111話 世界樹へと続く頂のおかんと、異世界定番のプリン
翌朝、俺たちは7合目の宿坊を出発し、天竜山脈の頂へと足を踏み入れた。
雲海を突き抜けた先にある山頂のカルデラ。そこに待ち受けていたのは、岩山と見紛うほど巨大で荘厳な生き物――『古代竜』だった。
その圧倒的な存在感に俺が息を呑んでいると、肩に止まっていたシロがパタパタと飛び立ち、古代竜の巨大な鼻先へと近づいていった。
『……久しいですね、古代竜よ。庭の……の……に参りました』
『グルルォォォ……。世界の神の……よ。我はいつでも……』
シロと古代竜が、俺たちには聞き取れない低周波のような音で、何やら真面目な会話を交わし始めた。
神の一柱と、太古から生きる伝説の竜。まさにファンタジーの極みとも言える荘厳な光景……のはずだったのだが。
「キュピィィィッ!」
突然、岩陰から犬ほどの大きさの小さな竜――『仔ドラゴン』が飛び出してきた。
そして、なぜか一直線にクロの元へと突撃し、その顔面をベロンベロンと舐め回し始めたのだ。
『ニャアッ!? なんだこいつ! やめるニャ、我は恐ろしい破壊の神だぞ! 舐めるなニャ!』
クロが威嚇のために牙を剥くが、仔ドラゴンには全く効果がない。それどころか「遊んでくれるの!?」とばかりに、クロの頭をアグアグと甘噛みし始めた。
『ニャァァァッ! ヨダレまみれになるニャ! ミツトメ! 早くなんかおやつを出して、こいつの気を引くニャ!』
クロが涙目で助けを求めてくる。
「まったく、騒がしい奴らだな。……まぁ、異世界でおやつと言えば、絶対に外せない定番があるからな」
俺はインベントリから厨房セットを展開し、鍋に砂糖と少量の水を入れて火にかけた。
フツフツと泡立ち、砂糖が焦げてキツネ色になったところで火から下ろし、お湯を少しだけ加える。
ジュワッ! と甘く香ばしい匂いが弾けた。
「まずは、ほろ苦いカラメルソースだ。これを耐熱容器の底に敷く」
次に、別のボウルに新鮮な卵と砂糖を入れ、泡立てないように静かにすり混ぜる。そこに、人肌に温めたミルクを少しずつ加えていく。
「卵とミルクと砂糖。このシンプルな材料を、極上のスイーツに変えるのは温度管理だ」
俺は卵液を茶漉しで濾して滑らかにし、カラメルの入った容器に注ぎ入れた。
そして、フライパンにお湯を張り、容器を並べて蓋をする。
【ナビ:卵液の凝固最適温度・摂氏85度を維持。タンパク質の結合による滑らかなゲル状構造の形成を確認しました】
「ここで強火にすると、卵液が沸騰して『す』が入ってしまい、舌触りが最悪になる。弱火でじっくりと、蒸気で包み込むように熱を通すんだ」
数十分後、氷水でしっかりと冷やした容器を、皿の上でひっくり返す。
「完成だ! 異世界スイーツの王道にして至高、『特製カスタードプリン』だ!」
プルンプルンと黄金色の身を揺らすプリンの姿に、クロと仔ドラゴンがピタッと動きを止めた。
二匹はプリンの皿を前に並んでお座りし、同時にスプーンでプリンをすくって口に入れた。
チュルルッ、トロォォッ……。
『……ッッ!! ニャムゥゥゥゥッ!』
「キュピィィィィィッ!!」
二匹の瞳が、同時にカッ!と見開かれた。
『卵の優しい甘さとミルクのコク! そして、この底にある焦げたカラメルのほろ苦さが、甘さを完璧に引き締めているニャ! 噛まなくても喉の奥に滑り込んでいくニャァァ!』
クロと仔ドラゴンは、全く同じ動き、同じ速度でプリンを吸い込み、同時に空の皿を差し出した。
『おかわりニャ!』「キュッ!」
「はいはい、たくさん作ったからな」
二杯目のプリンも、二匹は一瞬で飲み込み、さらに皿を突き出してきた。
『三杯目ニャ!』「キュキュッ!」
俺が新しいプリンを皿に出そうとした、その時だった。
『ピロロロッ! クロ! おやつは一日二個までです!!』
シロが雷を落とし、同時に、背後から巨大な影が仔ドラゴンを覆った。
『グルォォォォォッ!(これ以上食べたら、晩御飯が食べられなくなりますよ!)』
シロと古代竜が、完全に『母親』の怒気を放って二匹を叱りつけたのだ。
『ニャァ……』「キュン……」
クロと仔ドラゴンが、シュンと肩を落とす。
「おいおい、そんなに怒らなくても……って、お前ら!?」
俺が目を離した隙に、シロと古代竜が、残っていた最後の特大プリンを自分たちの口に放り込んでいた。
『……ピロッ。この滑らかなテクスチャとカラメルの苦味。これは、素晴らしいですね』
『ゴクンッ……。うむ。神の奇跡のごとき美味さよ……』
オカン二人が、しれっと自分たちでプリンを満喫している。
それを見たクロと仔ドラゴンは、「我らのプリンが……」と完全に涙目になって抱き合っていた。
その後。
『……ゴホン。見苦しいところを見せましたね、人間の旅人よ』
光に包まれた巨大な古代竜は、頭に立派な角を生やした、気高く美しい人間の女性の姿へと変身していた。
「いや、美味いもんを前にすりゃ、人間も神も竜も関係ないさ。作り方を教えてやるから、時々あのチビに作ってやってくれ」
俺が「温度管理で『す』を入れないコツ」を教えると、古代竜の女性は真剣な顔でメモを取っていた。
『さて、マスター。プリンの騒動で遅れましたが……先ほどの古代竜との対話で、結界の確認が完了しました』
シロが俺の肩に止まり、カルデラの奥の霧に包まれた巨大な門を指差した。
『この古代竜が太古から守り続けている門の先。そこは、我ら神の領域である【神の庭】です』
「神の庭?」
『ええ。そしてそこには、この世界の魔力の源泉である……巨大な【世界樹】がそびえ立っています』
世界樹。
その言葉を聞いた瞬間、俺の職人魂と、前世からのファンタジーへのロマンが激しく疼いた。
「……異世界といえばプリン。そして、異世界といえば『世界樹』だ。そんなもんが目の前にあるなら、行かない理由はないよな」
『ニャハハ! 世界樹の近くには、美味い木の実や幻の食材がいっぱいあるって相場が決まってるニャ! 行くニャ!』
プリンの悲しみから立ち直ったクロが、尻尾を立てて歩き出す。
「よし。世話になったな、竜のおかんよ」
俺たちは古代竜と仔ドラゴンに見送られながら、霧の奥に鎮座する『神の庭』への門を、特大パイプレンチを担ぎながら潜り抜けていくのだった。
【第111話:完】
収穫: 仔ドラゴンとの親交、世界樹への到達。
知識更新: プリンは温度を85度に保ち、弱火で蒸すことで「す」が入らず滑らかに仕上がる。そして、神もドラゴンも、怒れるオカンには逆らえない。
現在の気分: ほろ苦いカラメルソースと甘い卵の匂い。プリンの魔力は、種族や次元の壁を簡単にぶち壊す。さぁ、次は世界樹の観光だ。




