110話 竜信仰の山と、肉に化ける干し豆腐の精進唐揚げ
サバンサ傭兵王国でミーニャ王女をカツ丼の力で無事に送り届けた俺たちは、再び自由で気ままな男と神様の三人?旅に戻っていた。
「さて、次は街道をのんびり北上でもするか……」
俺が地図を広げてこれからのルートを考えていると、肩に止まっていたシロが、珍しく羽を広げて俺の顔の前に飛び出してきた。
『ピロロロッ。マスター、一つお願いがあります。このまま南ではなく……北西のルートへ進路を取っていただけないでしょうか』
「北西? 別に構わないが……お前が自分から行き先を指定するなんて珍しいな」
『ニャハハ! シロの奴、さては北西に美味いものでもあると計算したニャ?』
クロがニヤニヤしながらからかうが、シロの瞳はいつも以上に真剣な光を帯びていた。
『……個人的な、確認事項です。どうか、お願いいたします』
シロがここまで言うなら、何か重要な「神の仕事」があるのだろう。
俺は頷き、北西に向けて進路をとった。
だが、北西への道は想像以上に過酷だった。
数日行くと、目の前に雲を突き抜けるほど巨大で、岩肌が剥き出しになった異常に険しい山脈――『天竜山脈』が立ちはだかったのだ。
「おいおい、なんだこの絶壁の連続は。普通に登りきれるか怪しいぞ。……シロ、あの山の向こうに行きたいなら、少し時間はかかるが谷沿いに迂回ルートを取るが?」
『いえ。迂回ではなく、このまま直進してください。あの山の……頂上に向かっていただきたいのです』
「……マジかよ。登山装備なんて持ってきてないぞ」
俺がボヤきながらも、徒歩で険しい山道を登り始めると、奇妙な光景に出くわした。
急峻な山道にもかかわらず、同じデザインの質素な灰色の法衣を身にまとった人々が、列をなして黙々と登り降りしているのだ。
彼らの手には数珠のようなものが握られ、皆一様に、山頂に向かって深く祈りを捧げている。
【ナビ:周囲の人物のバイタル及び持ち物をスキャン。武器を持たず、極度の粗食による栄養状態。何らかの強固な信仰を持つ宗教的な巡礼者集団であると推測されます】
「なるほど、信仰の山ってわけか」
俺たちは巡礼者たちの邪魔にならないよう、DIYの残りの角材を杖代わりに山道を登り続けた。
息を切らしながら7合目付近まで登りつめると、急に視界が開け、岩場を切り拓いて作られた小さな集落にたどり着いた。
木と石で作られた簡素な宿坊が立ち並び、ここでも数え切れないほどの法衣姿の信者たちが生活している。
「ようこそ、巡礼者よ。よくぞここまで登ってこられました」
集落の入り口で、人の良さそうな初老の僧侶が俺たちに声をかけてきた。
「ここは一体何を信仰してこんな過酷な山に集まってるんですか?」
俺が尋ねると、僧侶は山頂の、雲に隠れた最も高い峰を指差した。
「我らは『竜神教』の徒。あの頂には、この世界が生まれた時から生きているとされる、偉大なる古代竜様が住んでおられるのです。我々は竜神様の息吹を近くで感じ、自然との調和を祈るためにここで生活しております」
「へぇ、ドラゴンね」
俺は肩のシロを見た。
「シロ。お前がここに来たかった理由ってのは、そのドラゴンに会いに行くためか?」
『……はい。それもあります、が……』
シロはなぜか、言葉の後半をモゴモゴと濁し、視線を逸らした。
世界を管理する神の一柱であるシロが、たかがと言ってはなんだが地上のドラゴン一匹に会いに行くのに、どうしてこんなに歯切れが悪いのだろうか。
「まぁいい。詳しい事情は山頂に行けばわかるだろ。とりあえず日が暮れてきたし、今日はこの集落で一泊させてもらおう」
案内された宿坊の夕食は、信仰の村らしく、肉や魚を一切使わない精進料理だった。
山菜の塩茹で、木の実のスープ、そしてメインとして出されたのは、カチカチに乾燥させた四角い『高野豆腐のような干し豆腐』の煮物だった。
「うむ。質素な味付けで健康には良さそうだが……」
『ニャアアア……肉がないニャ。脂がないニャ。こんなパサパサのスポンジみたいな豆腐じゃ、力が出ないニャ……』
肉食獣のクロが、干し豆腐を突っついてあからさまにしょんぼりしている。
「贅沢言うな。……まぁ、明日の山頂アタックに向けてスタミナをつけたいのは確かだな。少しだけ、俺流に改造させてもらうか」
俺は僧侶から厨房を借りると、カチカチの干し豆腐を熱湯でしっかりと戻し、両手でギュッと絞って水気を抜いた。
「いいか、干し豆腐ってのは最強の吸水スポンジだ。水気を抜いたこいつに、干し椎茸と昆布で取った超濃厚な精進出汁と、生姜、醤油、ニンニクは精進料理で禁忌の場合があるが、俺の隠し味をガッツリと吸い込ませる!」
出汁を限界まで吸い込んでパンパンに膨らんだ豆腐に、たっぷりの片栗粉をまぶす。
そして、多めの油で高温で一気に『揚げる』!
ジュワァァァァァッ!!
「完成だ! ミツトメ特製『干し豆腐の精進唐揚げ』だ!」
揚げたての熱々を、クロの口に放り込む。
『ニャムッ! ……ッッ!? ザクッ、ジュワァァァッ!! な、なんだこれ!? 噛んだ瞬間、カリッとした衣の中から、濃厚な出汁と醤油の旨味が滝のように溢れ出してきたニャ!』
クロが目を丸くして尻尾をピンと立てた。
『そしてこの食感! 繊維質に弾力があって、まるで本物の鶏のもも肉の唐揚げを食べているみたいだニャ! 肉じゃないのに、油と出汁のパンチで脳髄が痺れるニャァァ!』
俺も一つかじってみる。
「……うんまァァァッ!」
鶏肉のようなジューシーさと、大豆の甘み。そして生姜醤油の香ばしさが、山の冷えた空気に最高にマッチしている。
「これなら、信仰の戒律の肉食禁止を破らずに、胃袋を完璧に満たすことができる」
俺が山盛りの精進唐揚げをテーブルに置くと、匂いにつられて宿坊の僧侶たちもフラフラと集まり、一口食べて「な、なんと罪深い味じゃ!」「神様もお許しになる美味さ!」と涙を流して貪り食い始めた。
精進料理の限界を突破した唐揚げで胃袋を満たした俺たちは、満点の星空の下で眠りについた。
明日は、いよいよドラゴンの住む山頂へのアタックだ。
シロの濁した言葉の真意と、待ち受ける古竜。波乱の予感を感じながら、俺は深い眠りへと落ちていくのだった。
【第110話:完】
収穫: 竜信仰の集落への到達。
知識更新: 干し豆腐は、濃厚な出汁を吸わせてから揚げると、完全に鶏肉の唐揚げに化ける。精進料理における最強のフェイクミートである。
現在の気分: 肉を使っていないのに、この満足感。現場の職人でも大盛りの白飯が食えるレベルの唐揚げだ。さて、明日は登山本番だぞ。




