112話 神の庭の濃密な胞子と、巨大キノコの特厚バター醤油ステーキ
古代竜のオカンが見守る霧の門を潜り抜けると、そこは外界とは完全に隔離された、まさに神の庭と呼ぶにふさわしい原始のカルデラ地帯だった。
「おいおい……なんだこのジュラシックな光景は」
俺は特大パイプレンチを肩に担いだまま、目の前に広がる景色に息を呑んだ。
シダ植物のような巨大な葉が空を覆い、何十メートルもある大木が鬱蒼と茂っている。そして遥か彼方、カルデラの中心には、天を貫くほどの太さと高さを誇る世界樹が、圧倒的な威容でそびえ立っていた。
『ピロロロッ。マスター、この神の庭は四つの層に分かれています。世界樹の根元に辿り着くまで、この険しい原始の森を数日かけて踏破する必要があります』
ナビがマップを展開して説明を補填する。
「なるほど、まぁ、急ぐ旅でもない。道中の美味いもんを探しながら、のんびり進むとしようぜ」
『ニャハハ! 大賛成ニャ! 神の庭の食材なんて、絶対に美味いに決まってるニャ!』
クロがヨダレを垂らしながら前方を指差す。
だが、第一の層を進み始めた俺たちの前に、すぐさま巨大な障害が立ちはだかった。
【ナビ:警告。前方の谷底に、超高濃度の睡眠胞子を検知。巨大な菌糸類の群生地です。このまま進入すれば、数分で意識を失い、養分にされる確率が98%です】
ナビの警告通り、前方の谷道は、大人の背丈ほどもある巨大なエリンギのような大王茸で埋め尽くされ、黄色い胞子が霧のように立ち込めていた。
「厄介だな。火炎放射器で焼き払うか?」
『ピロロロッ! マスター、神の庭で大規模な火災を起こすのは厳禁です! 古代竜がすっ飛んできて、今度こそオカンの雷が落ちますよ!』
「わかってるよ。なら、設備屋らしく『換気』で解決してやる」
俺はインベントリから、巨大な筒状の『業務用の送風機』と、蛇腹状になった太い『フレキシブルダクト』を数本取り出した。
「トンネル工事や地下の酸欠現場なんかで使う、局所排気装置だ。こいつで新鮮な空気を後ろからガンガン送り込みながら、胞子を吹き飛ばして風の道を作る!」
魔力駆動に改造したファンを回すと、ブォォォォォォッ!! と凄まじい風量がダクトから吹き出し、谷底に立ち込めていた黄色い胞子を一瞬にして吹き飛ばした。
「よし、視界クリアだ! クロ、一番美味そうなキノコを狩るぞ!」
『ニャアッ! 任せるニャ! 氷の爪!』
換気によって安全になった道を突き進み、クロが巨大な大王茸の根元をスッパリと切り落とす。
手に入れたのは、大腿骨ほどもある極太のキノコだ。
「さて、神の庭での初めてのキャンプ飯だ」
安全な場所まで進んだ俺は、極厚の鉄板を熱し始めた。
「キノコってのは、ただ焼くだけだと水分が抜けちまってパサパサになる。これだけデカいと、中まで火を通すのも一苦労だ。だから、現場の下地処理がモノを言うんだよ」
俺は巨大な大王茸を分厚い輪切りにし、表面に格子状の細かい切れ込みで隠し包丁を入れた。
「こうすることで、熱が中心まで素早く通り、後から絡める味が中までしっかりと染み込む。まるでアワビのステーキみたいにな」
熱した鉄板に多めの油を引き、極厚のキノコを乗せる。
ジューーーーッ!!
「絶対に、すぐには動かすなよ。強火で表面をカリッと焼き固めて壁を作り、キノコの中にある水分と旨味成分を完全に閉じ込めるんだ」
片面にこんがりと焼き色がついたところで、鮮やかにひっくり返す。
そして仕上げだ。
「バターをたっぷりと落とし、そこに、おろしニンニクと特製の醤油を回し入れる!」
ジューーーーーッ!! ボワァァァッ!
焦げた醤油と溶けたバター、そしてニンニクの強烈な香りが、原始の森の空気を一変させた。
表面の切れ込みに、暴力的な旨味のソースがグングンと染み込んでいく。
「完成だ! 神の庭の巨大キノコ特厚バター醤油ステーキだ!」
切り分けた熱々のキノコを、クロの口に放り込む。
『ニャムッ! ……ッッ!? ギュムッ、ジュワァァァッ!!』
クロが目を見開き、全身の毛を逆立てた。
『な、なんだこの弾力は!? まるで本物の極上肉を噛んでいるみたいニャ! そして噛み切った瞬間、切れ込みに染み込んだバター醤油と、キノコ自身の爆発的な旨味スープが、口の中で大洪水を起こしているニャァァ!』
『ピロロロッ! 素晴らしいです! 高温でコーティングされたことで、キノコの水分量が完璧に保たれています。肉顔負けの満足感ですね!』
俺も一切れ口に運ぶ。
「……うんまァァァッ!」
アワビのような歯応えと、噛むたびに溢れるバターとニンニクのコク。キノコの香りが鼻に抜け、疲れた身体にスタミナが満ちていくのがわかる。
「こりゃあ、ビールが進んで仕方ないな」
俺はプシュッと缶ビールを開け、喉の奥に冷たい麦酒を流し込んだ。
原始の森のど真ん中で食うジャンクな味付けのキノコステーキは、理屈抜きの美味さだった。
「よし、第一層はクリアだ。明日はさらに奥、第二層へ進むぞ」
世界樹の根元までは、まだ遠い。カルデラ内部の濃密な魔力と自然に囲まれながら、俺たちは腹を満たし、静かな夜を過ごすのだった。
【第112話:完】
収穫: カルデラ第一層の突破、大王茸の確保。
知識更新: 閉鎖空間の有害な空気(胞子)は、ポータブルファンとフレキシブルダクトを使った「局所排気」で安全に吹き飛ばせる。巨大キノコは格子状に包丁を入れ、バター醤油で焼くと肉を超えるステーキになる。
現在の気分: 鉄板で焦げるバター醤油の匂いには、原始の森の雰囲気すらも居酒屋に変える魔力がある。最高だ。




