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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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109話 傭兵王国の王女の帰還と、二度揚げが導く郷愁のカツ丼

「ああっ……! 見えましたぞ! 我が故郷、サバンサ傭兵王国の城壁が!」

 灼熱の太陽が照りつける荒野の向こうに巨大な城塞都市が見えた瞬間、重い荷物を背負い続けていた狼の騎士ガルが、ボロボロと男泣きを始めた。


「ハァ……長かった……。本当に長かった……。姫様の暴走に付き合わされ、胃薬と筋肉痛に苛まれる日々が、ようやく終わる……ッ!」


 ガルの歓喜の涙とは裏腹に、俺の右腕にガッチリと抱きついているミーニャ王女は、不満げに頬を膨らませていた。


「もうっ、ガルは大げさですわ! 私はミツトメ様とずっと一緒にいたいのに! お城に帰ったら、また窮屈な生活に逆戻りじゃありませんか!」


『ピロロロッ。マスター、王女殿下を無事に送り届けるというミッションも、いよいよ最終フェーズですね』

『ニャハハ! 獣王のオッサン、美味い肉を用意してくれてるかニャ?』


 シロとクロがのんきに会話する中、俺たちはサバンサ王宮の巨大な門をくぐった。


「おおおおっ!! よくぞ戻った、我が愛娘ミーニャよ! そしてミツトメ!」


 王宮の大広間で、相変わらずの圧倒的な覇気を放つ獣王ガングが、玉座から立ち上がって豪快に笑い声を上げた。


「ミツトメを追いかけ飛び出した時はどうなることかと思ったが……ミツトメ、貴様がミーニャを護衛し、無事に連れ帰ってくれたのだな! よし、今日から貴様は我がサバンサ王国の婿殿であり、筆頭料理長だぁっ!」


「お断りします」

 俺は即座に首を横に振った。


「俺は自由な旅の設備屋だ。姫様を故郷お連れしただけで、ここに定住する気はありません。……ただし、姫様がまた城を抜け出さないように、王宮の料理人たちに『王女を城に釘付けにする最強の飯』を伝授いたします。」


「な、なんですって!? ミツトメ様、私を置いていくおつもりですか!?」

 ミーニャが涙目で抗議するが、俺はそのまま王宮の厨房へと歩き出した。


「肉はただ焼くだけが料理じゃない。今日教えるのは、分厚い肉の旨味を完全に閉じ込めつつ、外側を極限までサクサクに仕上げる『二度揚げ』の技術だ」


 俺は厨房の料理長たちを集め、前世の厨房設備を模した二槽式フライヤーを鉄板とブロックで即席で組み上げた。

 片方の鍋は150度の低温、もう片方の鍋は190度の高温に設定する。


「建築の塗装工事でも下塗りで定着させ、上塗りで表面をコーティングして仕上げるだろう? 料理も同じだ」


 分厚く切った極上のオーク肉の筋を切り、塩コショウをしてから、小麦粉、卵、そして生パン粉をたっぷりと纏わせる。

 まずは150度の低温の油に投入する。


 シュワァァァァ……。

「低温でじっくりと中まで火を通す。ここで焦がしちゃダメだ。火が通ったら一度取り出し、余熱で数分間休ませる」


【ナビ:対象の内部温度が65度に到達。肉汁の流出を防ぎつつ、タンパク質が最も柔らかくなる温度帯を維持しています】


「そして仕上げだ! 休ませた肉を、今度は190度の高温の油に数秒だけダイブさせる!」


 ジュワァァァァァッ!!

 激しい音と共に、衣が黄金色に輝き、極限までサクサクに仕上がった。

 完璧な極厚トンカツの完成だ。だが、これで終わりではない。


「ここからが心を落ち着かせる魔法の飯の真骨頂だ」


 浅い専用の鍋に、カツオと昆布の濃厚な出汁、醤油、みりん、砂糖を沸かし、スライスした玉ねぎを煮る。

 玉ねぎがしんなりしたところに、ザクッと切り分けた極厚トンカツを並べる。

 そして、軽く溶いた卵を、円を描くように流し込んだ。


 ジューーーーッ!

