113話 沸騰河川の仮設足場と、マグマ蟹の禁断のバター醤油甲羅焼き
巨大キノコの森(第一層)を抜け、世界樹へと続く神の庭のさらに奥深く――第二層へと足を踏み入れた俺たちは、吹き上がる強烈な熱気と白い湯気に顔をしかめていた。
【ナビ:外気温が急上昇しています。前方に広大な地熱地帯であるカルデラ特有の火山活動エリアを確認しました】
視界を覆う湯気が風で晴れると、そこには幅数十メートルにも及ぶ、ボコボコと煮え滾る熱湯の川が立ち塞がっていた。
「なるほど、温泉郷の源泉も真っ青の沸騰河川か。泳いで渡るのは絶対に無理だな」
【ナビ:警告。川の温度は摂氏98度。さらに水中に巨大な熱源反応を複数検知。甲殻類の魔物『溶岩蟹』の群れです】
ナビの警告と同時に、熱湯の川の中から、軽自動車ほどもある巨大な蟹が姿を現した。
その甲羅は、高温の環境に適応しているせいか、生来ている状態からすでに真っ赤に茹で上がったような色をしている。
『ニャアッ! 茹でガニが川を泳いでるニャ! 美味そうだけど、あんな熱湯の中じゃ手が出せないニャ!』
クロが岸辺でジタバタと地団駄を踏む。
「慌てるな。川が熱くて入れないなら、安全に渡れる道を作ればいいだけだ。現場の基本中の基本を見せてやる」
俺はインベントリを開き、前世の建築現場で腐るほど扱ってきた資材――大量の鉄パイプと、接続金具を取り出した。
「橋がないなら、仮設足場を組む! いくぞ!」
俺は川岸の岩盤にパイプの土台を固定し、そこから川の上空へとパイプを伸ばしていく。
パイプ同士を交差させ、クランプを噛ませては、腰に下げたシノ付きラチェットレンチで、ガチャガチャッと猛烈なスピードでボルトを締め上げていく。
「三角形の骨組みを連続させれば、細いパイプでも驚異的な強度を生み出せる。熱湯の川の上に、絶対安全な空中回廊の完成だ!」
ものの十数分で、沸騰する川を跨ぐ頑丈な鉄パイプの仮設橋が組み上がった。
俺たちが橋を渡り始めると、獲物を逃すまいと巨大な溶岩蟹がハサミを振り上げて橋に襲いかかってきた。
「シロ、クロ! 橋を壊される前に甲羅を狙え!」
『ピロロロッ! 了解! ピンポイント雷撃!』
『ニャハハ! 茹でガニは大人しく食われるニャ! 氷結魔法!』
シロの雷が蟹の動きを止め、クロの氷が巨大なハサミを封じる。
俺は仮設橋の上から、特大パイプレンチの爪を蟹の甲羅の隙間にガッチリと食い込ませ、てこの原理で一気に引き剥がした。
「よし、第二層の厄介者、討伐完了だ!」
川を渡りきった対岸の安全地帯。
俺は討伐した巨大な溶岩蟹を解体しながら、ニヤリと笑った。
「こいつ、熱湯の川に住んでるだけあって、身は最初から『完璧な塩茹でボイル状態』になってるな。茹でる手間が省けて最高だ」
殻を割ると、中からは大人の腕ほどもある、極太でプリプリの真っ白な蟹肉が姿を現した。
そして、巨大な甲羅の中には、黄金色に輝く濃厚な蟹味噌がたっぷりと詰まっている。
「さて、神の庭でのキャンプ飯・第二弾。こいつは絶対に酒に合う究極の調理法でいくぞ」
俺はカセットコンロを展開し、綺麗に洗った巨大な甲羅を鍋の代わりにして火にかけた。
甲羅の中でフツフツと泡立ち始める濃厚な蟹味噌。
「蟹味噌は少し火を通すことで、生臭さが消えて旨味が爆発的に濃縮される。そこに、俺のインベントリに眠っていた特級の日本酒を少々垂らすんだ」
フワァッ……と、蟹の磯の香りと日本酒の芳醇な匂いが混ざり合う。
そこへ、先ほど取り出した『極太の蟹肉』を惜しげもなくドサドサと投入し、味噌と絡めるように和えていく。
「仕上げだ。ここにバターの塊を落とし、鍋肌から醤油を数滴垂らす!」
ジュワァァァァァッ!!
焦げる醤油と溶けたバター。そして濃厚な蟹味噌の香りが一体となり、理性を跡形もなく吹き飛ばすような、凶悪なまでの酒泥棒の匂いが立ち昇った。
「完成だ! 特製『溶岩蟹の濃厚味噌と極太身の甲羅焼き・禁断バター醤油風味』だ!」
俺は熱々の甲羅焼きを、まずは待ちきれずにヨダレを垂らしているクロの口へ、スプーンでたっぷりと放り込んだ。
『ニャムッ! ……ッッ!? ギュムッ、トロォォォッ!!』
クロが目を見開き、全身の毛を逆立てて硬直した。
『な、なんだこの狂ったような美味さは!? プリップリの極太蟹肉から溢れる上品な甘味に、この……ねっとりとした蟹味噌の暴力的なコクが完全に絡みついているニャ!』
クロが狂ったように甲羅の端を舐め回す。
『バターの脂と醤油の香ばしさが、蟹の旨味を何十倍にも引き上げているニャ! これは……これは白飯でもいいけど、絶対にアレが欲しくなる味ニャァァ!』
「わかってるよ。こいつには、ビールでもワインでもない。キンキンに冷えた冷酒一択だ」
俺はインベントリからガラスの猪口と冷酒を取り出し、甲羅焼きの蟹肉を一口食べてから、冷酒をキュッと煽った。
「――――ッッ!! ……くぁぁぁぁっ、うんまァァァッ!!」
口の中にへばりつくような濃厚な蟹味噌とバター醤油の余韻を、キリッと冷えた日本酒の辛口が、まるで芸術のように綺麗に洗い流していく。そして洗い流された端から、もう一度あの濃厚な蟹味噌を口に運びたくなる。
『ピロロロッ。マスター、見事な無限ループです。甲殻類の持つアミノ酸と、日本酒のコハク酸が、味覚の相乗効果を極限まで高めています』
シロも感心したようにホログラムを明滅させた。
「あぁ、これだから野営の飯はやめられねぇな」
俺は焚き火の代わりに燃える甲羅の炎を見つめながら、ちびちびと冷酒を楽しみ続けた。
世界樹までの道のりは、これでようやく半分(第二層クリア)。
熱湯の川と蟹の脅威は、足場仮設という設備屋の技術と、極上のツマミによって見事に攻略され、神の庭の夜は静かに、そして美味しく更けていくのだった。
【第113話:完】
収穫: カルデラ第二層の突破、溶岩蟹の極太肉と蟹味噌。
知識更新: 川に橋がなければ、単管パイプとクランプで仮設足場を組めばいい(シノ付きラチェットレンチは必須)。そして、蟹味噌にバターと醤油を垂らした甲羅焼きは、日本酒を無限に吸い込む悪魔の食べ物である。
現在の気分: 蟹を剥く時のあの沈黙の時間は、この美味さを味わうための神聖な儀式だ。冷酒が美味すぎて止まらん。




