……。でも、美味そうな匂いがするんだニャ……』
「ああ、わかる。樹皮の奥を流れる『樹液』の匂いだな」
俺は世界樹の幹に耳を当て、その内部を流れる液体の音を探った。
「地球にも『サトウカエデの樹液』ってのがあるが、こいつは桁違いだ。純粋な生命力と糖分が結晶化した、究極のシロップがこの中を流れてる」
俺はインベントリから、電動ドリルと、細い純銅製の配管パイプ、そして小型バルブを取り出した。
「木を切り倒したり、斧で傷つけたりするのは三流だ。設備屋なら、樹木へのダメージを最小限に抑えつつ、必要な分だけを的確に抜き取る『配管工事』でいただくぜ」
俺はドリルで樹皮にピンポイントで小さな穴を開け、そこに自作の銅製の採取口を打ち込み、隙間を専用のパテで完全にシーリングした。
そして、バルブをゆっくりと捻る。
ポタッ……トクトクトクッ……。
バルブの先から、まるで液体の黄金のような、輝く樹液がカップに注がれ始めた。
「よし、採取成功だ。ちょっと舐めてみろ」
俺が樹液をクロの口に一滴垂らすと、クロは全身の毛を逆立ててフリーズした。
『……ッッ!? ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!! なんだこの甘さは!? 砂糖みたいにベタベタしてないのに、脳髄の芯まで届くような深く澄んだ甘味と、花の香りがするニャァァ!』
「さぁ、この『神のシロップ』を使って、世界樹到達記念の最強の肉料理を作るぞ!」
「究極の甘みには、圧倒的な脂の旨味をぶつけるのが料理の鉄則だ」
俺はインベントリの奥底で大切に氷温保存しておいた秘蔵の食材――豚肩ロースブロックを取り出した。
赤身の中に、美しい網目状の脂身がたっぷりと入り込んだ、極上の部位だ。
「肩ロースブロックは、そのまま煮ると形が崩れてパサつく。まずはこいつをタコ糸でギュッと縛り上げ、肉の繊維を固定するんだ」
現場の結束作業の要領で、豚肩ロースブロックを美しい円筒形に縛り上げる。
そして、熱した極厚の鉄板で、ブロック肉の表面を全面くまなく焼き付ける。
ジューーーーッ!!
豚の脂が溶け出し、表面がカリッと香ばしい狐色に変わる。
「表面を焼き固めて肉汁を閉じ込めたら、鍋の出番だ」
大きなダッチオーブンに肉を移し、醤油、酒、おろしニンニク、おろし生姜をたっぷりと入れる。
そして、味の根幹となる『世界樹の樹液』を、惜しげもなくドバドバと注ぎ込んだ!
「あとは蓋をして、じっくりと煮詰めるだけだ」
火にかけること一時間。
鍋の中でシロップと醤油が煮詰まり、カラメルのように粘り気を帯びてくる。
俺は蓋を開け、照り輝く黄金色のタレを、お玉で何度も何度もブロック肉の表面に回しかけた。
ジュワァァァァッ! ボワァァァッ!!
世界樹のシロップが焦げる甘く暴力的な匂いと、豚肩ロースの強烈な動物性の脂の匂いが混ざり合い、神の庭の静寂を完全に打ち破る。
「完成だ! 特製『世界樹の神シロップが照り輝く、極上豚肩ロースの叉焼』だ!」
タコ糸を外し、包丁を入れる。
スッ……。
分厚く切った断面からは、溢れんばかりの肉汁が輝き、外側にはシロップと醤油が焦げた真っ黒で極上の照りが層を作っていた。
「さぁ、食え!」
俺が切り分けた厚切りのチャーシューを皿に乗せると、クロがそのまま顔を突っ込んだ。
『ニャムッ! ……ッッ!? ギュムッ、トロォォォッ!!』
クロの瞳孔が限界まで開き、シッポがビーン!と直立した。
『な、なんだこの肉は!? 分厚いのに、歯を立てた瞬間に脂がトロットロに溶けてなくなるニャ! そして、外側に絡みついた世界樹のシロップの甘さと醤油の塩気が、豚の脂の旨味を宇宙の果てまで引き上げているニャァァ!』
『ピロロロッ! 素晴らしいです! 世界樹の魔力がシロップの糖分を通じて豚肉の細胞に行き渡り、肉質を究極の柔らかさに変化させています! 神の庭の魔力と、豚肩ロースブロックの完璧な融合です!』
俺も、分厚いチャーシューを一枚口に放り込み、すかさずインベントリから取り出したキンキンに冷えたジョッキのビールを流し込んだ。
「……っっかぁぁぁ!! うんまァァァッ!!」
豚肩ロースの濃厚な赤身の味と、とろける脂身。それを世界樹のシロップの神秘的な甘さが包み込み、決してクドくならない無限の食欲を掻き立てる。
ビールの炭酸と苦味が、口の中の甘辛い脂を洗い流し、次の一口を強烈に要求してきた。
「プハァッ……最高だ。この味なら、どんな過酷な現場の疲れも一瞬で吹き飛ぶぜ」
俺たちがビールとチャーシューの無限ループに溺れていると、上空から『バサバサッ!』と巨大な羽音が聞こえ、見覚えのある古代竜のオカン(人化モード)と仔ドラゴンが降り立ってきた。
『……世界樹を傷つけて樹液を抜くとは、いい度胸をしているな、人間』
『キュピピィィッ!』
古代竜がジロリと俺を睨むが、その視線は完全に俺の手元にあるチャーシューの皿に釘付けになっていた。
「木が傷まないように抜いたから大丈夫だと思うが。あとで樹木用の薬も塗っておくよ……それより、これ食うか? プリンとはまた違った、究極の甘辛だぜ」
俺が厚切りのチャーシューを差し出すと、古代竜のオカンは「……仕方ない、味見だけしてやろう」と言いながら、一瞬で平らげてしまった。
そして、その美味さに目を見開き、無言で自分からジョッキにビールを注いでいた。
かくして、四つの層を越えた『神の庭』の探索は、世界樹の根元で開催された「神と竜と人の宴会」という、最高に騒がしくも美味い形で幕を閉じるのだった。
【第115話:完】
収穫: 世界樹への到達、世界樹の樹液という究極のシロップの獲得。
知識更新: 樹液の採取は、樹木へのダメージを最小限に抑える配管技術のタッピングとバルブが最適。豚肩ロースブロックはタコ糸で縛り、極上の糖分で照り焼きにすると最強の叉焼になる。
現在の気分: 世界樹の根元で食う豚肩ロースの叉焼。この脂とシロップの甘辛さは、ビールどころか世界を救える気がしてくる。さて、次はどんな美味いもんを探しに行くか。




