114話 鋼棘の密林の水圧切断と、極厚鴨ロースの皮パリロースト
熱湯の川とマグマ蟹の脅威(第二層)を越え、俺たちは神の庭のさらに深部――第三層へと足を踏み入れた。
だが、そこは今まで以上に厄介な、完全なる物理的行き止まりだった。
【ナビ:前方のルートが完全に封鎖されています。巨大な|鋼棘蔦《メタルソーン》の密林です】
谷を埋め尽くすように群生しているのは、黒光りする金属のような質感を持った無数の太いツル植物だった。表面には鋭い棘がびっしりと生え揃い、まるで巨大な有刺鉄線のバリケードのようになっている。
『ニャアッ! こんな草、我の爪で引き裂いてやるニャ!』
クロが飛びかかり、鋭い氷の爪でツルを切り裂こうとしたが……。
ガキィィィッ!!
『ニャッ!? 爪が弾かれたニャ! こいつ、鋼みたいに硬いぞ!』
【ナビ:鋼棘蔦の成分をスキャン。極めて密度の高い金属繊維を含有。さらに魔法攻撃に対しては魔力を吸収して急速再生する『対魔力・自己修復機能』を備えています】
「魔法で焼くことも凍らせることもできず、物理的な刃物は硬すぎて刃こぼれするってわけか。いかにも神の庭の防衛設備らしいな」
俺は腕を組み、密林を見上げてニヤリと笑った。
「だがな、刃物が通らないくらい硬い素材を切断するなんて、現場じゃ日常茶飯事なんだよ。魔法がダメなら、ただの物理的な水で切り裂いてやる」
俺はインベントリから、巨大な高圧ポンプと、先の尖った特殊なノズルがついたホースを取り出した。ポンプの吸水ホースを、近くを流れる小川に放り込む。
「ウォータージェットカッターだ。水を極限まで加圧し、ノズルの先端から音速の数倍のスピードで噴射する。ただの水でも、超高圧で一点に集中させれば、鉄板だろうが分厚いコンクリートだろうが、摩擦熱を一切出さずにバターみたいにスッパリ切れるんだよ!」
ポンプのエンジンを全開にし、ノズルのトリガーを引く。
シュラァァァァァァッ!!!
目にも留まらぬ超高圧の水流が、細いレーザーのようになって鋼棘蔦に直撃する。
物理的な刃でも魔法でもない純粋な水圧の暴力の前に、ツルの自己修復機能も追いつかず、分厚い金属繊維の束がスパスパと音を立てて切断されていく。
「よし! 道が開けたぞ!」
俺たちは、切り拓かれたバリケードの隙間を悠々と通り抜けていった。
密林を抜けた先、開けた泉のほとりで、俺たちは格好の獲物に遭遇した。
『鋼羽鴨』。ツルの新芽を食べて育つ、丸々と太った巨大な鴨の魔物だ。
クロが水流で切断されたツルに足を取られて転んだ鴨を素早く仕留め、俺の前に意気揚々と運んできた。
「でかしたぞクロ! しかもこいつ、飛べない代わりにロースの脂の乗りが異常だ。最高のディナーになるぜ!」
俺は手早く鴨を解体し、分厚い極上の胸肉を取り出した。
皮と身の間には、真っ白で分厚い極上の脂身が層になっている。
「いいか。鴨肉のロースを焼く時、絶対に熱したフライパンに乗せちゃいけない」
『ピロロロッ? マスター、ステーキの基本は高温で表面を焼き固めることでは?』
シロが不思議そうに首を傾げる。
「それは牛や豚の話だ。鴨の分厚い皮下脂肪をいきなり高温で焼くと、身が急激に縮んで硬くなり、脂が抜けきらずにブヨブヨの食感になっちまうんだよ」
俺は、鴨の皮目に浅く格子状の切れ込みを入れ、火のついていない、冷たいフライパンに皮を下にして置いた。
そこから、極めて弱い弱火にかける。
ジクジク……パチッ、パチパチ……。