 出汁と醤油の甘辛い匂いが爆発し、ミーニャの獅子の耳がピクッと反応する。


「卵は絶対に火を通しすぎるな。白身が固まり、黄身が半熟のトロトロ状態になったら……炊きたての白飯の上へ、一気にスライドさせる!」


 どんぶりの上で、甘辛い出汁を吸ったカツと、黄金色の半熟卵が見事に着地した。


「完成だ! 特製『極厚・二度揚げカツ丼』だ! 日本じゃあな、これを食うと不思議と自分の行いを反省して、家に帰りたくなるって相場が決まってるんだよ」


 俺は出来立てのカツ丼を、ミーニャ王女の前に差し出した。


「こ、こんなもので私をごまかそうとしても……いただきますわ!」

 ミーニャがれんげを握りしめ、半熟卵とカツ、そして白飯を一緒に大口で頬張った。


 サクッ、ジュワァァァッ、トロォォォッ……!!


「――――っっっ!!!! ふぁぁぁぁっ!?」

 ミーニャの瞳孔が開き、全身の毛がブワッ!と逆立った。


「な、なんという計算し尽くされた食感と旨味! 出汁を吸ってとろけるように柔らかくなった衣と、まだサクサク感を残している上部の衣! そこから分厚いお肉の強烈な肉汁が溢れ出しますわ!」


 ミーニャは涙を流しながら、猛然とどんぶりを掻き込み始めた。

「甘辛いお出汁の染みた玉ねぎと、トロトロの半熟卵が、豚肉の暴力的な脂を優しく包み込み、白飯と一緒に胃袋へ雪崩れ込んでくる! まさに……まさにこれは、心を満たし、安らぎを与える帰るべき場所の味ですわぁぁっ!!」


『ニャアアアッ! 美味すぎるニャ! 卵と出汁と揚げ物の組み合わせは、どうしてこんなに白飯を吸い込むんだニャ!』

 クロも自分の皿に顔を突っ込み、夢中でカツ丼を貪っている。


 獣王ガングも、特大のどんぶりをものの数秒で平らげ、大咆哮を上げた。

「うおおおおぉぉぉっ! この甘辛いタレと肉の重厚感! 我が国の兵士たちに毎日食わせれば、魔物など一瞬で蹂躙できるぞ!!」


 食後。

 お腹をパンパンに膨らませたミーニャ王女は、どこかスッキリとした顔で俺の前に立っていた。


「……ミツトメ様」

「なんだ? まだ食い足りないかい?」


「いえ。……わかりました。私、お城に残ります」

 ミーニャは少し寂しそうに、だが真っ直ぐな目で俺を見上げた。


「ミツトメ様は、風のようなお方。私が無理に縛り付ければ、きっとその美味しいお料理も、ワクワクするような冒険も、輝きを失ってしまう。それに……」

 ミーニャは王宮の料理長たちを振り返った。


「この『カツ丼』のレシピと設備は、ミツトメ様が私のお城に残してくれた、最高の宝物ですから。これでお腹を満たして、立派な王女になるための勉強を頑張りますわ」


「……ああ。そうしてくれ」

 俺は、ポンとミーニャの頭を撫でた。

「お前が立派な王女様になる頃に、またフラッと寄るよ。その時は、ここの料理長たちが作った最高の飯をご馳走してくれ」


「はいっ!! 絶対に、絶対に美味しいと言わせてみせますわ!」

 ミーニャが涙を拭い、満面の笑みで頷いた。


 かくして、俺を追いかけ続けた獣王女の騒動は、甘辛い出汁と極厚の豚肉が織りなす『カツ丼』によって大団円を迎えた。

 王宮の門を出て再び西へと向かう四十代の設備屋の背中を、いつまでもいつまでも、ミーニャ王女は手を振って見送っていた。


【第109話:完】

 収穫: ミーニャ王女の無事な帰還、王室料理人への二度揚げ技術の伝授。

 知識更新: 分厚い豚肉は、低温で中まで火を通し、高温で表面をサクサクに揚げる「二度揚げ」が最強。そしてカツ丼は、人の心を落ち着かせ、故郷に想いを馳せさせる不思議な力を持っている。

 現在の気分: 甘辛い出汁が染みたカツと白飯のコンボは、まさに日本人の魂。肩の荷が下りた後のカツ丼は最高だった。さて、次の街へ行くか。

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