フライパンが温まるにつれ、鴨の皮から透明で美しい脂がゆっくり、ゆっくりと溶け出し、フライパンの底に溜まっていく。
「こうやって自分の脂で自分を揚げるように、じっくりと皮を焼くんだ。余分な脂を出し切りながら、皮を極限まで薄く、パリッパリに仕上げる!」
15分後。狐色に焼き上がった皮面を返し、身の方はサッと数十秒だけ火を通す。
そしてすぐにフライパンから取り出し、アルミホイルで二重に包んだ。
「ここで休ませる。表面の熱をじんわりと中心に伝え、綺麗なピンク色のミディアム・レアに仕上げるんだ」
肉を休ませている間に、ソース作りだ。
鴨の脂がたっぷりと残ったフライパンに、森で採集した酸味のある野イチゴを潰して入れ、醤油、赤ワイン、そしてハチミツを加えて軽く煮詰める。
「鴨の脂と、ベリーの酸味、そして醤油のコク。これがフレンチと和食の融合した最強のソースだ」
ホイルを開き、鴨ロースを包丁で薄くスライスする。
「おおっ……」
思わず俺の口から感嘆の声が漏れた。外の皮は北京ダックのようにパリパリで、中の身はまるでルビーのように美しい、完璧なピンク色に仕上がっていた。
皿に並べ、上から艶やかなベリー醤油ソースを回しかける。
「完成だ! 特製極厚鴨ロースの皮パリロースト、森のベリー醤油ソースだ!」
『ニャアアアッ! 我慢できないニャ!』
クロがスライスされた鴨肉を数枚まとめて口に放り込む。
サクッ……ジュワァァァァッ!!
『――――ッッ!! ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!!』
クロの瞳孔が限界まで開き、シッポがビーン!と直立した。
『な、なんだこの皮の食感!? サクサクと音を立てて砕けた瞬間、中からルビー色の身の強烈な血の旨味と、上品で甘い脂が爆発するニャ! しかも、このソース! 甘酸っぱいベリーと醤油が、鴨の濃い脂を完璧にリセットして、永遠に食い続けられるニャァァ!!』
『ピロロロッ! 完璧なローストです! タンパク質が硬化するギリギリの温度帯を維持したことで、肉質が驚くほど滑らかです! お見事なコールドスタート技術ですね!』
俺も、鴨肉を一枚口に放り込み、すかさずインベントリから取り出した重めの赤ワインを流し込んだ。
「……っっかぁぁぁ!! うんまァァァッ!!」
鴨の力強い旨味と赤ワインのタンニンが、口の中で完璧なマリアージュを引き起こす。
甘酸っぱいソースの香りが鼻を抜け、原始の森の静寂の中に、たまらない多幸感が広がっていった。
「プハァッ……最高だ。これで第三層もクリアだな」
俺が赤ワインのグラスを傾けながら夜空を見上げると、木々の隙間から、カルデラの中央にそびえ立つ『世界樹』の巨大な幹が、すぐ目の前にまで迫っているのが見えた。
「いよいよ明日、神の庭の最深部……世界樹の足元に到達だ」
極上の鴨ロースと赤ワインで英気を養った俺たちは、いよいよ迫る最終目的地に向けて、静かに闘志と食欲を燃やすのだった。
【第114話:完】
収穫: カルデラ第三層の突破、鋼羽鴨の極上ロース肉。
知識更新: 硬すぎる障害物は、高圧のウォータージェットカッターで切断可能。分厚い鴨の胸肉は、冷たいフライパンから弱火でじっくり脂を出しするコールドスタート、ホイルで休ませることで最高のミディアム・レアになる。
現在の気分: 鴨肉に甘酸っぱいベリーのソース。フレンチの定番だが、これに醤油を足すだけで日本人のDNAを直接殴りつける最強のツマミに化ける。ワインが空っぽだ。




